秘密の放課後♡ナゾトキ・ライバルとお菓子の暗号

期末テストに向けたライバル関係が再び熱を帯び始めた十月下旬。
学校中が、一年で最も華やかで少し浮き立った空気に包まれていた。

「ねえ詩織、聞いた……? 今年のハロウィン、生徒会主催で‘放課後の仮面舞踏会’が開催されるんだって!」

昼休みの教室で、親友のミカが目を輝かせながらスマホの画面を見せてきた。
画面には、ハロウィンらしいカボチャやコウモリのイラストとともに、『仮装&仮面コンテスト・お菓子を賭けた謎解きラリー開催!』とデカデカと書かれた生徒会からのデジタルポスターが表示されていた。

「仮面舞踏会……? うちの学校って、そんなロマンチックなイベントやるんだっけ?」

私が購買で買った焼きそばパンを頬張りながら首を傾げると、ミカは呆れたように肩をすくめた。

「ちょっと詩織、遅れてるー! 神楽坂先輩の件があったでしょ? あの後、生徒会と山田先生が‘生徒の自主性と創造性を伸ばすイベント’として企画し直したのよ。しかも今回は、優勝したペアには『伝説のパティシエが作る特製ハロウィン・ショコラ缶』が贈られるんだって!」

「で、伝承のショコラ缶……!? あの、予約3年待ちって言われてる表参道のラグジュアリーショップの!?」

‘ショコラ’という単語を聞いた瞬間、私の目がキラーンと光った。
お菓子雑学オタクの私にとって、あのショコラ缶は生きているうちに一度は味わいたい夢の逸品だ。

「そう! でもね、参加条件があるの。男女ペアでエントリーして、お互いに正体を隠すために‘仮面’を着用して参加すること。そして、校内に隠された『お菓子の暗号』を解き明かしたペアだけが、最後の舞踏会会場へ進めるのよ!」

(ペアでエントリー……仮面を着用……)

頭の中で条件を反芻した瞬間、視線の先にひとりの人物が飛び込んできた。
窓際の席で、優雅に英字新聞……ではなく、難解な数学の参考書をめくっている男――桐谷翔だ。

(桐谷と……ペアで……仮面舞踏会……!?)

想像しただけで、顔が耳まで真っ赤になる。
先日のフェス以来、私と桐谷の間には、なんとも言えない甘くて甘酸っぱい雰囲気が漂っていた。
名前で呼ばれたり、イチゴタルトを‘あーん’されたりした記憶が蘇り、胸の奥がキュンと甘く疼く。

「な、なんで私を見るのよミカ! 私が桐谷と組むわけないじゃない!」

「えー? 私、一言も桐谷くんの名前なんて出してないけど?」

ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるミカ。

「ふ、ふん! あいつなんて、どうせ‘そんな下らないイベントに付き合えるか’とか言って、勉強部屋に引きこもるに決まってるわよ!」

私が強がりを言った、その時だった。

「誰が下らないイベントだって?」

背後から、低くて聞き覚えのある声が降ってきた。

「ひゃいっ!?」

振り返ると、いつの間にか桐谷が私の席の真後ろに立っていた。
長い脚を組み、腕を交差させながら、見下ろすように私を睨みつけている。

「き、桐谷……! いつからそこに……!?」

「‘下らないイベントに付き合えるか’あたりからだ。冴島、お前は相変わらず失礼だな。俺がショコラ缶の価値を知らないとでも思ってるのか?」

「え……? 桐谷、あのショコラ缶のこと知ってるの?」

「当たり前だ。あのショコラ缶に使われているカカオ豆は、クリオロ種の中でも年に数十キロしか収穫できない‘ヴェネズエラ産の幻のカカオ’だ。カカオポリフェノールの含有率と、融点のコントロールが神業レベルで、脳の活性化にも最高の栄養素が含まれている」

(出た……! 桐谷の無駄にハイレベルな栄養学&製菓スペック解説……!)

桐谷はフッと不敵な笑みを浮かべると、ポケットから一枚の紙切れを取り出し、私の机の上にスッと滑らせた。

「これは……仮面舞踏会のエントリーシート!?」

「そうだ。すでに俺の名前は書いてある。あとはお前のサインだけだ」

「な……っ!? ちょっと待ちなさいよ! なんで私がアンタとペアを組む前提になってるのよ!?」

私が立ち上がって抗議すると、桐谷は顔を少し近づけ、二人だけにしか聞こえない低い声で囁いた。

「お前以外の誰と組めって言うんだ? 『お菓子の暗号』が出題されるんだぞ。お前の無駄にマニアックな知識と、俺の論理的思考力が揃わなきゃ、優勝なんて狙えないだろ」

「~っっっ!!」

至近距離で見つめられ、その整った顔と力強い瞳に射抜かれて、私の思考回路は一瞬でフリーズした。

(ずるい……! いつもそうやって、サラッと‘お前が必要だ’みたいな言い方するんだから……!)

「それに……」

桐谷は少し照れくさそうに視線を泳がせながら、ボソッと呟いた。

「他の奴とお前がペアを組んで、仮面舞踏会で踊るなんて……胸くそ悪いだろ」

「っっっっ!??!?」

その言葉は、もはや告白と同義じゃないのーーーっ!?

私の頭の中で、歓喜とパニックのファンファーレが大爆音で鳴り響いた。
顔が爆発しそうになりながらも、私は必死で口元を引き締め、震える手でペンを握りしめた。

「ふ、ふん! そこまで言うなら組んであげてもいいわよ! ただし、ショコラ缶は山分けだからね!」

「交渉成立だな」

桐谷は満足そうに口元を歪めると、エントリーシートを回収して教室を去っていった。
残された私は、ミカからの「ひゅ~ひゅ~♡」という冷やかしの視線を全身に浴びながら、机に突っ伏してバタバタと足をのたうち回らせるしかなかった。

そして、ハロウィンの夜――【 17 : 30 】。

放課後の校舎は、普段の厳かな雰囲気から一変していた。
廊下にはオレンジと紫のモールが飾られ、カボチャのランタン(ジャック・オー・ランタン)のほのかな明かりが通路を怪しく照らしている。

私は、旧校舎の女子更衣室で衣装に着替えていた。

今回のルールでは、参加者は仮装と仮面の着用が義務付けられている。
私は、黒と赤のレースがあしらわれた‘小悪魔風ゴシックドレス’に、目元を隠す繊細なバタフライモチーフの黒いレース仮面(ヴェネチアンマスク)を装着していた。

「うう……ちょっと背中がスースーして落ち着かないかも……」

慣れないドレスの裾を気にしながら、集合場所である特別校舎のホールへと向かう。

ホールには、すでにたくさんの仮装した生徒たちが集まっていた。
吸血鬼、魔女、海賊、狼男……誰もが豪華な仮面をつけ、お互いの正体を探り合いながらソワソワと談笑している。

(桐谷はどこだろう……? 仮面をつけてるから、全然見分けがつかないよ……)

私が人混みの中で途方に暮れていると、後ろからすっと影が差した。

「遅いぞ、冴島」

「え……!?」

振り返った瞬間、私は息を呑んだ。

そこに立っていたのは――黒のタキシードに身を包み、漆黒の漆塗りのようなミステリアスな仮面をつけた、背の高い一人の男。
仮面の隙間から覗く鋭い切れ上がった瞳と、美しく整った唇。そして、仕立ての良いタキシードが描く、引き締まった男らしいシルエット。

「き……桐谷……!?」

「声が大きい。正体を隠すのがルールだろ」

桐谷……ううん、仮面の男は、私の手首をそっと掴むと、周囲の視線から隠すように壁際へと引き寄せた。

仮面越しに見つめられると、いつも以上のミステリアスな色気が漂っていて、心臓が跳ね上がる。

「そのドレス……すごく似合ってる」

桐谷が私の耳元で、低く掠れた声で囁いた。

「えっ……あ、ありがとう……。桐谷も、すごくかっこいい……タキシードなんて、どこで用意したの?」

「家から持ってきた。……それより、お前、他の男子に見られすぎだ」

桐谷は不機嫌そうに眉をひそめると、私の肩を抱くようにして引き寄せた。

「え……?」

「いいから離れるな。……今日のお前は、いつも以上にスキだらけだ」

仮面越しに重なり合う、熱い視線と体温。
ハロウィンの怪しい灯りの中で、私たちの「放課後ナゾトキ」第二弾が、甘く危険に開幕しようとしていた。

その時――パンッ! というクラッカーの音がホール全体に響き渡った!

「皆さま、ようこそ『ハロウィン・仮面舞踏会』へ!」

中央のステージに現れたのは、コウモリの翼を生やした吸血鬼の仮装をした、生徒会長だった。

「今宵、君たちに挑んでもらうのは、この校舎全体を使った『密室ハロウィン・コード』だ! 試練を乗り越え、最初にお菓子の真実に辿り着いた一組のペアだけが、地下の特設会場で行われる舞踏会への扉を開き、極上のショコラを手に入れることができる!」

生徒会長が手を挙げると、ホール内の照明が一斉に消え、真っ暗闇になった!

「きゃああっ!?」

生徒たちから悲鳴が上がる。
暗闇の中、私の手をとっさに力強く握りしめてくれたのは、桐谷だった。

「冴島、俺から離れるな!」
「うん……!」

再びパッと紫色のブラックライトが点灯すると、壁一面に蛍光塗料で巨大な文字が浮かび上がっていた。

『第一の試練:魔女の黒いカボチャと、溶けない氷のナゾ。
理科準備室へ向かえ。そこには“温めても溶けない、冷やすと燃える”謎のハロウィン・スイーツが待っている。
真実の答えを導き出し、鍵を手に入れよ』

「温めても溶けない、冷やすと燃えるスイーツ……!?」

周りのペアたちが「なんだそれ!?」「理科室へ急ごう!」とパニックになりながら走り出す。

桐谷が私を見つめた。

「冴島、解けるか?」

「ふふん……! 魔女の仕掛けなんて、私の製菓科学雑学の前には形無しよ!」

私は仮面の中でニッと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「行きましょう桐谷! 第一の試練、爆速でクリアしてみせるわ!」

手をつないだまま、私たちは紫色の光に包まれた廊下へと駆け出した!