リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 俺が飛びかかったスキンヘッドはかなりのタフ野郎だった。
 一瞬とはいえ、仰け反りながら俺の体を支えたので、びっくりした。

 押し倒したところへ、タガさんが一発入れてくれることを期待したけど、そうはならなかった。

 立ち上がろうとするそいつを見て、とっさに思い切り首を絞めた。

 荒かった呼吸が途絶えて、スキンヘッドは静かに暴れ始めた。
 俺の両手を外そうとしてきたので、こっちも必死に力を入れ続けた。

 スキンヘッドの表情がわざとやっているのかというぐらい、汚く歪んだ。

 このままやれば死ぬのかな。
 殺しちゃったら、明日の約束はどうなるんだろう?

 そろそろ離してあげようかな。でもまだ足りないかな。

 そんな風に迷いながら首を絞めていると、スキンヘッドの横にタガさんの顔が現れて、言った。

「やめなって」

 その顔を綺麗だと思った。

 月明かりに顔の片側を照らされた顔は、性別に関係のない、なんというか『美しさ』みたいな感じがあった。

 手を離すと、スキンヘッドは横に転がって咳き込み、えずき、少しだけゲロを吐いた。

 タガさんと一緒に立ち上がると、後ろを確かめた。
 誰もいなかった。

「追っ払ったよ」
 タガさんは用事を片付けたような感じで言った。

 苦しんでいるスキンヘッドを見ながら迷った。
 どうしよう? もう帰っていいのかな?

 すると、タガさんはスキンヘッドの横にまたしゃがみ、今度は彼の背中に手を置いた。
 何をするのかと驚いた。

「大丈夫かよ?」
 そう聞かれたスキンヘッドも、驚いた顔でタガさんを見る。

「ごめんな」
 混乱しているスキンヘッドの背中をトンと優しく叩くと、タガさんは俺を灯台広場に連れ出した。
 俺がスキンヘッドがもう一回襲ってくるんじゃないかと、何回も振り返ったけど、タガさんに笑いながら背中を押されてしまった。

 7番街、灯台広場の夜は昼よりさらに賑やかだ。
 屋台も増えるし、居酒屋にも元気な客が入る。
 真ん中のコンクリ台にも、沢山の人が腰掛けている。
 ギャングの仕切る街とは思えない、明るい雰囲気だ。

 俺たちみたいなのがこんな夜に7番街に居て、大丈夫なのか。

 最初はそう心配したけど、平気そうなタガさんと、明るい街の雰囲気に、そんな心配はすぐ消えてしまった。

 タガさんは俺にフランクフルトを奢ってくれた。
 屋台のお爺さんは、焦がしちゃった一本もおまけで付けてくれたけど、タガさんはそれも俺に譲ってくれた。

 しかもドクター・ペッパー缶まで、奢られてしまった。
 フランクフルトなんて脂っこいものに、ドクター・ペッパーなんて甘いものまで手にしたら、もう我慢など出来るはずもない。

 タガさんに頭を下げた勢いで、そのままかぶりついた。
「いただきます!」
 今日は本当に夢みたいだ。

 そんな俺を面白がるように見ながら、タガさんは聞いた。

「お前、エド・リンジ?」
「いや、違います。エドは同級生ですけど」

 タガさんは自分のフランクフルトをモグモグしながら、呟いた。
「今年の中3は当たり年って聞いてたけど、ホントだったんだな」
「でも、タガさんには流石にかなわないだろうって、みんな言ってますよ」

 缶を開けて、一口。
 コーラ、フランクフルト2本、そしてドクター・ペッパー。

 満たされていく俺に、タガさんがストレートに言った。
「本当は君が最強だろ?」

 本心を見抜かれている。そう直感した。

「いや、よけるのが得意で、怖いものがないっていうだけです。うまく言えないんですけど」
「そうか……エドとは仲いいのか? それともオウガの一味か?」
「エドは俺の一番の友達です」
 唯一かもしれない。

「エドに伝えておいてくれないか? ヤンキーどもに狙われてる。俺が仲裁してやるから、来週6番街の広場で会おうぜって」

 ヤンキーというのは、エドが撃ったオウガの子分か? 『学校に行っていない組』の。

「君も来たほうがいい。エドが最強って言われてるのは、君の助けがあるからだろ」
「いや、あいつは一人で十分――」
「君は俺がどう動くか、敵の誰を潰せばいいか、よく見えてる。おまけにビビるっていう感覚を持ち合わせてすらいない」

 否定できない。

「先を読める分、決断も行動も早い。よほど頭がいいのか、単に運がいいだけなのか、わからないけど、君みたいな奴は初めてだよ」

 褒められているのか?

「名前は?」
「キュー・エザキです」
 また変な名前って思われるかな。

「日本語表記は?」
「江崎弓、弓って書いて――」
「キューって読むのか、かっこいいじゃん」

 何年ぶりだろう。
 かなり前に、エドも同じことを言ってくれたのを思い出した。

 初めて話すタガさん。
 エドとよく似ていると思った。
 ケンカ中も慌てない冷静さ。頭が良くて、人の話をよく聞いてくれる性格。

 ただ、違うのは『他人に興味を持って、明るく話しかけるタイプ』っていうところだろうか。
 ARみたいな変な奴がそれをやっても相手にされないだけだろうけど、何をやってもカッコいいこの人ならそんなこともないだろう。

 もしかしたら……。
 この人なら、俺の『感覚』をわかっててくれるかな?

 モグモグしたり、スプライトを飲んだりしているタガさんを見ながら、本当のことを言おうか考えた。

 すると迷っている俺にダメ押しのように、タガさんは付け加えた。

「俺が君とやり合ったとしても、君に動きを読まれるだけな気がするよ」

 一瞬だけ前を見た。
 行き交う『普通の人達』と自分が、どう違うのか。
 何度も考えたことを、また一瞬考えた。

「タガさん。その……さっきのことなんですけど……」

 フランクフルトを食べ終えたタガさんと、目を合わせた。

 周りで盛り上がっている酔っ払い達の声が、聞こえなくなった。

 タガさんの眉間を視界の真ん中に捉えると、俺は思い切って聞いてみた。

「自分が襲われそうな時、それを感じ取れることってありませんか?」