騎炉区の中学生は週に3回、職業訓練に出る。
訓練とは名ばかりで、実際は働かされる。
教室での授業は午前中のみで、午後は港湾地区に出る。
勉強が苦手な俺にとって、気分転換になる大好きな午後だ。
騎炉区から港湾地区へ入るための検問所に並ぶ。
前に並んでいるのは同級生のホセ・ベゾ君、通称ホベタンだ。
アフリカ系なのか肌が黒いが、この国ではそんなこと誰も気にしない。
「ホベタン、今日も甲板掃除?」
小柄なホベタンに合わせて顔を下げて話しかけると、彼はこくっとうなずいた。
彼はほとんど言葉を話さない。
話さない訳ではないけど、人と会話するのがとても苦手だ。
背後の結構近いところから声がした。
「エザキ。昨日、オウガ吹っ飛ばしたの?」
「わ! エドか」
エド・リンジ。小学校の頃からの一番の友達だ。
眼鏡を掛けてほっそりしているが、長身でケンカが強くて一目置かれている。
黒髪だが、顔は北欧系に見えるので、北欧系イケメンと勝手に呼んでいる。
「勝手にコケたんだよ。たかがパン一個のためにね」
エドはにんまりしながら言った。
「あいつがお前を殴れる日が来るのかな?」
普通に笑ってしまった。
「ないない。ちょー大振り」
二人で笑っていると、順番が来た。
「従業員証は? はいはい――」
担当の沿岸警備隊のおじさんは俺らが出そうとしている動きだけ見て、めんどくさそうに俺らを通した。
ゲートをくぐると、早速正面に大きな貨物船が止まっている第1、第2バースが見えて来た。
「あんなM16ライフル持ってんのに、ギャングには手出ししないんだから、こまったもんだよな」
騎炉には機動隊の基地みたいなのが二つあるけど、誰も俺たちを守ろうとはしない。
「M16ってあの銃のこと?」
「ああ、戦争で使われるようなやつだろ」
エドは戦争映画が大好きで、銃にもやたら詳しかった。
触れたこともないのに。
港湾地区に入ると、ホベタンは走りだした。
「エドはまた機械加工?」
「ああ、なんか気に入られたみたいでさ。就職先も決まりだろうな。お前は?」
よくぞ聞いてくれた。
両手を腰に当てて皮肉交じりにほほ笑むと、エドは気の毒そうに言ってくれた。
「そうか。またフジツボ取りか。無理するなよ」
「ああ、先に終わったらさ――」
「ああ、ここで待ち合わせな」
そして俺たちはそれぞれの仕事場へ向かった。
第1バースの貨物船のそばに、ウマに乗せられた小型船が4隻並ぶ。
うち2隻は片側のフジツボがほぼ取れている。
前回の続きだ。
やれやれ、やろうかと思って船の間にドンと置かれた大きな道具箱に近づこうとすると、肩をグイっと引かれた。
「うおっ?」
坊主頭のお兄さんに怒鳴られた。
「おせーんだよ! ボケ! 殺すぞ!」
「すみません」
言いながら、ウマのそばの道具箱からケレン棒(フジツボを剥がすための柄の付いたスクレーパ)を取った。
向かって左側の船に向かい、生臭い船底の下からケレン棒を押し当てた。
あとは屈んだり、しゃがんだりしながら、ひたすらフジツボを落とす。
俺一人で。
もう一人、同じ作業をやらされている同級生がいるはずだが、まだ来ていない。
パン!
平手打ちの音がして振り返ると、その同級生が叩かれていた。
「いい根性してんな? 遅刻たぁよ! あ?」
「すみません……」
小太り金髪、黒縁眼鏡のAR。
めちゃくちゃ性格のいい奴だけど、いつも可哀想な目に遭っている。
ちなみに坊主のお兄さんは俺だけは叩かない。
俺が全部かわしてしまうから。
ARはトボトボと道具箱の前に来ると、俺の方に向かって肩をすくめた。
「痛かった? 俺も遅刻ギリギリだった」
「エザキはなんで殴られないの?」
「ARが殴られるなんて、世も末だよ……」
言いながら手だけは止めない。
数十メートル離れた所で、プレハブの色を塗り替えている坊主が視線だけはこっちに向けている。
「AR、早くやった方がいいよ。めっちゃ見られてる」
「えっ?」
ARは慌ててケレン棒を持って歩こうとしたが、道具箱につまづき、そのまま前にゴロンと転がった。
怒られるかと思って、プレハブの方を見ると、坊主が笑っているのが見えた。
隣同士、それぞれの船のフジツボを取りながら、ARがしょうもないことを話す。
「俺の親がさ、グチグチ言うんだよ。向こうに住んでたのに、ムショから出たら、もう騎炉から出られないって」
俺も答える。ガシガシやりながら、腕や肩の疲労感をごまかすように。
「捕まったのはお父さん?」
「両方だよ。だからドミトリー暮らしなんだよ。でもお前の方が波乱万丈だよな」
またその話かと思いながら、結論にもっていく。
「高級住宅街から来たって言っても、5年もいるとさ、ARみたいないいやつもいるし、住めば都だよ」
「やっぱ豪邸とかすんでたの?」
「あの辺りでは小さい方だったと思うよ。普通の2階建て」
「2階建て! 金持ちじゃん!」
思わず微笑んでしまう。
「屋敷みたいなとこに住んでる友達もいたよ。腑抜けだったけどね。こっちの小中学生の方が向こうの奴より、みんなよっぽどしっかりしてるよ」
ARが手を止めて言った。
「なあエザキ。たまに思うんだ。あの西の検問の向こうの街。あそこで普通に暮らせる家に生まれてたら、どうだったんだろうって……」
俺は聞こえないふりをして、まとまったフジツボを一気にそぎ落としにかかった。
訓練とは名ばかりで、実際は働かされる。
教室での授業は午前中のみで、午後は港湾地区に出る。
勉強が苦手な俺にとって、気分転換になる大好きな午後だ。
騎炉区から港湾地区へ入るための検問所に並ぶ。
前に並んでいるのは同級生のホセ・ベゾ君、通称ホベタンだ。
アフリカ系なのか肌が黒いが、この国ではそんなこと誰も気にしない。
「ホベタン、今日も甲板掃除?」
小柄なホベタンに合わせて顔を下げて話しかけると、彼はこくっとうなずいた。
彼はほとんど言葉を話さない。
話さない訳ではないけど、人と会話するのがとても苦手だ。
背後の結構近いところから声がした。
「エザキ。昨日、オウガ吹っ飛ばしたの?」
「わ! エドか」
エド・リンジ。小学校の頃からの一番の友達だ。
眼鏡を掛けてほっそりしているが、長身でケンカが強くて一目置かれている。
黒髪だが、顔は北欧系に見えるので、北欧系イケメンと勝手に呼んでいる。
「勝手にコケたんだよ。たかがパン一個のためにね」
エドはにんまりしながら言った。
「あいつがお前を殴れる日が来るのかな?」
普通に笑ってしまった。
「ないない。ちょー大振り」
二人で笑っていると、順番が来た。
「従業員証は? はいはい――」
担当の沿岸警備隊のおじさんは俺らが出そうとしている動きだけ見て、めんどくさそうに俺らを通した。
ゲートをくぐると、早速正面に大きな貨物船が止まっている第1、第2バースが見えて来た。
「あんなM16ライフル持ってんのに、ギャングには手出ししないんだから、こまったもんだよな」
騎炉には機動隊の基地みたいなのが二つあるけど、誰も俺たちを守ろうとはしない。
「M16ってあの銃のこと?」
「ああ、戦争で使われるようなやつだろ」
エドは戦争映画が大好きで、銃にもやたら詳しかった。
触れたこともないのに。
港湾地区に入ると、ホベタンは走りだした。
「エドはまた機械加工?」
「ああ、なんか気に入られたみたいでさ。就職先も決まりだろうな。お前は?」
よくぞ聞いてくれた。
両手を腰に当てて皮肉交じりにほほ笑むと、エドは気の毒そうに言ってくれた。
「そうか。またフジツボ取りか。無理するなよ」
「ああ、先に終わったらさ――」
「ああ、ここで待ち合わせな」
そして俺たちはそれぞれの仕事場へ向かった。
第1バースの貨物船のそばに、ウマに乗せられた小型船が4隻並ぶ。
うち2隻は片側のフジツボがほぼ取れている。
前回の続きだ。
やれやれ、やろうかと思って船の間にドンと置かれた大きな道具箱に近づこうとすると、肩をグイっと引かれた。
「うおっ?」
坊主頭のお兄さんに怒鳴られた。
「おせーんだよ! ボケ! 殺すぞ!」
「すみません」
言いながら、ウマのそばの道具箱からケレン棒(フジツボを剥がすための柄の付いたスクレーパ)を取った。
向かって左側の船に向かい、生臭い船底の下からケレン棒を押し当てた。
あとは屈んだり、しゃがんだりしながら、ひたすらフジツボを落とす。
俺一人で。
もう一人、同じ作業をやらされている同級生がいるはずだが、まだ来ていない。
パン!
平手打ちの音がして振り返ると、その同級生が叩かれていた。
「いい根性してんな? 遅刻たぁよ! あ?」
「すみません……」
小太り金髪、黒縁眼鏡のAR。
めちゃくちゃ性格のいい奴だけど、いつも可哀想な目に遭っている。
ちなみに坊主のお兄さんは俺だけは叩かない。
俺が全部かわしてしまうから。
ARはトボトボと道具箱の前に来ると、俺の方に向かって肩をすくめた。
「痛かった? 俺も遅刻ギリギリだった」
「エザキはなんで殴られないの?」
「ARが殴られるなんて、世も末だよ……」
言いながら手だけは止めない。
数十メートル離れた所で、プレハブの色を塗り替えている坊主が視線だけはこっちに向けている。
「AR、早くやった方がいいよ。めっちゃ見られてる」
「えっ?」
ARは慌ててケレン棒を持って歩こうとしたが、道具箱につまづき、そのまま前にゴロンと転がった。
怒られるかと思って、プレハブの方を見ると、坊主が笑っているのが見えた。
隣同士、それぞれの船のフジツボを取りながら、ARがしょうもないことを話す。
「俺の親がさ、グチグチ言うんだよ。向こうに住んでたのに、ムショから出たら、もう騎炉から出られないって」
俺も答える。ガシガシやりながら、腕や肩の疲労感をごまかすように。
「捕まったのはお父さん?」
「両方だよ。だからドミトリー暮らしなんだよ。でもお前の方が波乱万丈だよな」
またその話かと思いながら、結論にもっていく。
「高級住宅街から来たって言っても、5年もいるとさ、ARみたいないいやつもいるし、住めば都だよ」
「やっぱ豪邸とかすんでたの?」
「あの辺りでは小さい方だったと思うよ。普通の2階建て」
「2階建て! 金持ちじゃん!」
思わず微笑んでしまう。
「屋敷みたいなとこに住んでる友達もいたよ。腑抜けだったけどね。こっちの小中学生の方が向こうの奴より、みんなよっぽどしっかりしてるよ」
ARが手を止めて言った。
「なあエザキ。たまに思うんだ。あの西の検問の向こうの街。あそこで普通に暮らせる家に生まれてたら、どうだったんだろうって……」
俺は聞こえないふりをして、まとまったフジツボを一気にそぎ落としにかかった。
