リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 夕食を先に食べ終えた俺は、さっさと自分の部屋に戻った。
 食べている最中の相談で、オウガ君が俺の部屋に来ることになった。

 日本のテレビドラマで、女の子が家に来るって決まった途端、慌てて部屋を片付けるお兄さんを見たことがある。
 ユキが来るんだとしても、俺はそんなことしないだろうと思う。

 部屋がきれいだと何かいいことがあるのか?

 突然、ノックもなく静かにドアが開いて、ササッとオウガ君が入ってきた。
 考え事をしていたから、ちょっとびっくりしたけど、俺は構わず机に向かって座り直した。

「急にごめんな。エドには見つかってないよ」
 オウガ君はちょっとためらってから、俺のベッドに腰掛けた。

「もしかして、ベッド臭い?」
「いや、男のベッドに座るのもなぁって」

 なるほど、そういうことを気にする人もいるのか。
 俺が立ち上がろうとすると、オウガ君は手振りでそれを止めて、明るく言った。
「臭さっていったら、まあ俺達みんなくせぇだろ。下駄箱なんか、みんなくせぇじゃん」

 別に面白くはないけど、一緒に笑いながら、聞いた。
「タガさんに頼りたいって、エドとの揉め事のせい?」

 俺の言葉を聞いた瞬間、オウガ君が急に暗い顔になった。
「ああ。あれで主要な舎弟がみんないなくなってさ」
「なんで?」

 あのオウガ君が、うなだれて、具合でも悪いのかってくらい弱々しいため息を吐いた。

「俺が臆病者ってバレたからだろ。カゲもいつ、いなくなるか……」
「でも、今日も一緒にいたじゃない」

 だけどオウガ君は下を向いたままだ。
「学校に行ってる組の中じゃ、俺ぐらいしか仲いいやつがいないからだろ」
「じゃあ、ヤンキーとはもう仲間じゃないってこと?」

 俺が覗き込むと、弱々しいけど怒ったような顔で答えた。

「今まで10人いた舎弟が、『学校にいる組』の4人だけになったからな。向こうの6人に襲われたら終わりだ」
「なんで襲うの?」
「『欲しくなったら、奪う』ってのが、『ここの普通』だろ」

 動物の群れ同士、数が重要なのか。

「そういえば、エドが『あっちをやると、こっちが仕返しに来る』みたいな仕組みがあるといいって言ってた」
「でもあいつは、もう俺なんか眼中にないだろ」

 ちょっと前までのオウガ君がまるで別人みたいに普通に会話してくれる。
 それが不思議だったけど、自分が強くないって気づいたってことなのか?

「ねえオウガ君、舎弟が一杯いたときはあんなに威張ってたのに、なんで今はこんな普通なの?」
 俺がそう言うと、オウガ君は急に怒り出した。

「勝ってるときは何でもいただくのが普通だろ! 今は負け犬だよ! どうせ雑魚だよ!」

「でもオウガ君なら、一人ぼっちになってもそんなには狙われないでしょ? 強いんだから。『威張って奪える立場』がなくなるのが、そんなに悔しいの?」

 オウガ君は何も言わなくなった。
 ただキレたってハッキリとわかる顔で、俺を見ているだけ。

「もう、お前と話すことねえわ」
 そう言って、静かに出ていった。

 なんで怒ったんだろう?
 悔しい気持ちは俺にもわかるし、2人で悔しいよねっていう話をすればよかったんじゃないのかな……。

 オウガ君が怒ってしまった翌日。
 せっかくの日曜日だけど、どう過ごしたもんかと考えた。

 エドとの約束もあるし、油断して知ってる人としゃべっちゃうとまずい。
 しょうがないから、一人で海を見に行こうと思った。

 外は昨日のスコールが嘘みたいにカンカン照りだ。建物の影から影へ、少しジグザグに歩きながら、4番街の少し先に向かって歩く。
 海が見えるTC地区、前にヤマナシくんが案内してくれた倉庫があるところを目指す。

 ドミトリーから4番街に抜ける、細い道を歩いていると、ちょうど人気がなくなったタイミングで誰かに肩を掴まれた。
「わっ!」

 ちょっとびっくりしたけど、襲いかかるつもりじゃなさそうだ。
 それよりも、掴んできた人がカゲスゲ君だったことに驚いた。

「ビビってんじゃねえよ」
「どうしたの!?」

 もう会話しないなどと言う約束は記憶の隅にも残ってなかった。

「4番街になんか用でもあんのかよ?」
「い、いや、暇だからうろつこうかなぁなんて……」
「暇なら『トランシー』行こうぜ。学割使えっから」

 ガクワリってなんだろう?
 そう思いながら、カゲスゲ君に付いて行くと、そのカフェ『トランシー』に着いた。
 港湾地区に入る検問所のすぐそばだった。視界には入ってたけど存在に気付いてなかった。
 大きな窓の上の方に、青いネオン管みたいなので店名が書かれている。夜になったら光るのか。

 カゲスゲ君が壊れかけのドアをガタガタと乱暴に開けて、俺達は一緒に奥の角っこのテーブルに着いた。

「ブレンド2つ」
 カゲスゲ君が目も合わせずに注文すると、笑顔のウエイトレスさんが瞬時に無表情になって戻って行った。

 おかれたお冷を飲んでいるカゲスゲ君に、話しかけた。
 面倒な話なら、さっさと終わらせたい。

「いつもオウガ君といるのかと思ってた」
「お前こそ、エドと一緒じゃ……。あ、あれか。しょーもねえ『実験』か」
 お冷を持ってない方の手をだらーんと下に垂らして、いかにもワルだぞっていう風に話すカゲスゲ君がちょっと面白い。

「もしかして、カゲスゲ君が新しいリーダーになった?」
 浮かれて色々話したりするかな? と思ったけど、カゲスゲ君はそれには答えずに聞いてきた。

「お前、高校出たらどうすんの? 普通に就職すんの?」
「まあ、そうなるかなぁ。バカだから、フジツボ取ったりするくらいしか、できないと思うけど」

 窓の外では休日勤務の人達が忙しそうに検問所を出入りしている。晴れているから、列で待っている人はちょっとしんどそうだ。

「せっかくの度胸が台無しの、クソみたいな人生設計だな」
 びっくりしてカゲスゲ君に向き直ると、人生論が始まった。
「人がああしてるから、俺もああしよう。これはみんなこうしてるから、俺もこうしよう。そんな生き方してっから、ヤンキーはギャング止まり、お前らは底辺の労働者止まりなんだよ」

 目立つとすぐにいじめたりしてる奴がよく言う。

「エザキ。お前はケンカの才能もあるし、何より度胸があるだろ? だったら、川倉で鉄砲玉でもやればいいんだよ。そうすりゃまとまった金が入るだろ? あとはそれで経営者になればいいじゃんか」
「鉄砲玉って警察に銃撃ちに行くやつ? 死ぬんじゃない?」
「あんなの、何発か撃って逃げてくればいいんだよ」

 なんで、こんな話をしてるんだ?

「エザキ。お前が余計な考えに染まってないから、今のうちに教えといてやるよ。本当のバカってのは『いない方がいい奴』なんだよ」
「『いない方がいい奴』なんている?」
「特技があって、それで役に立つ奴だけが『いた方がいい奴』だからな。他はいらねえ」
「なるほど……」

 たしかに役に立たないのは、ペットと同じかもしれない。

「お前とエド、ヤマナシとかは役に立ちそうだよ。でもベゾとかコノエとか、ボケッとした頭の回転の遅い奴。ああいうのは?」

 役に立たない。正直そう思った。

 でも、それを言うと何かまずいような気がした。