「まあ……驚くよな」
タガさんは、クスッと笑いながら、俺達を見た。
「川倉はこの2番街に住んでる人を追い出して、ここにカジノを建てようとしてるんだ。不動産屋をやってるオヤジは連中の脅しに負けて、地上げの手伝いをしてんのさ」
「地上げ……?」
オウガ君がぽかんとした顔で聞いた。
「住人を追い出すための、嫌がらせさ。オヤジも最初は抵抗する側だったんだけど、脅されると、すぐに寝返った」
タガさんが嫌悪感を隠さない顔で吐き捨ててた。
この人にとって『オヤジ』さんとは、なんなんだろう?
けどエドが話し始めたことで、『オヤジ』さんの話はすぐに終わった。
「昨日、頭の悪そうな連中がずっとつけて来てた。俺を狙ってんのか」
タガさんはエドに人差し指を向けて、頷いた。
「ヤンキー連中からすりゃ、度胸を証明したお前と、前から暴れてたオウガを潰して、お前たちの代を完全に仕切っておきたいとこだろうな」
「灯台広場を仕切ってるイデサワって幹部も、中学時代に相当なワルだったらしいですからね」
めずらしくカゲスゲ君が口を挟んだ。
タガさんはエドに向けていた人差し指をオウガ君に向けると言った。
「俺達の代でケンカが出来るやつはみんな、学校をやめてワルになっちまった。俺としても、当たり年のお前たちの代と組めるなら助かる」
背筋を伸ばしたオウガ君にタガさんは人差し指を向けたまま、聞いた。
「そのうえで、俺がリーダーをやるってことに同意してくれるか?」
オウガ君がカゲスゲ君を見た。
カゲスゲ君が頷くと、オウガ君も頷いた。
それを見たタガさんは言った。
「じゃあ、今度から毎週金曜日にここでミーティングしよう。難しい話はなし。ただ問題が起きたらすぐ、俺んとこに来てくれ。だいたい東高の音楽室か、ここにいる」
タガさんがいい終えると同時にエドも立ち上がった。
エドの顔は、少しだけ不安そうに見えるけど、気のせいかもしれない。
「俺とオウガは襲われるまで、『待機』ってことですか?」
「こっちから仕掛けることは絶対にしない。悪いけど、オウガ君と君でうまく注意し合ってくれ。お前ら、もう恨みとかないんだろ?」
急にふられた下を向いたオウガ君だったけど、エドがザクザクと足音を立てて近づくと、慌てて身構えた。
慌てているオウガ君の肩にエドが手を置いて、言ったのは一言。
「よろしくたのむ」
それだけ。
タガさんがその様子を満足そうに見ながら、言った。
「じゃあ、今度から顔出しに来いよな」
こうして、俺も含めたウサギ集団にとってのドミトリー生活は急に平和になった。
エドとオウガ君は学校でもドミトリーでも、意外なほどフレンドリーに接するようになったし、オウガ君やその舎弟が俺達ウサギ集団にちょっかいを出すこともなくなった。
当たり年と言われた俺達の代のトップ2が組んだことは、騎炉区の村社会ではなかなかのニュースだった。
エドと仲がいい俺は、ドミトリーの職員さんにまでそのことを聞かれたりもした。
何をやらせても完璧なタガさん。そんな人が俺達を仕切るということに、誰も何の文句もない。
オウガ君は相変わらず短気だけど、暴力はふるわず、明るくていい奴になった。
ただし、まだ問題は残っている。
ヤンキー連中が俺達にいつちょっかいを出してくるかもわからないということ。
今のところ、ドミトリーや学校の外でも集団でいることが多いからなんとかなっているけど、明らかに機会をうかがっている。
それともう一つ気になるのが、カゲスゲ君。
連合ができてからの彼は、エドや他の人達とほとんど会話をせず、少し離れたところからつまらなそうに眺めているだけだ。
何が不満なのかはわからないけど、気になる。
そんなある日、俺は学校でクリスマス会の準備を手伝っていた。
よく晴れた午後1時。
2階建ての校舎に飾りを垂らすのに、エドと二人で屋上に上がった。
フェンスの扉を開けて、へりの前に立つと、左右に分かれて飾りをつける。
「よし、ちゃんと結んだぞ。そっちは?」
「大丈夫。絶対取れないとは言えないけど、まあ多分OK」
「まあ絶対取れないとは、言い切れないもんな」
めんどくさい。
12月でも暑いこんな島。サンタだって来るわけない。
なぜか日本でもクリスマスはお祝いムードになるらしいけど、そもそもなんで緑と赤のものを飾らないといけないのかわからない。
さっさと付け終わったので戻ろうとすると、エドが屋上のへりから足を出して座った。
今、押せば死んじゃう。
そう思いながら隣に座って、二人で南の方を見た。
「あと何ヶ月かしたら、毎日あっちで仕事か」
港湾工学校に入ると授業は午前だけ、午後は職業研修と言う名の仕事が待ってる(ちゃんと給料もでるけど)。
「エドは頭いいから東高?」
「いや、俺もコーガクだよ。機関整備の仕事が一番やりたいんだけど、どうなるか」
電柱がない騎炉区。建物の屋上から屋上へクモの巣のように伸びている電線を眺めながら、考えた。
俺はどんな仕事だったら向いてるんだろう?
「俺の特技って、なんの役に立つんだろ。ギャングなんかなりたくないし、ケンカなんか好きでもないし」
「この街でケンカだの、チームだのって騒いでんのって、ほとんどが中学か高校生だよ」
「そうなの? 高校出た後はケンカしないの?」
知らなかった。
「高校出たらみんな仕事で手一杯さ。ガキには優しいギャング連中も、大人になって悪さしたら容赦してくれない。まあ呑気に戦争ごっこできるのも、今のうちだな」
「なるほど」
言いながら、汗をぬぐうと麻の袖に大きな染みができた。
日差しがしんどいけど、エアコンの効いてない教室よりは、風の当たるここの方がいい。
「小さい頃さ、よくおもちゃの線路つなげて遊んだろ?」
「そういえば好きだったね。なんか街作って、その中におもちゃの電車を走らせたりしてたっけ」
「無事に動いてくれよって、いっつも思ってた……。今もこうやって眺めてると、おんなじ気持ちになるよ」
思わずエドの方を見た。
「この街に『無事でいてくれよ』って?」
エドも俺を見た。
「こんなとこ住んでると、信じらんねえけどさ。お前がいたシリウス区とか砂利州区では、毎日タクシーとか電車が平和に走ってるんだろ? この街もさ、平和になればそんな風になるのかなって」
「電車もタクシーも無いけど、俺はこっちの頭の悪い人達の方が、わかりやすくて好きだけどね」
エドは少しがっかりしたように、首を傾げた。
俺は思ったことをそのまま言った。
「タガさんと、エドでこの街から川倉を追いだせば? そうすればこの街にも――」
即座にかぶせるように、エドは吐き捨てた。
「無理に決まってんだろ。それどころか今だって、本当はビクビクしてんだよ。いつ襲われるかってな」
エドはそういい終えると、サッと立ち上がって校舎の中に戻って行った。
ここは風が気持ちいい。
俺はもうしばらくいることにした。
