リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 俺とエドは月曜の昼食を、ドミトリーの食堂で並んで食べていた。
「エド、『孤独の実験』は午前までだっけ?」
「ん? ああ。もう終わりでいいよな」
 よく言うよ。

「女の子とデート楽しかった?」
 エドのフォークが止まって、キャベツがポロっと小皿に落ちた。
「お前も俺を付け回してたのか?」
 俺も?
「付けてないよ。たまたま見かけたんだよ」

 エドは難しそうな顔をしはじめた。
「2人だけになれそうな場所探してたんだけど、なんか変な奴が遠巻きに付いてきててさ。結局、キスしかできなかった」
「え? あの子とキスしたの? どうだった?」
「実際にしてみると、なんか、別に大したもんでもなかったな……」

 俺もユキとキス出来たりするのかな。1回くらいは、しておきたい気もする。
 そんな風に考えていると、またなんとなくムズムズしてきて、一番言わないといけないことを言い忘れてしまった。

 午後はまたARとウマ上げされた船の掃除に行く。

 ARの態度が悪いからか、俺が要領良くなったからか、指導役のお兄さんは俺に楽な仕事をやらせてくれていた。
 ARは相変わらずフジツボ剥がし。

 逆さまにした木箱に座って、よく分からない部品やフィルターを洗いながら、苦労しているARを見ると、つくづく頑張って良かったって思う。

「なんで、体力がない俺がこんなことばっかやって、お前はそんな楽そうな仕事してるんだ?」
「ARの体力が付くのを待ってるのかも」
 ARは両腕を垂らし、コロンとケレン棒を地面に落として、がっくりうなだれた。

「彼女も出来ない、仕事もできない。俺どうしたらいいんだろう」
「彼女なんかいなくても生きていけるよ。それよりコーガク(港湾工学校、騎炉区の高校)にいるうちに、就職先を探しとかないとね」

 ARがケレン棒を拾うのを見ながら、フィルターのクランプを外す。
 こういうのをいじくっていると、贅沢をしていた頃に遊んでいた、ラジコンを思い出す。
 タイヤやモーター、そういう部品を付け替えるのが面白かった。

 そんな思い出のワンシーンも、ARの声で消し飛ぶ。
「俺、パソコン使えるようになりたいんだよ」
「パソコン?」
 ARとパソコン。なんか似合いそうな気はする。

「座ってできる仕事っていいじゃん」
「俺も今座ってるよ」
「そんな汚いフィルターにも触らずに、エアコンの効いた部屋で一日過ごせるんだぞ?」
「この街にそんな仕事ないでしょ」
「勉強頑張って、東高行って、成績良ければやっと向こうの街に行ける……夢のまた夢……」
「そうだね……」

 俺はこっちが好きなんだけど。


 仕事の後、しつこく話しかけてくるARを振り切った俺は、エドとドミトリーの前に行った。

 オウガ君とカゲスゲ君はすでに、門の前で待っていて、それを見たエドが立ち止まった。
「おい、どうなってんだ?」
「あ、ごめん。言っておくの忘れてた。オウガ君達と、一緒に行こうってなって」
「いつなったんだよ?」

 しまった……。

「まあ、週末に色々あって」
「そっか……。じゃあ、一緒に行くか」

 『孤独の実験』の話はかけらも出ない。

 それはさておき、いざ東高へ。
 エドを先頭に、俺とオウガ君が並んで、カゲスゲ君は最後尾を歩き出す。

「エザキって、コーガク行くの?」
「行くつもりだよ。成績危ないけど」
「やっぱ、その方がいいよな。俺も勉強しないとなぁ」
「オウガ君はてっきりギャングになるんだと思ってた」
「なんかそれも違うなって思ってさ……」
 エドに脅かされて、随分と懲りたみたいだ。

 2番街に入ると、空気が美味しく感じられる。このあたりは機動隊の基地も近いから、頭の悪い奴が、ゴミをそのへんにぶちまけたりもしないんだろう。
 ユキのアパートのあたりから、さらに西へ進むと東高の正門に着いた。

 長髪、長身、白シャツ、ブルージーンズでよく目立つタガさんは、一人で待っていた。

「お、エザキと……?」
「エド・リンジです」
「オウガです」
「カゲスゲっす」

 俺以外の3人が名乗ると、タガさんは近くの水路脇にある、ちょっとした緑地に案内してくれた。
 タガさんのすぐ後ろに、俺とエドとオウガ君。カゲスゲ君は少し離れてついてくる。

「今日は午後、仕事だった?」
 タガさんがエドに聞くと、エドは頷いた。

 背もたれのないベンチが2個。
 俺とエド、オウガ君とカゲスゲ君が向かい合わせに座り、タガさんはその間に放った一斗缶に座った。

「オウガ君って、前はヤンキー従えてたんだっけ?」
「あ、オウガでいいっすよ。従えてたっていうか、まあそうですね。今は狙われる側ですけど」

 タガさんは忙しそうに俺達の方もチラチラ見ながら、オウガ君と話す。

「銃撃戦やったって噂になってたけど、本当?」
 オウガ君は気まずそうにエドを見たが、エドは腕を組んでとぼけた。
「いや、それは……ちょっと……違いますね……」

 タガさんはオウガ君が誤魔化し終えるのを待ってから、エドの方を見た。
「オウガ君とエド君は対等なのか?」
 エドはオウガ君を見ながら答えた。
「俺は対等だと思ってますよ。タガさん。あんたともね」
 その言葉を聞いた途端、カゲスゲ君がすごい怒った顔をしたけど、エドはちらっと見ただけで気にしない。
 そしてそのまま続ける。

「この街は弱肉強食。ここ、2番街。あとはドミトリーとか学校がある3番街なんかは、まだいいけど、他のどこにいても警察は助けてくれない。だったら俺達なりの司法を作るしかない」
 タガさんが、嬉しそうに頷いているのを見て、ちょっと驚いた。

「俺達全員が、タガさんをリーダーにしたチームになる。俺達の中の誰かがやられたら、やった奴にはみんなで報復する。それでどうですか?」

 エドが知らない人に、しかも先輩にこんなにたくさん話すとは思ってなかった。
 自分にも、そんなことができたらいいのにと思った。
 なんでかわからないけど。

「それ決めるのは、タガさんだろ?」

 カゲスゲ君が噛みつこうとしたけど、タガさんがそれを遮った。
「エド。相手が川倉だったらどうする?」
「ギャング連中は、ガキには手出ししないって言ってるし、実際そうじゃないですか」

 タガさんは追い詰めるように聞く。
「それでも揉めたら?」

 エドは組んだ腕を下ろしながら即答した。
「抗議するべきです」

 タガさんは立ち上がって言った。
「全部賛成だ。じゃあ、今日から俺達とお前らの学年は一つのチームになる。それでいいな?」

 みんなで頷くと、タガさんも頷いた。
「よし。ただ、問題がある」

 エドが素早く口を挟んだ。
「俺が撃ったやつですか?」
「そうだ。エドが撃ったヤンキー2人だけどな。あいつら川倉に入ったらしいぞ」

 オウガ君がびっくりして立ち上がった。
「あいつら、まだ怪我治ってないんじゃ?」
「内定だ。ケガが治れば、来月どこかの襲撃に駆り出されるらしい」

 エドが首を傾げた。
「なんでそんなに、川倉のことを知ってるんですか?」
「オヤジが仲良くしてるからな」
「え?」

 俺達みんなで固まった。