リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 ドリンクカウンターのお兄さんに注文を聞かれて、迷っていると「じゃあ、ビールでいいか!」と言われて、あわててコーラを頼んだ。
 大きめの紙コップにコーラを注いでもらうと、エドとARも同じようにコーラを頼んでいた。
 実は小学校の頃、この3人でビールに挑戦してひどい目に遭ったことがある。

「オウガとかあっちらへんの連中は、絶対見栄はって強い酒とか頼むんだろうな」
「エドは体でっかいから飲めるんじゃないの?」
「どうかなぁ」
 話しながら『ガーシュズ』店内を見渡す。

 普段はバランスよく配置されているであろうテーブルが、片側に密集させられている。
 ドラムセットやら、スピーカーやらが置かれた演奏スペースの前で、床に座り込んで演奏が始まるのを待っている一団がいる。

 一団は全員が男子、女子は壁に寄りかかったり、テーブルの前の椅子に座っている子ばっかりだ。

「おい、俺達も座ろうぜ」
 促すARに連れていかれて、知らない女子2人と同じテーブルの前に。

 テーブルの前に椅子は4つ、女子2人が座っているので、残りは2つ。

「邪魔するわ」
 エドがそう言いながら座り、その隣に俺が座ると席にあぶれたARはよそのテーブルへ行ってしまった。

 女子2人に嫌がられるかと思ったら、片方がこちらを見てほほ笑んだだけで、気にしていないようだった。
 2人とも俺達と同い年か、少し上ぐらいに見える。
 微笑んだ方は、まとめた金髪を斜め横に出していて、もう片方は赤みがかった黒髪を真後ろでまとめているけど、髪はボサボサで表情が暗い。

 小学校でも、ドミトリーと教室は男女で別。
 こうして女の子を間近で見ると、なんとなくムズムズした。
 でも、どうしたいのか自分でもよくわからない。

 金髪の子が、明るく元気な声でエドに話しかけた。
「東中じゃないよね?」
「ああ、そんな頭良くないよ」
「そっか……」
 エドがさらりと答えると、金髪の女の子はサッと立ち上がってどこかへ行ってしまった。

 勉強ができる東中の男子が良かったのかな。

 エドは残った暗い顔の子に言った。
「行かなくていいのか?」

 暗いというか、何も伝わってこない、伝える気も一切ないような表情でその子は答えた。
「あたしは男とか興味ないから……。金になるんなら別だけど」

 エドは一瞬俺を見てから、笑顔で話を続ける。
「音楽を楽しみに来たってわけか……」

「誰かごはんとか奢ってくれたりしないかなって」
 相変わらずの無表情で、演奏スペースの方を眺めながらそう答えた。

 大人のお店でやるようなことがしたいのかな、と思った。
 コワキ通りのお店では金持ちの男が、女の人たちにお酒や食べ物を奢っていると聞いたことがある。

「『嬢』になるのが夢」

 エドが聞くと、また無表情でボソッと。
「いや、ブスだから無理でしょ」

 エドは笑って、話を続ける。
「いや、ブスかどうか知らないけどさ。なんか嫌なことでもあったの?」

 女の子はようやく、エドと目を合わせた。
「話聞いてくれるの?」
「まあ、聞くだけなら……」
「じゃあ、もう一杯奢ってくれる?」

 女の子が空になったカップを見せる。
 もう飲んだのか?

「え? あ、まあ、いいけどさ……」
「じゃあ、これにビール入れてきて」
「えぇ……?」

 エドはカップを持って立ち上がりながら、一瞬俺に煙たーいっていう顔をして見せ、そのままドリンクカウンターに向かって行った。

 なんで、エドがこんないいようにされているんだろう?
 ちょっと不思議だった。

 その時、突然ドラムスティックのカチカチという音が聞こえて来た。
 そして疑問は消し飛んだ。

 何の楽器の音か知らないけれど、丸い音、とんがった音、重たい音が俺の頭を包み込んだ。

 急に心臓がドキドキしだして、勝手に体中に力が入る。

 なんだ? ここってこんなだったっけ?
 かっこいい!

 お互いに隙間を埋めるように、不思議な音が次から次へ!

 テーブルに肘をつこうとしたら、テーブルがない。いや、ずっと下にあった。
 あれ……? いつの間にか立ち上がってた?

 演奏している人たちを見つめる俺の視界にエドが一瞬入って来て、思わず押しのけてしまった。
「おい、あぶねえ!」

 それどころじゃないよ!
 エドの向こう、演奏してるメンバー達の目の前に俺は膝立ちになって、聞ける限りの音を聞いた。

 楽器の名前も、演奏しているのが誰かなんてことも、知ったことじゃない。

 この音はなんだ?
 すごい! 上がったり下がったりしてる!
 部屋が違う世界になってるよ!

 なにやら曲が変わって、外は晴れだったはずなのに、雨でも降っているような気持ちになる。
 なんでこんなに胸がぐーっとなるんだ?

 すべての音がアクロバット飛行のように、何かを描き出している。
 それだけは確かだ!

 なんかわかる!

 みんなもこれが聞きたいんだ!