秘密の放課後♡ナゾトキ・ライバルとお菓子の暗号

(今度こそ、あのナマイキな顔をギャフンと言わせてやるんだから……!)

放課後の廊下に張り出された「中間テスト学年順位表」の前で、私――冴島詩織(さえじましおり)は、爪が食い込むほどぎゅっと拳を握りしめていた。

1位:桐谷 翔(きりたに しょう) 500点満点

2位:冴島 詩織(さえじま しおり) 498点

(たったの2点差!? うソでしょ、あと一歩だったのに……!)

「ふーん。相変わらず惜しいところで届かないな、冴島」

頭の上から、どこか楽しそうな、少し低めの声が降ってきた。
振り返ると、そこには整った顔立ちに涼しげな目を細めた、学年一の秀才・桐谷翔が立っていた。

「くっ……! たまには1位を譲ったらどうなの、桐谷! 毎回毎回、1点とか2点差で勝つなんて、性格悪すぎ!」

「譲るわけないだろ。勝負はいつも真剣。それに、悔しかったら俺を超えてみせろよ」

くつろいだ様子で腕を組み、ニヤリと不敵に笑う桐谷。
整った容容姿のせいで女子からは「クーデレ王子」なんて呼ばれて大人気だけれど、私にとってはただの腹立たしいライバルだ。

「言ったわね! 期末テストでは絶対に私が学年トップになって、イチゴタルトおごらせてやるんだから!」

「はいはい、楽しみに待ってるよ」

バチバチとふたりの間に目に見えない火花が散った、その時だった。

「冴島さん! 桐谷くん! ちょっといいかしら!?」

廊下の奥から、あわてた様子で走ってきたのは、生徒会顧問の山田先生だった。息を切らした先生は、周囲を気にするように声をひそめて私たちに言った。

「ふたりとも、ちょっと誰もいない特別家庭科室に来てちょうだい。……実は、大変なことが起きたの」

案内されたのは、甘い香りがほのかに漂う「特別家庭科室」の前だった。
鍵のかかったドアの前で、山田先生は青ざめた顔で手帳を握りしめている。

「実はね……来週の創立記念フェスで披露するはずだった、我が校の伝統スイーツレシピが書かれた『秘伝のゴールド・レシピブック』と『特製キャンディボックス』が、この部屋から消えてしまったの!」

「えっ!?」

私と桐谷の声が重なった。

レシピブックとキャンディボックスは、学校のフェスで限定販売される大人気スイーツの鍵となる大切な宝物だ。
山田先生の話によると、事件の概要はこうだった。

1.今日の昼休み、先生が点検のために家庭科室を開けようとしたら、すでに中から消えていた。

2.部屋の鍵は職員室に1つしかなく、持ち出された形跡はない。窓もすべて内側から鍵がかかっていた『完全密室』。

3.そして、レシピが置かれていた調理台の上に、甘い匂いのする不思議なメッセージカードが残されていた。

「警察を呼ぶわけにもいかないし、大ごとになればフェスの限定スイーツ販売が中止になってしまうわ。学年一頭が回るふたりに、どうか助けてほしいの……!」

頼み込む先生の言葉に、私と桐谷は顔を見合わせた。

「任せてください、先生! 私が絶対にレシピを見つけ出してみせます!」

「……まあ、冴島だけに任せたら迷宮入りしそうだしな。俺も手伝うよ」

「なんですって!? 余計なお世話よ!」

言い合いになりつつも、私たちは事件現場となった家庭科室へと足を踏み入れた。

部屋の中は、どこかイチゴと砂糖を煮詰めたような、甘酸っぱい香りが残っていた。
中央のピカピカな調理台の上に、ポツンと一枚の可愛らしいピンク色のカードが置かれていた。

「これが、犯人のメッセージ……?」

桐谷が慎重に手袋をはめてカードを持ち上げる。私も横から身を乗り出して覗き込んだ。
そこには、カラフルで不揃いな文字でこう書かれていた。

『甘い魔法はレモンのしずく。青い紅茶がピンクに変わるとき、お菓子の鍵は太陽の輝く場所へ』

「……なにこれ? まるで童話の呪文みたい」

「いや、ただのポエムじゃない。暗号だ」

桐谷が指で顎を触りながら、クールな瞳でカードを凝視する。
悔しいけれど、こういう時の桐谷の集中力と分析力は本当にかっこいい……じゃなくて、本物だ。

(でも、私だって負けてない! お菓子と雑学のことなら私のほうが詳しいんだから!)

私はメッセージカードに顔を近づけて、クンクンと鼻を鳴らした。

「……あ! 桐谷、ちょっと待って! このカード、ハーブの香りと果汁の匂いがする!」

「香りと果汁……?」

「うん! このピンク色の紙、もとは青い紅茶――『バタフライピー』で染められた紙だよ!」

私は胸を張って知識を披露した。

「バタフライピーっていう青いお茶は、酸性の液体……たとえばレモン果汁やイチゴジュースをかけると、一瞬で綺麗なピンク色に変わるの! 犯人は、青く染めた紙に酸性の果汁でお菓子の文字を書いたんだよ!」

「ほう……」

桐谷が感心したように目を細めた。

「『青い紅茶がピンクに変わる』っていうのは、呈色反応(ていしょくはんのう)を使った仕掛けのヒントだったわけか。……へえ、意外と使えるな、冴島」

桐谷がふっと口元をゆるめて、私を覗き込んしてきた。
不意に顔を近づけられたものだから、桐谷の整った鼻筋や長いまつ毛が、目と鼻の先まで迫る。

(な、なんでそんな至近距離で見つめてくるの……!? 事件のヒントより心臓の音のほうが聞こえちゃいそうじゃん!)

「な、なによ! 人の顔をジロジロ見ないでよ!」

私が慌てて後退すると、桐谷は呆れたように肩をすくめた。

「自意識過剰。お前の頬に、うっすら小麦粉がついてただけだ」

そう言うと、桐谷は自然な動作で私の頬に手を伸ばし、親指の腹で優しく撫でるように粉を払ってくれた。
カサッと触れた指先がほんのり温かくて、耳の奥まで熱くなっていく。

(いつもは生意気でムカつく奴なのに……なんでこういう時だけ、無駄に男の子っぽい顔するのよ……!)

「……コホン! と、とにかく! 暗号の前半は解けたわ。問題は『太陽の輝く場所』よ!」

私は赤くなった顔を誤魔化すように大声で言った。
その時だった。

――ガチャリ。

静まり返った家庭科室の扉から、重たい金属音が響いた。

「え……?」

「まずい、冴島!」

桐谷がとっさに私の手をつかみ、強く引っ張った。
ふたりでドアへ駆け寄るが、時すでに遅し。外から重い鍵がかけられる音がして、ドアはびくともしなくなってしまった。

「嘘でしょ……閉じ込められた!?」

「静かに。……外に誰かいる」

部屋の明かりがパチッと消え、私たちは真っ暗な家庭科室の中に取り残された。
つないだ手から伝わってくる桐谷の体温と、激しい心臓の鼓動。

暗闇の中、甘い香りに包まれたふたりの「秘密の放課後ナゾトキ」は、思わぬ胸キュンピンチからスタートすることになった――!