リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

「ホベタン、帰ろう」

 俺が呼びかけると、ホベタンは周りのヤンキーをちらっと見てから、一歩踏み出した。
 同時に周りのヤンキーが立ち上がって、ホベタンは固まってしまった。

 もう走って逃げちゃえばいいのに。
 しょうがない。
 俺はナイフを持ったまま、ナカムラさんを無視して倉庫に近づいた。

 パン!

 耳の中で何かが弾けたような音がして、ビクッと立ち止まった。
 後ろを見ると、ナカムラさんが銃口を空に向けている。
 前に見たのと同じ回転式拳銃。やっぱり持ってたんだ。

「そこで膝をつけ」
「え?」
 耳がおかしい。

「そこで膝をつけ!」
「ひざまずいたら、ホベタンを帰してくれますか?」
「早くしろ!」
 会話にならない。

 ホベタンは倉庫に入ってすぐのところにいる。
 俺は3歩動いて、倉庫入口の左脇の方に立った。こうすれば射線がホベタンの方に向くことはないはずだ。
 ホベタンはさっきの銃声で完全に動けなくなってしまっている。

 もう一度言った。
「ホベタン。大丈夫。帰っていいよ」

 だけどそれは無理になった。
 ナカムラさんがホベタンに銃口を向けたから。
「ひざまずいて、頭蹴らせろ。そしたらこいつは逃がしてやるよ」

 不安になった。怖くなった。
 子供のころ以来かもしれない。

「銃向けるのはやめてください」
 さっさと両膝をつくと、ナカムラさんに言った。
「ほら、早く蹴ってください」

 ナカムラさんは銃口をホベタンに向けたまま、俺の方に歩いてくる。
 これじゃ、彼が蹴ろうとする瞬間に襲いかかることもできない。
 なんとか銃口を俺に向けさせられないか?

 ナカムラさんが無言でこっちにくる。
 そして茶色い汚れがついた黒いジーパンと汚れたバッシュが目の前に来て、俺は覚悟した。
 ユキに殴られたときの何倍も痛いんだろうな……。

 ジャリッ
 ナカムラさんが片足を上げたそのとき、どこか遠くから銃声が聞こえてきた。

 パン! パンパン!
 7番街の方だろうか。
 ナカムラさんも、俺も、みんな音のした方を向いた。

 銃声はまだ続いている。

 俺が見上げるとナカムラさんが言った。
「今日、やるって聞いてたからな」

 なるほど、川倉の人達が銃撃戦をやるって聞いてたのか。
 だからここで撃ってもバレないって考えたのか。

「俺も聞いてましたよ」
 聞き覚えのある声がして、横を見ると、カゲスゲ君がいた。彼も汚いロン毛だけど、ナカムラさんよりはずっとマシだ。
 というか、今日は妙にかっこよく見える。

 カゲスゲ君はナカムラさんに話しかけた。
「せっかく誘ってもらったのに、申し訳ないんすけど、俺もタガさん側につきますわ。そこに捕まえてる奴とエザキも離してもらえますか?」

 あらかじめ練習してきたのか、スラスラとしゃべったけど、ナカムラさんには情報量が多すぎたみたいだ。
 ナカムラさんはぽかんとしながら、ホベタンに向けた銃口をなぜか俺に向けた。

「じゃあ、お前ら3人まとめて消すわ」
 ナカムラさんがそう言うと、カゲスゲ君の顔から余裕が消えた。もろいな……。

 でもチャンスはもらった。

 俺は左手で目の前の拳銃を掴むと、立ち上がりながら捻り上げた。
 けどナカムラさんが俺の腹を蹴ろうとしたので、とっさに離してしまった。

 もう一回、向かって行くと、今度はナカムラさんが俺の腹に向けて引き金を引くのを感じたので左にかわした。

 パン!
 引き金を引く指の力で銃口がそれたか、弾丸は全然違う方向に発射された。
 よける必要もなかった。

 そして俺はずっと右手に持っていたナイフで、ナカムラさんのお腹を刺した。すっと刺さったけど、何か手応えのあるところで刃が止まった。

「あっ……えっ?」

 俺が右手を離すと、ナイフはあっさり抜け落ちた。
 ナカムラさんは右手に銃を持ったまま、左手で赤くなっていくTシャツのお腹あたりを触り始めた。

 右手の銃を奪い取ると、ナカムラさんは銃など気にしない様子で両膝をついた。
 全然刺さってないと思うんだけど。

「お、おい……おまえ……」
 悲鳴などはあげず、ただオロオロしている。
 俺がその様子を見ている間、他のみんなも静かにしていた。

 突然、倉庫から早足の足音がした。
 これは撃たれると直感して、思い切り地面を蹴って飛び退くと同時に、また銃声。

 スキンヘッドが銃口を俺に向けている。
 俺はとっさにナカムラさんに銃口を向けた。

「あああ……ああ……」
 ナカムラさんはメソメソ泣きながら、またしてもうずくまっている。

 俺がそのナカムラさんに銃を向けたのを見て、スキンヘッドが止まる。
 息も荒く、すごく慌てた表情に見える。緊張しているのか?

 自分は勇気があって、怖がったりしない。
 俺達にそう思わせて、言いなりにさせようとしてるのか?

 オウガ君もそうだった。
「やってやったぜ!」と言いたげに、周りをチラチラ見ながら、弱い者いじめをする。
 そうすることで、横取りや命令ができるようになると思ってる。

 俺に言うことを聞かせるために、わざわざホベタンにまで、銃を向けたりする。

 本当は撃つのも怖いくせに。


 すっかり怯え、しゃがんで耳を塞いでいるホベタン。
 彼はオセロもトランプも無敗。
 勉強も数学なら東中のエリートに負けない天才。
 いつもぼーっとしてて、俺と似てる。
 仲間達はそう言うけど、俺は彼の凄さを知っている。

 その彼が、無意味な暴力に怯えている。


 俺は彼みたいに賢くない。

 でも、暴力に対しては無敗だ。