秘密の放課後♡ナゾトキ・ライバルとお菓子の暗号

ハロウィンの仮面舞踏会からふた月が過ぎ、季節はすっかり冬の装いに包まれていた。
十二月中旬の街並みはどこもかしこもクリスマスツリーやイルミネーションで華やかに彩られ、学校の生徒たちも浮き足立つ時期。

そして私――冴島詩織にとっても、一年で一番テンションが上がるイベントが目前に迫っていた。

「詩織! 今年のクリスマス・イブ、学年合同のクリスマスパーティを開催することになったんだって!」

昼休みの教室で、ミカが興奮気味に私の肩を揺すってきた。

「学年合同パーティ!? すごいじゃない! どこでやるの?」

「それがね、駅前に新しくオープンしたパティスリー&カフェ『ラ・ネージュ』の貸し切りホール! しかもメインイベントとして『世界でひとつだけのクリスマスケーキコンテスト』が開催されるのよ!」

「『ラ・ネージュ』……!? あの、パリの三つ星レストランでシェフ・パティシエを務めていた噂の日本人シェフのお店!?」

私の‘お菓子アンテナ’が激しく反応した。
オープン以来、連日長蛇の列で整理券すら入手困難と言われる超有名店だ。

「そう! 優勝したペアには、シェフ特製の『幻のホワイトクリスマス・ドームショコラ』が贈られて、さらにそのケーキのレシピがお店の冬限定メニューとして採用されるんだって!」

「自分のレシピがお店のメニューに……!? 絶対に参加したい!!」

私が身を乗り出すと、ミカがニヤニヤしながら私の顔を覗き込んできた。

「やっぱりね~! で、もちろんペアは……例の彼で決まりでしょ?」

「例の彼って……あいつしかいないじゃない!」

私は思わず窓際の席へ視線を向けた。
そこでは、いつも通り静かに赤本を開いて難解な数学の過去問を解いている桐谷翔の姿があった。

ハロウィンの夜、舞踏会で交わした‘テンパリング’のような固い約束。
あの夜以来、私と桐谷の距離はさらに縮まり、放課後は当たり前のように二人で図書室で勉強し、帰りに甘いものをシェアする関係になっていた。
だけど……「付き合っている」という明確な言葉は、まだお互いに口にしていない。

(クリスマス・イブに……桐谷とふたりでケーキ作り……!?)

想像しただけで顔が熱くなり、胸の奥がキュンと甘く疼く。

私が意を決して桐谷の席へ歩み寄ると、彼はページをめくる手を止めずに、ボソッと呟いた。

「なんだ、冴島。また『ラ・ネージュ』のコンテストの話か?」

「なっ……なんで分かってるのよ!?」

「お前がミカと話している時の目の輝きを見れば分かる。どうせ『ドームショコラが食べたい』とか『自分のレシピを店に置きたい』とか考えてたんだろ」

桐谷は参考書をパタンと閉じると、私を真っ直ぐに見上げてフッと口元を緩めた。

「エントリーはもう済ませてある」

「ええっ!? 仕事が早すぎるでしょ!?」

「当たり前だ。お前が他の奴とペアを組んでケーキを作るなんて、考えただけでも腹が立つからな」

サラリと言い放つ桐谷の言葉に、私は息を呑んだ。
ハロウィンの時よりも、さらにストレートで隠そうともしない彼の独占欲。

「~っっっ!! 相変わらず生意気なんだから! いいわよ、今回も私のお菓子雑学と、アンタの正確な計量で絶対に優勝するんだからね!」

「ああ。最高のクリスマスプレゼントにしてやるよ」

桐谷が仮面のない素顔で、私だけに向けた甘く優しい微笑みを浮かべた。その破壊力に、私は胸を打ち抜かれてタジタジになるのだった。

そして迎えた、十二月二十四日――クリスマス・イブの夜。【 18 : 00 】。

外は静かに白い雪が降り始め、街全体がロマンチックな銀世界へと変わりつつあった。
イルミネーションが眩しく輝く『ラ・ネージュ』の店内には、クリスマス衣装に身を包んだ生徒たちが大勢集まり、熱気に満ちあふれていた。

「皆様、メリークリスマス! これより『クリスマスケーキ・コンテスト』を開始します!」

司会者の声とともに、会場の中央にある特設キッチンステージの照明が点灯した。
審査員席に座るのは、白く高いコック帽を被った鋭い眼光の男性――『ラ・ネージュ』のオーナーシェフ、氷室(ひむろ)シェフだった。

「今回のテーマは『聖夜の奇跡と、科学の美しさ』。制限時間は45分。提示された特定の課題素材を正しく扱い、最も美しく美味しいケーキを作り上げたペアに優勝を授与する!」

参加ペアが一斉にキッチン台につく。
私と桐谷も、お揃いの赤いエプロンを身に着けて調理台の前に立った。

「桐谷、赤いエプロン……すごく似合ってるわよ」

「……お前こそ、サンタの帽子なんて被って浮かれすぎだ」

照れ隠しに視線をそらす桐谷だったが、その耳はほんのり赤くなっていた。

「さあ、課題素材を発表する!」

氷室シェフが銀のカバーを持ち上げると、そこに現れたのは――真っ白な『フレッシュ生クリーム』と、漆黒の『カカオ100%の無糖チョコ』、そして『真っ赤なイチゴ』だった。

『第一の試練:砂糖を一切使わずに、甘く極上の「雪のホイップクリーム」を作り出せ。
ただし、人工甘味料の使用は禁止とする。自然の科学的アプローチのみで、生クリームを最高度の甘みへと変化させよ』

「砂糖を使わずに生クリームを甘くする……!? そんなの無理だよ!」

「人工甘味料もダメなんて、どうやって甘みをつけるんだよ!?」

周囲のペアたちから悲鳴と困惑の声が一斉に上がった。

桐谷が眉をひそめてボウルを見つめる。

「砂糖なしで甘みを引き出す……。果物の果汁を混ぜるか? だが、水分の多い果汁を混ぜれば生クリームが分離してしまうぞ」

「ううん、果汁も使わないわ!」

私は胸を強く叩いて、ニッと自信満々に微笑んだ。

「お菓子の科学において、砂糖を使わずに生クリームを極上の甘さにする‘魔法の酵素’があるの!」

「魔法の酵素……?」

「そう! それは『米麹(こめこうじ)由来の甘酒』、あるいは『澱粉(デンプン)を分解するα-アミラーゼ』の作用を利用する方法よ!」

私はキッチン台に用意されていた素材の中から、小さな瓶に入った『米麹の濃縮甘味液』を取り出した。

「生クリームに米麹の甘味料を加えると、米麹に含まれる酵素が乳糖や水分と反応し、すっきりとした上品な天然の甘みを引き出すの! さらに、ここにほんの数滴の『塩』を加えることが最大のポイント!」

「塩……? 甘くしたいのに塩を入れるのか?」

桐谷が素早く分析する。

「対比効果か! 人間の舌の味覚受容器は、少量の塩分(ナトリウムイオン)を感じると、その後に与えられた甘味を数倍強く認識する性質がある!」

「大正解、桐谷! これが『スイカに塩』と同じ、味覚の対比現象(対比効果)よ!」

「なるほど……! 砂糖の重たい甘さではなく、生クリーム本来のコクと上品な甘みを最大化する極上の科学的アプローチだな!」

桐谷は素早く氷水を入れたボウルを用意し、生クリームに米麹液と微量の塩を投入すると、正確無比なスピードで泡立て器を回し始めた。

カチカチカチカチ……!

彼の無駄のない完璧な腕の動きによって、生クリームはあっという間に、まるで降り積もる新雪のように美しく、滑らかな「八分立てのホイップ」へと変わっていく。

「できたわ! 砂糖不使用の『奇跡の雪ホイップ』よ!」

審査員の氷室シェフが近づいてきて、スプーンで私たちのホイップクリームを一口味わった。
シェフの鋭い目が、カッと見開かれる。

「……素晴らしい。砂糖の雑味がないため、生クリームの乳脂肪の豊かな香りと、麹の柔らかな甘みが口いっぱいに広がる。少量の塩が甘みを引き締め、後味が驚くほど爽やかだ。……合格だ!」

「やったぁぁぁっ!」

私たちは顔を見合わせてハイタッチを交わした。

しかし、安堵したのも束の間。氷室シェフが冷酷な声で次なる課題を告げた。

「だが、本当の試練はここからだ。第二の課題――『解けないハートの数式』。目の前にあるカカオ100%の無糖チョコを使い、温かい部屋でも絶対に形が崩れない‘立体のハート型ドーム’を完成させよ。ただし、ゼラチンなどの凝固剤の使用は禁止する」

「凝固剤なしで、温かい室内でも崩れないチョコドーム……!?」

周りのペアたちが次々と脱落していく中、桐谷が私を見つめた。

「冴島、チョコの物性と立体構造……解けるか?」

「ふふ……! 桐谷、私たちがハロウィンの夜に何を完成させたか、忘れたわけじゃないでしょ?」

私は桐谷の手を握り締め、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。

「製菓科学と、あなたの正確な数式計算があれば……どんなに温かい部屋でも解けない、最高のハートを創り出せるわ!」

雪降るクリスマスの夜。
私たちの甘くて甘い「最後のナゾトキ」が、最高のクライマックスへ向かって加速していく――!