コンテストの熱気冷めやるぬ会場を後にすると、外の空気は驚くほど澄み切っていた。
「わあ……! すごい、本当に積もってる……!」
会場を一歩出た途端、私の視界に広がったのは、真っ白な雪化粧を纏った聖夜の街並みだった。
大通りの街路樹に飾られたゴールドとブルーのイルミネーションが、降りしきる粉雪に乱反射して、まるで星空の中を歩いているみたいな幻想的な景色を作り出している。
手に持った金色の優勝トロフィーが、街灯の光を受けて重たく、誇らしげに輝いていた。
「転ぶなよ、冴島。足元が滑りやすくなっている」
隣を歩く桐谷が、私の歩幅に合わせて少しだけペースを落としてくれる。
マフラーに顔を半分埋めた彼の横顔は、いつもの冷静な表情に戻っていたけれど、その耳たぶがほんのり赤くなっているのは、きっと寒さだけのせいじゃないはずだ。
(さっき、私……思わず桐谷に飛び込んじゃったんだよね……!)
思い出すだけで、頬がカッと熱くなる。
抱きしめられた時の強い腕の感触と、彼の胸のトクトクという温かい鼓動が、今も体に残っているみたいだ。
「ねえ、桐谷」
「なんだ?」
「今日のケーキ……本当に凄かったね。私、桐谷とペアを組めて……ううん、桐谷がパートナーで、本当に良かった」
私が素直な気持ちを口にすると、桐谷は足を止め、輝く大きなクリスマスツリーの前でこちらを振り返った。
ツリーの光が、桐谷の澄んだ瞳に綺麗に映り込んでいる。
「……俺もだ。お前の突拍子もないひらめきと、お菓子への絶対的な情熱がなければ、あの『ジオデシック・ハート・ドーム』は完成しなかった。俺の計算だけじゃ、たどり着けない領域だった」
桐谷はそう言ってふっと柔らかく微笑むと、コートのポケットから小さな銀色の小箱を取り出した。
シックな紺色のリボンが掛けられた、手のひらサイズの綺麗な箱だ。
「これを受け取れ、冴島」
「え……? これって……」
「クリスマスプレゼントだ。……本当はコンテストの前に渡すつもりだったんだが、タイミングを逃した」
「私に……!? でも、私、桐谷にプレゼントなんて準備してなくて……」
「いいから受け取れ。お前にしか意味のないものだ」
照れくさそうに差し出された小箱を、私は両手でそっと受け取った。
リボンをほどいて箱のフタを開けると――そこに入っていたのは、繊細なガラス細工のような、息を呑むほど美しい『雪の結晶モチーフのペンダント』だった。
よく見ると、正六角形の結晶の真ん中に、小さなハート型のピンクサファイアが埋め込まれている。
「わぁ……! すごく綺麗……!」
「その結晶の角度は、水分子が引き起こす完璧な60度だ。そして中央のハートは……今日、俺たちが作ったジオデシック・ドームと同じ多面体カットを施してある。……特注で作らせた」
「特注!? 桐谷、こんな素敵なものを……」
あまりの美しさに胸がキュンと締め付けられる。
桐谷は少し気まずそうに咳払いをすると、私から目をそらすようにイルミネーションを見上げた。
「お前は以前……『人の心や恋の甘さは、どんな完璧な数式でも解けないナゾなんだよ』と言っていたな」
「え……? うん、言ったかも……」
それは、放課後の図書室で彼と事件の暗号を解いていた時に、私が何気なく口にした言葉だった。
数学的思考でなんでも割り切ろうとする桐谷に、感情の複雑さを伝えたくて言った一言。
「俺はずっと、世界に存在するすべての現象は論理と数値で証明可能だと思っていた。……だが、お前と出会ってから、計算通りにいかない異常数値(イレギュラー)ばかりが起きる」
桐谷が一歩、私との距離を詰めてきた。
彼の影が私の影と重なり、雪の降る音が遠のいていくような錯覚を覚える。
「お前がピンチになると、俺の心拍数はロジックを無視して跳ね上がる。お前が嬉しそうに笑うと、思考回路の処理能力が極端に低下する。……どんな物理法則にも、数学の公式にも当てはまらない、解けない数式だ」
「桐谷……」
「だから……俺は証明を諦めた」
桐谷の手がそっと伸びてきて、私の凍えた手を温かく包み込んだ。
長くて綺麗な指が、私の指と優しく絡み合う。
「解けないなら、解けないままでいい。……冴島詩織という不確定要素(変数)を、俺の人生の計算式の中に、ずっと組み込み続けたい。……それが、俺が出した『本当の答え』だ」
「っ……!」
ドクン! と心臓が大きく跳ね上がった。
『解けないなら、解けないままでいい』――それは、冷静で完璧主義な桐谷翔が、初めて論理を捨てて私の“感情”を受け入れてくれた瞬間だった。
そして、それは紛れもない、彼なりの不器用で、誰よりも誠実な『告白』だった。
雪がしんしんと降り積もる中、私の視界が嬉しさで少しうるんでいく。
「ずるいよ、桐谷……。そんな格好いい答えの出し方、反則じゃない……」
「反則じゃない。完璧な誘導尋問と、論理的帰結だ」
「もう、そういう理屈っぽいところが桐谷らしいけど……!」
私はギュッと桐谷の手を握り返した。
繋いだ手から伝わってくる温もりが、身体の芯まで優しく溶かしていく。
「私もね、桐谷。桐谷と一緒に解くナゾも、桐谷と一緒に作るお菓子も……全部、世界で一番大好きなの。だから……これからもずっと、私の隣で難解な数式を解き続けてね!」
「ああ。……約束だ、冴島」
桐谷は心底愛おしそうな目を向けると、私をそっと引き寄せて、雪の舞う聖夜の下で優しく抱きしめてくれた。
ペンダントのピンクサファイアが、イルミネーションの光を浴びて、ふたりの胸元でキラキラと甘く輝いている。
甘くて、ちょっぴりほろ苦い、お菓子の暗号。
解けないハートの数式は――きっとこれからも、二人で新しいページをめくるたびに、もっと素敵に、もっと甘く更新されていくんだ。
世界で一番特別なライバルで、パートナーの彼と一緒に。
「わあ……! すごい、本当に積もってる……!」
会場を一歩出た途端、私の視界に広がったのは、真っ白な雪化粧を纏った聖夜の街並みだった。
大通りの街路樹に飾られたゴールドとブルーのイルミネーションが、降りしきる粉雪に乱反射して、まるで星空の中を歩いているみたいな幻想的な景色を作り出している。
手に持った金色の優勝トロフィーが、街灯の光を受けて重たく、誇らしげに輝いていた。
「転ぶなよ、冴島。足元が滑りやすくなっている」
隣を歩く桐谷が、私の歩幅に合わせて少しだけペースを落としてくれる。
マフラーに顔を半分埋めた彼の横顔は、いつもの冷静な表情に戻っていたけれど、その耳たぶがほんのり赤くなっているのは、きっと寒さだけのせいじゃないはずだ。
(さっき、私……思わず桐谷に飛び込んじゃったんだよね……!)
思い出すだけで、頬がカッと熱くなる。
抱きしめられた時の強い腕の感触と、彼の胸のトクトクという温かい鼓動が、今も体に残っているみたいだ。
「ねえ、桐谷」
「なんだ?」
「今日のケーキ……本当に凄かったね。私、桐谷とペアを組めて……ううん、桐谷がパートナーで、本当に良かった」
私が素直な気持ちを口にすると、桐谷は足を止め、輝く大きなクリスマスツリーの前でこちらを振り返った。
ツリーの光が、桐谷の澄んだ瞳に綺麗に映り込んでいる。
「……俺もだ。お前の突拍子もないひらめきと、お菓子への絶対的な情熱がなければ、あの『ジオデシック・ハート・ドーム』は完成しなかった。俺の計算だけじゃ、たどり着けない領域だった」
桐谷はそう言ってふっと柔らかく微笑むと、コートのポケットから小さな銀色の小箱を取り出した。
シックな紺色のリボンが掛けられた、手のひらサイズの綺麗な箱だ。
「これを受け取れ、冴島」
「え……? これって……」
「クリスマスプレゼントだ。……本当はコンテストの前に渡すつもりだったんだが、タイミングを逃した」
「私に……!? でも、私、桐谷にプレゼントなんて準備してなくて……」
「いいから受け取れ。お前にしか意味のないものだ」
照れくさそうに差し出された小箱を、私は両手でそっと受け取った。
リボンをほどいて箱のフタを開けると――そこに入っていたのは、繊細なガラス細工のような、息を呑むほど美しい『雪の結晶モチーフのペンダント』だった。
よく見ると、正六角形の結晶の真ん中に、小さなハート型のピンクサファイアが埋め込まれている。
「わぁ……! すごく綺麗……!」
「その結晶の角度は、水分子が引き起こす完璧な60度だ。そして中央のハートは……今日、俺たちが作ったジオデシック・ドームと同じ多面体カットを施してある。……特注で作らせた」
「特注!? 桐谷、こんな素敵なものを……」
あまりの美しさに胸がキュンと締め付けられる。
桐谷は少し気まずそうに咳払いをすると、私から目をそらすようにイルミネーションを見上げた。
「お前は以前……『人の心や恋の甘さは、どんな完璧な数式でも解けないナゾなんだよ』と言っていたな」
「え……? うん、言ったかも……」
それは、放課後の図書室で彼と事件の暗号を解いていた時に、私が何気なく口にした言葉だった。
数学的思考でなんでも割り切ろうとする桐谷に、感情の複雑さを伝えたくて言った一言。
「俺はずっと、世界に存在するすべての現象は論理と数値で証明可能だと思っていた。……だが、お前と出会ってから、計算通りにいかない異常数値(イレギュラー)ばかりが起きる」
桐谷が一歩、私との距離を詰めてきた。
彼の影が私の影と重なり、雪の降る音が遠のいていくような錯覚を覚える。
「お前がピンチになると、俺の心拍数はロジックを無視して跳ね上がる。お前が嬉しそうに笑うと、思考回路の処理能力が極端に低下する。……どんな物理法則にも、数学の公式にも当てはまらない、解けない数式だ」
「桐谷……」
「だから……俺は証明を諦めた」
桐谷の手がそっと伸びてきて、私の凍えた手を温かく包み込んだ。
長くて綺麗な指が、私の指と優しく絡み合う。
「解けないなら、解けないままでいい。……冴島詩織という不確定要素(変数)を、俺の人生の計算式の中に、ずっと組み込み続けたい。……それが、俺が出した『本当の答え』だ」
「っ……!」
ドクン! と心臓が大きく跳ね上がった。
『解けないなら、解けないままでいい』――それは、冷静で完璧主義な桐谷翔が、初めて論理を捨てて私の“感情”を受け入れてくれた瞬間だった。
そして、それは紛れもない、彼なりの不器用で、誰よりも誠実な『告白』だった。
雪がしんしんと降り積もる中、私の視界が嬉しさで少しうるんでいく。
「ずるいよ、桐谷……。そんな格好いい答えの出し方、反則じゃない……」
「反則じゃない。完璧な誘導尋問と、論理的帰結だ」
「もう、そういう理屈っぽいところが桐谷らしいけど……!」
私はギュッと桐谷の手を握り返した。
繋いだ手から伝わってくる温もりが、身体の芯まで優しく溶かしていく。
「私もね、桐谷。桐谷と一緒に解くナゾも、桐谷と一緒に作るお菓子も……全部、世界で一番大好きなの。だから……これからもずっと、私の隣で難解な数式を解き続けてね!」
「ああ。……約束だ、冴島」
桐谷は心底愛おしそうな目を向けると、私をそっと引き寄せて、雪の舞う聖夜の下で優しく抱きしめてくれた。
ペンダントのピンクサファイアが、イルミネーションの光を浴びて、ふたりの胸元でキラキラと甘く輝いている。
甘くて、ちょっぴりほろ苦い、お菓子の暗号。
解けないハートの数式は――きっとこれからも、二人で新しいページをめくるたびに、もっと素敵に、もっと甘く更新されていくんだ。
世界で一番特別なライバルで、パートナーの彼と一緒に。


