リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 公園で呑気にお祝いをやっているわけにもいかず、俺たちはヤマナシ君が知っているという『隠れ家』に向かうことにした。

 エドがヤマナシ君に確認する。
「その倉庫は誰も来ないところなのか?」
「倉庫の近くに人が来ることはたまにありますけど、その『場所』には誰も来ないです」

 エドがよくわからないといった顔で俺を見たので、言ってやった。
「まあ、行ってみようよ」

 エドは俺の横に来ると、一緒に歩きながら後ろを振り返った。
「追って来てる?」
「いや、誰も来ないんだなと思ってさ」

 俺も振り返った。
 確かに誰も来ない。よく考えたらあれだけの銃声を響かせているんだから、誰か来そうな気もする。
 そういえば、離れた場所からも銃声が聞こえてたっけ。
「あれ? エド、今日南の方から――」
「ああ、ライフルの音とこれと同じ拳銃の音だ。たぶんな」

 前にも南側からの銃声を聞いたことがある。川倉のメンバーと警察の銃撃戦だ。年に一回ぐらい起きるが、理由はよくわからない。

「エド、また川倉の『鉄砲玉』かな」
「たぶんな。だから誰も来なかったんだと思う。だから、逃げなくてよかったかもしれないな」

 そう言いながらも、俺たちはヤマナシ君の案内で街の東側、海沿いにあるTC地区に来た。TCが何の略か知らないけど、昔は貨物のコンテナ置き場だった場所だ。
 海に面したところに古い倉庫があって、それ以外はコンテナがまばらに置かれているだけだ。

「エドさん、こっちです」
 ヤマナシ君は今にも崩れそうなボロボロの倉庫にスタスタと入って行く。
 上を見上げると、屋根が一部なくなって空が見えている。
 大丈夫なのかな?

 ヤマナシ君に続いて奥へと進むと、周りに色んなものがあって目を引く。
 昔のものだろう、すごく古い軽トラックやフォークリフトがボロボロに朽ちかけている。
 大きな作業台があちこちにあって、その上にはほこりが砂のように積もっている。
 天井のあちこちに開いた穴からは、光の筋が差していて、何とも言えない雰囲気を作っていた。

 一番奥まで来ると、ヤマナシ君は壁についた配電盤のブレーカーの一つをガシッと上げた。
 ブン、と微かな音がして、何か電源が入ったのかなと思った。

 それからヤマナシ君は、俺とエドを見て言った。
「ちょっと、下がってもらってもいいですか?」

 俺とエドが一歩下がると、ヤマナシ君は落ちていたフォーク用のパレットに手を掛けた。
「いよっ! と――」

 放られたパレットがバタンと大きな音を立てた時、俺たちはその正方形の穴に気付いた。
 その下は真っ暗だ。

 ちょっと怖くなって聞いた。
「なにこれ?」
「俺の爺ちゃん、元帝国海軍でね。ここのこと教えてくれたんです」
 そう言いながら、梯子をコツコツと降り始めたヤマナシ君。
 俺とエドは一瞬顔を見合わせたけど、付いていくことにした。

 不器用なホベタンが下りてくるまでに少し時間が掛かったけど、みんなで無事に降りて来た。
 ヤマナシ君が足元からボロボロの投光器を拾い上げると、もう一度しゃがんで電源ケーブルらしきものにつないだ。

 パッと、ハロゲンの光が、腐りかけの木のドアを照らし出す。
「何これ!?」
 ちょっとびっくりして聞くと、ヤマナシ君はふふんと嬉しそうに笑いながらドアを開けた。

 中に入ると、ちょっとだけかび臭い。
 部屋の奥の壁沿いにスリットがあり、陽が差しているのが見える。
 広いのはなんとなくわかるけど、よく見えない。

 ヤマナシ君はドアの外からさらに他の電源ケーブルを引っ張って来ると、部屋のあちこちに置いてあった他の投光器に繋いだ。
 投光器が何個か点いて、ようやく部屋全体が見えるようになった。

 ごっついコンクリートの壁に囲まれた広い部屋だった。
 奥行きも幅も30メートル(100フィート)ぐらいで、天井の高さが2.5メートル(8フィートちょい)ぐらい。
 ボロボロの倉庫の奥にこんな部屋があるなんてびっくりだ。

 エドもさすがに驚いたみたいで、興味津々な顔で見回している。
「ヤマナシ、これって海軍が使ってたのか?」
「そうらしいですよ。その後、爺ちゃんがここの所有者になって、最後は親父が何年か前まで所有してたんです」

「エザキさん、エドさん、とりあえずここでちょっと時間潰してから、バラバラに帰ったらいいんじゃないですか?」

 俺はエドを見た。銃を返さないといけないのは、エドが一番わかっていることだ。
「いや、この銃を返しに行かないといけないから、時間潰したら俺はそっち行くわ」
「そうですか」
 エドが俺の方を見たので、言った。
「俺もエドと一緒に行くよ」
 ヤマナシ君は俺とエドを交互に見てから、頷いた。
「あ、はい。わかりました。よし、じゃあみんな一回輪になろうか」

 ヤマナシ君の呼びかけで、部屋のあちこちに置かれていた一斗缶やら、木箱を集めて輪になって座った。

 俺、エド、ヤマナシ君。それに加えて、ノッポのコノエ君、ホベタン、スポーツ好きのアサキ兄弟も、みんなで輪になった。
 そして、みんなでエドを見た。

「なんだよ?」
 エドが言うと、ヤマナシ君が言った。
「俺達みんなで、エドさんの舎弟にしてください」

 そりゃ無理だと思った。

「舎弟? いやだよ、そんなの。オウガみたいに、ああいう群れて威張るのとか、興味ないって」
 ほらね。

 だけど、ヤマナシ君は気にせずに続ける。
「このメンバーでチーム作りませんか?」
「チーム?」

 ヤマナシ君は一度立ち上がって木箱を置き直すと、また座った。
 そして両手を膝に置いてしんみりと話し始めた。

「今の2年、俺以外はみんなケンカもできないんです。今年は1年生ゼロ人だし、狙われるとしたらやっぱり俺たちだけ。もう頼れるのは、エドさんと、エザキさんしかいないんですよ」

 なんで俺もなんだ?

「でも、オウガたちはもう懲りただろ。たぶん」
「いや、あの人よりカゲスゲの方がタチ悪いんですよ。だから、ここにいるこのメンバー同士、困ったときには助け合いませんか?」

 少し微笑みそうになってしまって、下を向いた。
 助け合う? エドに助けてもらいたいだけだ。

「なるほどな。今年は1年もいないから、お前ら2年が大変だな」
「エドさん、リーダーってことで……お願いできませんか?」

 ヤマナシ君が立ち上がって頭を下げようとすると、エドは遮って言った。

「エザキでいいだろ。俺はリーダーとか向いてないから」
「え? 俺、無理だよ?」

 まったく。俺がそう答えるとわかっていてそういうことを言う。
 だけど、ヤマナシ君がまさかの肯定発言をした。

「いや俺、正直ね。エザキさんとエドさん、どっちにも付いていきたいです」
「俺も?」

 思わず自分を指さして、聞いてしまった。
 俺は人の気持ちとか、全然わかってあげられない人間なのに。なぜ?

「エザキさん、何があっても絶対動じないじゃないですか! 何回か見てますよ。エザキさんが絡まれても、平気な顔してのほほーんとしてるとこ」
「いやいや」
 まあ、平気だけど……。困った俺がエドを見ると、ようやくエドが立ち上がってくれた。

 エドはステージで講演をする教授のように、身振りを加えて話した。

「わかったよ。じゃあ、今日から俺たちはチームだ。コノエ、ホベタン、アサキ兄弟、ヤマナシ、俺とエザキ。誰かに何かあったら助け合おう。ただし、トラブルの原因を自分たちから作るのはやめてくれよな。あと助けようと思ったけど怖くて、割って入れなかったみたいなケースは、許すことにしような?」

 みんな黙って頷いているのを見渡すと、エドはまとめた。
「よし、じゃあ一応俺がリーダーでいいよ。俺がいない時はヤマナシ、お前がリーダーだ」
「え?」
「その方がいいだろ?」
 エドと目を合わせて、正直にお礼を言った。

「うん。ありがとう」

 こうして狩られる側だった『ウサギの集団』は、一応いっぱしのチームになった。