境内を染めていた茜色の夕道は、やがてゆっくりと深い濃紺の夜空へと溶けていった。
神社からの帰り道、わたし達はどちらからともなく手を繋ぎ、街灯がぽつぽつと灯り始めた坂道をゆっくりと下っていた。
手首に伝わる、新しく刻み始めた腕時計の静かなリズム。
チクタク、チクタク。
その一秒一秒が、わたし達の足音と重なって夜の街に溶けていく。
「ねえ、律」
「ん?」
「わたし、いま……世界で一番幸せかもしれない」
繋いだ手に少しだけ力を込めると、律はふっと優しく微笑み、わたしの手を握り返してくれた。
「バカ言え。これからもっと幸せになるんだよ。今がピークだったら困るだろ」
「ふふ、そうだね。明日は今日よりもっと幸せで、明後日はさらに幸せになるんだよね」
(102回の暗闇を抜けた先にある世界は、こんなにも優しくて、あたたかい)
わたし達は何度も立ち止まり、夜空に浮かぶ星を見上げながら、他愛もない会話を交わして歩いた。
◇
それから、季節は巡っていった。
四月。満開の桜並木をくぐり抜け、わたし達は三年生になった。
同じクラスの隣の席。窓から差し込む春の光の中で、律と目が合うたびに小さく微笑み合った。
夏休みには、あの風車公園で約束した通り、青い海へ出かけた。
波打ち際で濡れた足を寄せ合い、真っ赤に染まる水平線を二人で並んで眺めた。
秋には真っ赤に色づいた山々へ紅葉を見に行き、冬にはしんしんと降り積もる雪の中で、寒さに凍える手を律のコートのポケットの中で重ね合わせた。
そして——再び巡ってきた三月。
「桐生紬!」
「はい!」
校長先生から卒業証書を受け取り、わたしは壇上から客席を見渡した。
最前列の並びで、胸に胸章をつけた律が、誇らしげにわたしを見つめて頷いていた。
キーンコーンカーンコーン……。
高校最後のチャイムが響き渡り、三年間の思い出が詰まった校舎に別れを告げる。
校門の前で、舞い散る桜の花びらの中、わたし達は二つの卒業証書を並べて写真を撮った。
「卒業……しちゃったね」
「ああ。……長かったような、あっという間だったような気もするな」
律は制服のボタンを一つ外し、照れくさそうにわたしに差し出してきた。
「これ……やるよ」
「えっ……第二ボタン?」
「いらないなら、捨ててもいいけど」
「いらないわけないじゃない! 宝物にする!」
わたしが大事そうにボタンを胸に抱きしめると、律は愛おしそうにわたしの頬を撫でてくれた。
わたし達はそれぞれの夢に向かって、春から別々の大学へ進学する。
住む場所も、通うキャンパスも変わるけれど、不安なんてどこにもなかった。
なぜなら、わたし達の手首には、あの日からずっと一緒に時を刻み続けている「僕らの時計」があるから。
◇
卒業式の日の夕方。
わたし達は、すべての始まりであり、終わりの場所でもあった「風車公園の丘」に立っていた。
春の温かい風が、巨大な白い風車の翼をゆっくりと回している。
眼下に広がる街並みは、美しい夕日に包まれて輝いていた。
律はわたしの隣に立ち、左手の手首の時計をそっと持ち上げた。
わたしも自分の右手を重ね、ふたつの腕時計を並べる。
チクタク、チクタク。
ふたつの針は、寸分の狂いもなく、同じテンポで「今」を刻んでいる。
(時間の旅人・クオン。あなたはいま、どこかの時間で元気にしていますか?)
(わたし達はね、約束通り、ちゃんと前を向いて笑って生きているよ)
「紬」
律が静かな声でわたしを呼んだ。
「ん?」
律はわたしの身体を引き寄せ、額にそっと優しくキスをした。
夕日の光が、二人の影を長く芝生の上に伸ばしている。
「102回のやり直しを乗り越えて……お前に出会えて、本当に良かった」
「わたしも……! 律に出会えて、本当に幸せだよ」
「これから先、どんな困難があっても……俺がお前を守る。ずっと、一生な」
「うん。わたしも律を支えるよ。ずっと、ずっと一緒にいようね」
風車が回る静かな音とともに、ふたりの唇がそっと重なった。
甘くて、温かくて、少しだけ切ない、祝福のキス。
過去に置き去りにしてきた涙も、絶望も、すべての傷痕が、この温もりの中で奇跡のような思い出へと変わっていく。
もう、時計を巻き戻す必要はない。
魔法の羅針盤も、運命の悪戯も、わたし達にはもう何もいらない。
手をつなぎ、前を向いて、一歩踏み出す。
それだけで、わたし達はどこへだって行けるのだから。
手首の時計が、未来へと向かって力強く刻まれる。
一秒、また一秒。
愛しいあなたと共に紡ぐ、果てしない「明日」へ向かって——。
神社からの帰り道、わたし達はどちらからともなく手を繋ぎ、街灯がぽつぽつと灯り始めた坂道をゆっくりと下っていた。
手首に伝わる、新しく刻み始めた腕時計の静かなリズム。
チクタク、チクタク。
その一秒一秒が、わたし達の足音と重なって夜の街に溶けていく。
「ねえ、律」
「ん?」
「わたし、いま……世界で一番幸せかもしれない」
繋いだ手に少しだけ力を込めると、律はふっと優しく微笑み、わたしの手を握り返してくれた。
「バカ言え。これからもっと幸せになるんだよ。今がピークだったら困るだろ」
「ふふ、そうだね。明日は今日よりもっと幸せで、明後日はさらに幸せになるんだよね」
(102回の暗闇を抜けた先にある世界は、こんなにも優しくて、あたたかい)
わたし達は何度も立ち止まり、夜空に浮かぶ星を見上げながら、他愛もない会話を交わして歩いた。
◇
それから、季節は巡っていった。
四月。満開の桜並木をくぐり抜け、わたし達は三年生になった。
同じクラスの隣の席。窓から差し込む春の光の中で、律と目が合うたびに小さく微笑み合った。
夏休みには、あの風車公園で約束した通り、青い海へ出かけた。
波打ち際で濡れた足を寄せ合い、真っ赤に染まる水平線を二人で並んで眺めた。
秋には真っ赤に色づいた山々へ紅葉を見に行き、冬にはしんしんと降り積もる雪の中で、寒さに凍える手を律のコートのポケットの中で重ね合わせた。
そして——再び巡ってきた三月。
「桐生紬!」
「はい!」
校長先生から卒業証書を受け取り、わたしは壇上から客席を見渡した。
最前列の並びで、胸に胸章をつけた律が、誇らしげにわたしを見つめて頷いていた。
キーンコーンカーンコーン……。
高校最後のチャイムが響き渡り、三年間の思い出が詰まった校舎に別れを告げる。
校門の前で、舞い散る桜の花びらの中、わたし達は二つの卒業証書を並べて写真を撮った。
「卒業……しちゃったね」
「ああ。……長かったような、あっという間だったような気もするな」
律は制服のボタンを一つ外し、照れくさそうにわたしに差し出してきた。
「これ……やるよ」
「えっ……第二ボタン?」
「いらないなら、捨ててもいいけど」
「いらないわけないじゃない! 宝物にする!」
わたしが大事そうにボタンを胸に抱きしめると、律は愛おしそうにわたしの頬を撫でてくれた。
わたし達はそれぞれの夢に向かって、春から別々の大学へ進学する。
住む場所も、通うキャンパスも変わるけれど、不安なんてどこにもなかった。
なぜなら、わたし達の手首には、あの日からずっと一緒に時を刻み続けている「僕らの時計」があるから。
◇
卒業式の日の夕方。
わたし達は、すべての始まりであり、終わりの場所でもあった「風車公園の丘」に立っていた。
春の温かい風が、巨大な白い風車の翼をゆっくりと回している。
眼下に広がる街並みは、美しい夕日に包まれて輝いていた。
律はわたしの隣に立ち、左手の手首の時計をそっと持ち上げた。
わたしも自分の右手を重ね、ふたつの腕時計を並べる。
チクタク、チクタク。
ふたつの針は、寸分の狂いもなく、同じテンポで「今」を刻んでいる。
(時間の旅人・クオン。あなたはいま、どこかの時間で元気にしていますか?)
(わたし達はね、約束通り、ちゃんと前を向いて笑って生きているよ)
「紬」
律が静かな声でわたしを呼んだ。
「ん?」
律はわたしの身体を引き寄せ、額にそっと優しくキスをした。
夕日の光が、二人の影を長く芝生の上に伸ばしている。
「102回のやり直しを乗り越えて……お前に出会えて、本当に良かった」
「わたしも……! 律に出会えて、本当に幸せだよ」
「これから先、どんな困難があっても……俺がお前を守る。ずっと、一生な」
「うん。わたしも律を支えるよ。ずっと、ずっと一緒にいようね」
風車が回る静かな音とともに、ふたりの唇がそっと重なった。
甘くて、温かくて、少しだけ切ない、祝福のキス。
過去に置き去りにしてきた涙も、絶望も、すべての傷痕が、この温もりの中で奇跡のような思い出へと変わっていく。
もう、時計を巻き戻す必要はない。
魔法の羅針盤も、運命の悪戯も、わたし達にはもう何もいらない。
手をつなぎ、前を向いて、一歩踏み出す。
それだけで、わたし達はどこへだって行けるのだから。
手首の時計が、未来へと向かって力強く刻まれる。
一秒、また一秒。
愛しいあなたと共に紡ぐ、果てしない「明日」へ向かって——。



