リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 銃の一件があってから、オウガ君とエドの間には会話がなくなった。
 オウガ君やカゲスゲ君、その他の取り巻きと学校で会っても、まるで俺たちが見えないかのように振る舞っていた。

 ドミトリーや学校の運動場でも、俺達が来ると気まずそうに場所をあけることさえあった。
 特に、俺達『ウサギの集団』の中で、サッカーを真面目に頑張ろうとしているアサキ兄弟の弟、リョウ君は大喜びだった。
 彼は日本のJリーグの選手になりたいと言っているから。
 でも、彼もこの街を出る許可はもらえないと思う。可哀想だから、誰も言わないけど。

 俺は何も変わらない。
 誘われたときだけ遊んで、あとはただ本を読むか他人がやっていることを眺めるだけ。

 でも、やっぱりわからない。
 みんな、何が楽しくて生きているんだろう。

 もうじき12月、今の時期は秋らしい。
 日本の秋はとびっきりの美しさって、教科書には書いてあったけど、だから?
 俺達の島、イーシアは年中暑いだけで、何も変わらない。
 この街に居続ける。その未来も変わらない。

 この街を出るには、バカみたいに難しい試験に合格しないといけない。
 クリスマス? どうでもいい。
 そう思っていた。

 でもARにとっては大事なイベントらしかった。

「ねえ、エザキ。俺達も、もうすぐコーガク(港湾工学校)。高校生になるんだぜ? 女作らないと」
「子ども作っても、女の子が産まれる確率ってほぼ50パーって、なんかで読んだよ」
「なんでやっちゃうとこまで、話が飛ぶんだよ! 彼女作るんだよ」

 俺はケレン棒の扱いにもだいぶ慣れて、そんなに疲れずにフジツボをごっそり落とせるようになっていた。
 一方のARは毎回すぐに音を上げる。今日も船の下でしゃがんで、くっちゃべってるだけだ。
 見てる人がいないとすぐこれだ。

「ARは彼女がいるの?」
 絶対いるわけない。

「だから、作りに行こうぜ。一緒に」
 ちょっと興味が湧いた。
 普通の友達なら間に合ってるんだけど。

「彼女ってどうやって作るの?」
「簡単だよ。声かけてデートすんだよ」
 へえ、簡単なのか。

「俺にもできるかな?」
「今度、東高校の音楽サークルがライブやるらしいんだけど、誰でも行っていいんだって! だから一緒に行こうぜ!」

「うーん、じゃあ行ってみようかな」
 ケレン棒を持ち替えて、反対側に取り掛かりながら答えると、ARは勢いよく立ち上がって、船底に頭をぶつけた。

「いってぇ……。おし! じゃあエザキ、今度――」
 後ろから指示役のお兄さんに髪の毛を掴まれて引きずられていくARを流し目で見ながら、作業を続けた。

 仕事の後、検問所の前でエドとホベタンと待ち合わせると、またARが付いてきた。
 検問所の列にいると、エドがしきりに靴を脱いでひっくり返している。

「どうしたの?」
「指導役が俺の足に砂ぶっかけやがってさ」
「砂?」
「サンドブラスターの使い方教えてもらったんだよ」
「へぇー、面白そう」

 俺達の会話をホベタンは黙って聞いてたけど、この男は黙ってくれなかった。
「あ! エド、お前も行こうぜ。ライブイベントやるらしいんだよ」
「ライブ?」

 エドは露骨にめんどくさそうな顔をしてくれたけど、ARには関係ないみたいだ。
「ライブだよ! 東高校のやつが『ガーシュズ』でやるんだって!」
「ガーシュズって、あの白い建物のバーのことか?」
「エド、知ってるの?」
 俺が割って入っても、ARには関係ない。
「そうそう。今度の金曜の夜に『ガーシュズ』でやるんだってさ! 酒も入れば、女捕まえるチャンスも増えるっしょ?」

 エドは噴き出した。
「お前が言うなよ。じゃあ、行ってみっかな」

 行くんだ! びっくりした。
 こうして俺とエドとARの3人で、ライブを見に行くことになった。

 金曜日、俺達は午後の職業訓練が終わるや大急ぎで身支度をして、灯台広場で待ち合わせた。
 身支度と言っても、持っているコットンシャツの中で破れ具合が少しでもマシなのを選ぶぐらいのことしかできないんだけど。

 普段、『学校に行っている組』が夜に出歩いてると、ギャングさんをはじめ、色んな大人に怒られるんだけど、行事やイベントで大勢が出てるときは特に怒られない。

 3人そろって『ガーシュズ』に向かうと、建物の周りにも中高生が集まっていた。
 なるほど、女の子も沢山いる。
 ドミトリーも学校も、男女で別れているので、あまり男女で会話する機会がない。

「エザキって、どんなのがタイプなの?」
 エドが絶対にしなさそうな質問をARがする。

「どんなのでもいいよ」
 と俺が答えると、ARは嬉しそうに声を潜めた。
「なるほどなぁ。やれればいいのかー」

 エドは聞く気もないらしく、ただオープン前の会場を覗いている。

「そろそろオープンじゃないか? 18時半オープンて書いてあるし」
 よく見ると、入り口前の小さな黒板に書いてあった。

 18:30 OPEN
 19:00 START

 あ、ほんとだ、と思っていると、中から30歳ぐらいのお兄さんが出て来て、待っているみんなに言った。

「はーい、どうぞー! みんなドリンクチケットもってるよね?」
 ARが取って来てくれたチケットを持って列に並ぶ。

 中から、何か楽器の音が聞こえだしたので、中を覗いた。

 バーの室内は、部屋の真ん中の電気だけが点いていて、周りは暗くなっていた。

 白いシャツを着て、髪の長いカッコいい奴が、金管楽器を持って試すようにプカプカと吹いていた。

 こんな雰囲気の部屋に入るのは初めてで、少しワクワクしてきた。