リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 耳をやられたことで、前を見てはいたけど、見えていなかった。
 ようやく気が付いたとき、オウガ君の子分二人は、そろって肩を押さえて騒ぎ出した。

「ああぁぁぁ!」
「うっ、嘘だろ!? 弾入ってる?」

 撃たれたらこんなにも騒ぐのかと、驚いた。
 この街のならず者なら、キリで突き刺したりする程度の喧嘩は大抵の奴が経験しているのに。

 子分が騒ぎ出すと同時に、みんな一斉に行動し始めた。
 エドが銃口をオウガ君に向け、カゲスゲ君は立ち上がってエドと少し距離を取った。

「ちょっ! 待てよ!」
 オウガ君が両手を上げてエドを凝視しながら、騒ぎ始めた。
 
 銃口を向けられたオウガ君は慌てていて、他の子分達は固まっている。
 動けそうなのは俺と、カゲスゲ君だ。

 エドは冷静かつ厳しい態度で、オウガ君に聞いた。

「その銃は誰からもらった?」
「え?」

 オウガ君が夢から覚めたような顔になった。

「ナカサワダさんじゃないよな? 誰からもらった?」
「い、いや……」

 オウガ君は右手をぴくっとさせたが、銃口が向いている以上、何もできない。

「エザキ、オウガの銃を預かってくれ」
「え? ああ……」

 いやだなぁ。
 撃たないでくれよ……と思いながら、オウガ君に近づく。
 オウガ君はベンチに座ったままだけど、カゲスゲ君はベンチの横に立っている。


「こっちのポケットだね。ごめんね」
 人のズボンのポケットに手を入れるのは初めてだけど、あまり気持ちのいいものではない。
 取り出した銃は、思ったよりは軽かった。というか、びっくりするぐらいちっちゃい。
 エドが持っているのと同じ銃のように見える。

 俺は左手で銃の銃口側を持って、エドの隣に戻った。
 こんなもの、人に向けるのも、構えるのもいやだ。

 撃たれた子分達はエドを見て、荒い息をしている。
 カゲスゲ君はエドを睨み、オウガ君は茫然としている。

 エドはこの期に及んでも落ち着いていて、妙に穏やかに話し出した。

「もういいや。オウガ、お前がどこでこの銃拾ったか知らないけど、これがお前の手にあったことは、ナカサワダさん達には秘密にしといてやるよ」
「え……?」

 なぜかカゲスゲ君が驚いた顔で俺の方を見て、目が合った。
 いや、俺は何も知らないよ? と目で答えた。つもりだ。

「秘密にしといてやるから、カツアゲとかやめてくれないか?」

 オウガ君も、なぜか俺の方を見た。
 なんなんだよ? と思って目をそらすと、オウガ君の弱々しい声が聞こえた。

「本当に、言わないでくれるんなら――」
「オウガさん、だめですよ! そしたらこいつだけが武装したまんまになるじゃないすか!?」

 上がりかけたオウガ君の白旗をカゲスゲ君が取り上げる。
 でも、次のエドのセリフは俺にとっても予想外だった。

「俺の銃もナカサワダさんに返すよ」

 首を傾げ、足元の雑草を見つめて、一瞬考えた。
 返す?

 エドは俺が顔を上げると、話した。

「せっかく貯めた貯金はたいてさ、借りて来たんだ。使ったら返す約束だからな。今日返してくるよ」

 レンタル拳銃かよ……と思ったその時、少し遠くの方からけたたましい銃声が聞こえて来た。
 低くこもった銃声と、甲高く抜けるような銃声が交互に。

 みんな音のした方を見た。

「おい、あれってまた川倉と警察が……」
「逃げた方がいいんじゃないか?」
「いや、ここにいる分には平気だろ?」
「いや、一応逃げた方が……」

 みんながソワソワしだしたけど、エドがオウガ君に銃口を向けたまま動かない。
 でも、右腕はだいぶ疲れてそうに見える。
 オウガ君、早く降参してよ。

「わるい。カゲ、ここは抑えてくれ……」
 オウガ君が手を上げて、カゲスゲ君に言うと、エドは少し目を細め、さらに油断なく二人を交互に睨む。

「エド、向こうにいるのはお前の舎弟か?」
 オウガ君に言われて、エドが俺を見る。
 なるほどと思って、俺はエドの代わりに後ろを確かめた。
「あ……」
 ヤマナシ君達がいる。コノエ君もホベタンもアサキ兄弟も。大人しいグループの面々が(ヤマナシ君を除く)。

 俺が代わりにオウガ君に言った。
「舎弟じゃないけど、仲間だよ」

 オウガ君は、不満なのか、悔しいのか、そんな難しい顔をしてエドに尋ねた。
「もう、あいつらには手出ししない。それでいいんだな?」

 だけどエドは撃鉄を引き起こし、オウガ君の目が丸くなった。

「他人の物を奪うな。エザキのパンから、コノエの1セントでもだ」
 そう言うと、エドはいきなりベンチを撃った。オウガ君からほんの1インチ程度のところだ。

 心の中でエドにブチ切れた。
 もう、ふざけんなよ! 耳聞こえなくなっちゃうよ!
 力が入り過ぎて、首の筋を違えた。

 だけど決定打にはなったらしい。

 子分達はパニックを起こして、ひいひい言い出し、カゲスゲ君も後ずさり、オウガ君は当たってもいないのに、「痛いっ!」と声を上げた。

「早くしろよ。誰か来るぞ」
 エドが言うと、オウガ君は小刻みに頷き始めた。
「わかった。わかった。もう奪いません。俺が悪かった。だ、だから、撃たないでくれ! もう撃たないでくれ!」


 銃声だけでも十分な暴力として、成立してるんだなと思った。
 もしかすると、動物でもこうなるのかな。

 エドは銃を下ろすと、言った。

「じゃあ俺も水に流すよ。明日からは、普通にやっていこうぜ。それと、舎弟を早く病院に連れてってやれ」

 エドって、どうしてこうも落ち着いていられるんだろう?
 俺は銃撃をかわして生き延びた経験があるし、自分が人と違うこともよく分かってるけど、このエドの落ち着きはまた違う経験からきてるような気がする。

 でも俺の思考はすぐに遮られた。
 オウガ君とカゲスゲ君が俺達を睨みつけてから、立ち去り始めるとヤマナシ君が飛んできて、はち切れそうなヒソヒソ声で雄たけびを上げた。

「いやったぁ! やっぱ、スーパーヒーローコンビっすね!」

 撃たれた子分二人をおんぶして逃げていく『オウガ軍団』を見てから、もう一度ヤマナシ君を振り返ると、まだ目をキラキラさせている。

 君もよく平常心でいられるね。ヤマナシ君。