リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 エドは急に涙を浮かべてしまった俺に驚いてはいたけど、他の生徒の目を気にしてか、しれっとした口調で話してくれた。

「正直、こんな話を大人にしても信じないだろうし、いつかお前自身に聞きたいとは思ってたんだけどさ……。生まれつきか?」

 服の肩のところで涙を拭いて、俺もしれっと話した。
「幼稚園ぐらいの頃にはもうできてたから、生まれつきかな」

 エドは左右をチラッと見てから、俺に聞いた。
「もう6年ぐらい前か。でも正直、初めてお前を見たときは『いじめられっ子っぽい』って思ったんだよな。でも、何でもよけられるお前だ。まさかだよな?」
「確かにいじめられてたと思うよ。暴力はなかったけど」
「暴力はなかった?」

 それは、ここで見かけるような単純ないじめじゃなかった。
 話して伝わるかわからないけど、エドには話してみようと思った。

「貧乏ってバカにされたりとか、靴捨てられたり、教科書隠されたり、いろいろあったよ。家にラク書きされたりもしたね。もう毎日そんなのばっかりだった」
「シリウス区に住んでるのに、貧乏なんて言われたのか?」
 なるほど。ここで育ったエドなら当然の疑問だ。

「うちは周りの子たちほど、贅沢な暮らしはしてなかったからね」
「そんな嫌がらせが毎日ってのは、確かにきついな……。でも痛めつけてやれば、懲りたんじゃないか?」

 この騎炉区とシリウス区の一番の違いが、そこだ。

「エド、向こうでは同級生とか殴ると、親とか先生が出て来るんだ。俺も最初の頃は殴ってたけど、何回目かのときに校長先生から『次やったら退学』って言われてさ」
「退学して、他の学校に行けばいいじゃん」
「退学になったっていう記録が残ると、その後の人生が台無しになるって親が騒いでさ。結局その後は、ただ我慢するだけだったよ」

 エドがイラっとした表情を見せた。
「マジかよ。金持ちのクソガキども、イメージ通りのネクラ野郎どもだな」
「まあ一部の奴だけどね。そういうことやってたのは」

 ここまでわかってくれる奴だとは思ってなかった。それとも、わかってるフリをしてるのか?
 そう思って見ていると、エドは笑い出した。

「俺がそっちにいたら、速攻で退学だったろうな」
「エドは少しでもちょっかい出されたら、動かなくなるまで痛めつけてたもんね」

 だから普通の生徒からはさけられて、ワルからは目を付けられるんだけど。

「『裁きは、例外なく下されなければならない』って誰かの本で読んだんだ」
「それ絶対、小学生向けの本じゃないよね」
 俺がそう言うと、自然と2人で笑った。

 また不思議な感覚に襲われた。
 音楽を聴いたときみたいな、絵を見たときみたいな、不思議なザワザワした感覚。
 じっとしていられない。
 楽しい? 嬉しい?

 胸の内でソワソワしていると、エドが変なことを言い出した。
「まあ、今の話は俺達の秘密としてだ。ちょっと試したいことがある。お前もやってみてくれよ」
「なにを?」

 エドはまた本を開きながら、言った。
「今から月曜の昼まで、会話を必要最小限にする。とにかく友達とかと、会話をしないように過ごすんだ。挨拶もなし!」
「なにそれ?」
 今度は何の本に影響されたんだ?

「さっきのパワー・パラドックスの話だけどさ、同じ本に『孤独は人をおかしくする』ってあったからさ」

 なんだよそれ? と思いながら、今日の流れだと断りづらい。

「う……じゃあ、月曜の昼までね。やってみる……」
 うわー、めんどくさい。

「あ、エドもやるんだよね?」
 エドは本から目を離さない。

 もうやってんのかよ……。

 こうして、俺達の『孤独な時間』が始まった。

 夕飯は外で食べてもいいんだけど、みんな外食はたまの贅沢で、ほとんどの場合ドミトリーで給食を食べる。
 食堂に行って、壁に貼られた希望表を見ると、エドも含めた仲のいい面々みんなが『食べる』に丸を付けている。こんな日に限って。

 よし、みんなに会う前にさっさと食べちゃおう。
 そう思って受け取りの列に並ぶと、前にいたのはカゲスゲ君。
 うっとうしそうに一度俺を見たカゲスゲ君に、思わず微笑みかけてしまう。
 これなら会話せずに済みそうだ。

 前にはカゲスゲ君と小中学生の知らない子達だけ。
 よし。と思って後ろを確かめると、後ろの方に並んだばかりのエドと目が合った。
 お互い、慌てて目をそらす。
 何をやってるんだ俺達は……。

 カゲスゲ君にくっついて、テーブルの前に行くと、エドが俺達のそばを素早く通り過ぎて向こうのテーブルへ。

 俺が隣に座ると、1秒ぐらい間をおいてからカゲスゲ君がこっちを見た。
「お前、なんなんだよ?」
 さすがに怒られた。
 でも喋らずに、黙って食べる。まずはホウレンソウから……。

「お前、そこはなぁ――」

 あ。そうか、隣にオウガ君を座らせたかったのか。
 と思ってどこうとしたら、向かい側にオウガ君がドサッと座った。

「あれ? お前ら、――」
「違いますって! こいつが勝手についてきたんですよ」
 ややこしくなってきた。

 オウガ君が俺に話しかける。
「あれ、エザキ。エドとケンカでもしたのか?」

 失敗したなぁ。完全に知らない人達の中に入ればよかった……。
 仲が悪いとはいえ、知っている奴らって言うのは不都合だった。

 後ろのテーブルをチラッと確かめると、エドは見事に知らない奴らに囲まれている。

「なんかあったんじゃないすか? こいつおかしいし」
 腹が立つけど、黙っておく。

「おい、カゲ。俺は別にこいつとはケンカしてねえんだよ。な?」
 いや、してたよ? と思ったけど、しゃべる訳にはいかない。

「お前、マジどっか行けよ! 話しづれぇだろ!」
 カゲスゲ君に怒られて、ついに諦めた俺は右手で後頭部を掻くフリをしながら、少し左を向いた。

 その態勢のまま、右のカゲスゲ君、右前のオウガ君に、小声で言った。
「月曜日まで、誰とも口利かないゲームやってんの。エドと2人で……」

 2人とも黙った。
「だから、俺に話しかけないでくれる?」

 願っていた沈黙が訪れた。
 けど長続きしなかった。

「ふっ!」
「バカじゃねぇの?」
 オウガ君とカゲスゲ君は、揃って噴き出した。

「ちょっと! バレるでしょ!」
 こっちは小声でしか怒れない。

 頼むから向こうのテーブルのエドには気づかないでくれ。
 この状況で2人がエドの方を見たら、終わりだ。

 けど幸い、単細胞な2人は俺にしか興味を示さなかった。

 俺に話しかけるのはもっぱらオウガ君。
 ついこの間、子分が撃たれたのにどういう神経だ?

「お前ら、この間のさ――」
「こっち見ないでくれる?」
 味のしないポテトサラダを食べる。

「お前ら、この間のライブ行ったの?」
「行ったよ」
 黙々と食べるフリをしながら、話を続ける。

「タガさんと喋ったりしたか?」
 思わず手が止まった。
 タガさんの話?

「喋ったけど?」
 また食べ始めると、矢継ぎ早に質問がくる。

「どんな人だった?」
「どんなって――」
「強そうだった? なんか上の代は、全部あの人が仕切ってるらしいじゃん」
「んー、まあ強そうだったけど……」

 やっと本命の、ほぼケチャップだけみたいなソースのパスタに取り掛かろうとしたとき、オウガ君が信じられないことを言った。

「タガさんにちょっと、助けてもらえないかなって思ってさ」

 孤独の話も忘れて、ついオウガ君とカゲスゲ君を見てしまった。
 2人ともすごく真剣な顔だ。

 オウガ君たちが、タガさんに助けを?