『なに……この鍵は……!?』
漆黒の扉に触れた瞬間、指先から腕を通って背筋へと、電撃のような微小な振動が駆け抜けた。
ただの冷たい金属じゃない。
扉の内部で、無数の歯車やスプリング、そして精巧な真鍮製のピンが、まるで生き物のように不気味な一定の周期で鼓動を打っている。
「どうした、鈴宮。顔色が変わっているぞ」
隣に立つ神臣先輩が、懐中電灯の光を扉の盤面へ向けた。
青い光を放つ鉱石端末の表面に、見たこともない複雑な『ルーン記号風のデジタル暗号』が、パラパラと激しい速度でスクロールし始めている。
「神臣先輩……これ、ただの鍵じゃありません。二重構造……ううん、三重の連動(プロテクト)ロックです!」
「三重の連動ロック……?」
「はい! 中央の目玉のレリーフにある物理的な鍵穴……そこに『目玉の鍵』を差し込むだけじゃダメなんです。この青く光る端末の暗号パズルを解きつつ、内部のギアが正しい噛み合わせになったコンマ数秒のタイミングで鍵を回さないと……内部のシリンダーが完全に破砕して、永久に封印されます!」
『こちらS.O.S本部! 鈴宮ちゃん、神臣先輩、聞こえる!?』
インカムから、カイ先輩の切迫した声が飛んできた。
『僕の方でも地下の通信回路からその扉のシステムにアクセスしてみたんだけど、凄まじい防犯プログラムが組まれてる! 創立期のアナログなカラクリ機構と、現代の電子回路がハイブリッドで合体してるんだ! 下手に触ると――』
「下手に触ると、どうなるんだ?」
神臣先輩が冷静な声で尋ねる。
『ドーム空間の天井から、大量の鋼鉄製ギアが落下の衝撃で叩きつけられて、二人ともペチャンコに潰される! 完全に侵入者撃退用の迎撃システムだよ!』
「……なるほど。相変わらず趣味の悪い仕掛けだな」
神臣先輩は顔色ひとつ変えず、フッと冷たい吐息を漏らした。
だけど、私のアゴからは緊張で冷や汗がポタリと垂れた。
『制限時間は、端末の暗号が一周するまでの……たったの三〇〇秒! 五分間!』
青い鉱石端末の隅に、赤く光る『04:59』のカウントダウンが表示され始めた。
「五分……っ! こんなに複雑なハイブリッド・ロックを、たった五分で破れっていうの!?」
「鈴宮」
焦りで足が震えそうになった私の肩を、神臣先輩の手がギュッと強く抱き寄せた。
「ひゃいっ!?」
突然の物理的距離の接近に、変な声が出た。
神臣先輩の顔が、目と鼻の先にある。懐中電灯の逆光で、その整いすぎたシルエットと、漆黒の瞳が怪しく光っている。
ほんのり漂う柑橘系の香りと、先輩の胸の温もりがダイレクトに伝わってきて、心臓が『ドクン!』と跳ね上がった。
「落ち着け。僕がついている。……お前は自分の指先だけに集中しろ。暗号の解読とタイミングの計算は、僕がやる」
「か、神臣先輩……」
「お前は言ったはずだ。『この世に私に破れないロックなんて存在しない』とな。……その言葉、嘘じゃないんだろう?」
ドSで横暴で、私を強引に連れ回す悪魔な先輩。
だけど――その瞳には、私に対する絶対的な『信頼』が宿っていた。
『……ズルいよ、そんな顔されたら、カッコ悪くて逃げられないじゃない……!』
私は頬の熱さを振り払うように深く息を吸い込むと、ニッと強気の笑みを浮かべた。
「当然です! 私を誰だと思ってるんですか! ……カイ先輩、特注ツールの感度を限界まで上げて!」
『了解! ブースター起動!』
私は腰のポーチから『目玉の鍵』を取り出し、そっと中央の目玉のレリーフの開口部――鍵穴へと差し込んだ。
――ガチリ。
鍵が奥までハマると同時に、扉の内部から『ウー……』という重厚な機械駆動音が鳴り響いた。
両耳のイヤホンに、激しい金属ノイズとギアの回転音が流れ込んでくる。
「神臣先輩! 第一段階の物理シリンダー、行きます!」
右手にチタン製の細いピック、左手に『目玉の鍵』。
私は集中力を極限まで研ぎ澄ませた。
頭の中から、暗い地下室の風景も、カウントダウンの赤い光も消えていく。
聞こえるのは、無数のギアが噛み合う「音」と、指先を通じて伝わる「振動」だけ。
『一番目のタンブラーピン……深さ三ミリ。二番目……四ミリ! ……くっ、重い! 錆びとスプリングの反発力が強すぎる!』
鍵を一定の角度に保ちながら、ピックで内部のピンを一本ずつ押し上げていく。
指先の皮膚が破れそうなくらいの精密な力加減。コンマ一ミリでも力をかけすぎれば、ピックが折れてトラップが作動する。
「鈴宮、端末の暗号の規則性が解けたぞ」
背後から、神臣先輩の低く通る声が耳元に届く。
「この暗号は、十九世紀の暗号機『エニグマ』の変形版だ。青い数字が『七』の倍数に変わる瞬間、内部のメインギアのノッチが一箇所だけ開放される」
「七の倍数……! 次はいつですか!?」
「あと十秒後……『三五』が表示された瞬間だ!」
「了解……! それまでに、物理シリンダーのピンをすべて揃えます!」
汗が目に入りそうになるのを無視して、指先を狂気的な速度で動かす。
カチ、カチ、カチリ!
『一番目、完了! 二番目、完了! 三番目……よし!』
内部の五本のピンが、完璧に一直線に並んだ。
「神臣先輩、今です!!」
「三……二……一……今だ、回せ!!」
神臣先輩の叫びと同時に、私は『目玉の鍵』を右へ四十五度、一気に捻り上げた!
――ガチャンッ!!
重厚な手応えとともに、第一のロックが解除された!
ドーム空間の天井のギアが『ギギギ……』と音を立てて一時停止する。
「やった……! 第一段階突破……っ!」
「よくやった! だが、まだ終わっていないぞ!」
神臣先輩の言葉通り、安堵したのも束の間。
扉の青い端末が赤く激しく点滅し始めた。
『警報(アラート)! 第二段階・ファイナルプロテクト作動!』
機械的な合成音声が響き渡ると同時に、カウントダウンの数字が凄まじい速度で減り始めた。
『残り時間、あと六十秒!? うそでしょ、最終防衛ラインが作動したんだ!』
インカムのカイ先輩の声が悲鳴に変わる。
扉の表面から、四本の巨大な鉄製の『アーム』が飛び出し、私と神臣先輩の退路を塞ぐように壁へと突き刺さった。
逃げ道は完全に遮断された。
「……くそっ、ここまで来て……!」
神臣先輩が悔しそうに歯を食いしばる。
残り時間、四十五秒。
最終のロックは、扉の中央に現れた『五角形の複雑なダイアルカラクリ』。
普通のピッキングツールでは絶対に届かない、扉の深層部に隠された最後の障壁。
『届かない……!? この奥のピンには、私のツールじゃ長さが足りない……!』
私の指先が、初めて恐怖で震えた。
ツールが届かなければ、鍵は開けられない。
あと三十秒で、天井の鋼鉄ギアが落下して、私たちは二人まとめて潰されてしまう。
「鈴宮……!」
神臣先輩が私を庇うように抱きかかえ、天井を見上げた。
圧倒的な絶望。
けれど――。
『……ううん。諦めない。私に開けられない鍵なんて、あってたまるか!!』
私の頭の中で、何かが弾けた。
ツールが届かない?
長さが足りない?
なら――『新しく作ればいい』!!
「カイ先輩!! 特注ツールの予備のチタンワイヤーと、テンションバーをちょうだい!!」
『えっ!? 今から組み立てるの!? 時間がないよ!!』
「私を誰だと思ってるの!! 速攻で曲げて、即席のダブル・ピックを作る!!」
私はカイ先輩から手渡されていたツールセットのパーツを引っ張り出すと、驚異的な手つきで二本のチタンワイヤーを交差させ、指の力で強引に曲げ伸ばした。
摩擦で指の皮膚が擦りむけ、赤い血がにじむ。
けれど、痛みなんて感じない。
残り時間、十五秒。
「神臣先輩!! 私の身体を固定してください!! 一ミリもブレちゃダメなんです!!」
「……任せろ!!」
神臣先輩が後ろから私の腰と両腕を強く抱きしめ、人間ドックの固定台みたいに完璧な軸を作ってくれた。
背中に伝わる、先輩の激しい心臓の鼓動。
『いくよ……私の特製即席ピック!!』
二本に合体させたロングチタンピックを、扉の深層部へ突っ込む!
カチリ……!
奥深くに眠っていた、最後の『神のピン』に先端が触れた。
残り時間、五秒。
天井の巨大な鋼鉄ギアが、ゴゴゴゴ……と不気味な音を立てて落下し始める!
「開けぇぇぇぇぇぇっ!! ルシファーの意志を継ぐ、開かずの扉ぁぁぁっ!!」
私は全身の力を指先に込め、即席ピックを歪な角度で一気に捻り込んだ――!!
漆黒の扉に触れた瞬間、指先から腕を通って背筋へと、電撃のような微小な振動が駆け抜けた。
ただの冷たい金属じゃない。
扉の内部で、無数の歯車やスプリング、そして精巧な真鍮製のピンが、まるで生き物のように不気味な一定の周期で鼓動を打っている。
「どうした、鈴宮。顔色が変わっているぞ」
隣に立つ神臣先輩が、懐中電灯の光を扉の盤面へ向けた。
青い光を放つ鉱石端末の表面に、見たこともない複雑な『ルーン記号風のデジタル暗号』が、パラパラと激しい速度でスクロールし始めている。
「神臣先輩……これ、ただの鍵じゃありません。二重構造……ううん、三重の連動(プロテクト)ロックです!」
「三重の連動ロック……?」
「はい! 中央の目玉のレリーフにある物理的な鍵穴……そこに『目玉の鍵』を差し込むだけじゃダメなんです。この青く光る端末の暗号パズルを解きつつ、内部のギアが正しい噛み合わせになったコンマ数秒のタイミングで鍵を回さないと……内部のシリンダーが完全に破砕して、永久に封印されます!」
『こちらS.O.S本部! 鈴宮ちゃん、神臣先輩、聞こえる!?』
インカムから、カイ先輩の切迫した声が飛んできた。
『僕の方でも地下の通信回路からその扉のシステムにアクセスしてみたんだけど、凄まじい防犯プログラムが組まれてる! 創立期のアナログなカラクリ機構と、現代の電子回路がハイブリッドで合体してるんだ! 下手に触ると――』
「下手に触ると、どうなるんだ?」
神臣先輩が冷静な声で尋ねる。
『ドーム空間の天井から、大量の鋼鉄製ギアが落下の衝撃で叩きつけられて、二人ともペチャンコに潰される! 完全に侵入者撃退用の迎撃システムだよ!』
「……なるほど。相変わらず趣味の悪い仕掛けだな」
神臣先輩は顔色ひとつ変えず、フッと冷たい吐息を漏らした。
だけど、私のアゴからは緊張で冷や汗がポタリと垂れた。
『制限時間は、端末の暗号が一周するまでの……たったの三〇〇秒! 五分間!』
青い鉱石端末の隅に、赤く光る『04:59』のカウントダウンが表示され始めた。
「五分……っ! こんなに複雑なハイブリッド・ロックを、たった五分で破れっていうの!?」
「鈴宮」
焦りで足が震えそうになった私の肩を、神臣先輩の手がギュッと強く抱き寄せた。
「ひゃいっ!?」
突然の物理的距離の接近に、変な声が出た。
神臣先輩の顔が、目と鼻の先にある。懐中電灯の逆光で、その整いすぎたシルエットと、漆黒の瞳が怪しく光っている。
ほんのり漂う柑橘系の香りと、先輩の胸の温もりがダイレクトに伝わってきて、心臓が『ドクン!』と跳ね上がった。
「落ち着け。僕がついている。……お前は自分の指先だけに集中しろ。暗号の解読とタイミングの計算は、僕がやる」
「か、神臣先輩……」
「お前は言ったはずだ。『この世に私に破れないロックなんて存在しない』とな。……その言葉、嘘じゃないんだろう?」
ドSで横暴で、私を強引に連れ回す悪魔な先輩。
だけど――その瞳には、私に対する絶対的な『信頼』が宿っていた。
『……ズルいよ、そんな顔されたら、カッコ悪くて逃げられないじゃない……!』
私は頬の熱さを振り払うように深く息を吸い込むと、ニッと強気の笑みを浮かべた。
「当然です! 私を誰だと思ってるんですか! ……カイ先輩、特注ツールの感度を限界まで上げて!」
『了解! ブースター起動!』
私は腰のポーチから『目玉の鍵』を取り出し、そっと中央の目玉のレリーフの開口部――鍵穴へと差し込んだ。
――ガチリ。
鍵が奥までハマると同時に、扉の内部から『ウー……』という重厚な機械駆動音が鳴り響いた。
両耳のイヤホンに、激しい金属ノイズとギアの回転音が流れ込んでくる。
「神臣先輩! 第一段階の物理シリンダー、行きます!」
右手にチタン製の細いピック、左手に『目玉の鍵』。
私は集中力を極限まで研ぎ澄ませた。
頭の中から、暗い地下室の風景も、カウントダウンの赤い光も消えていく。
聞こえるのは、無数のギアが噛み合う「音」と、指先を通じて伝わる「振動」だけ。
『一番目のタンブラーピン……深さ三ミリ。二番目……四ミリ! ……くっ、重い! 錆びとスプリングの反発力が強すぎる!』
鍵を一定の角度に保ちながら、ピックで内部のピンを一本ずつ押し上げていく。
指先の皮膚が破れそうなくらいの精密な力加減。コンマ一ミリでも力をかけすぎれば、ピックが折れてトラップが作動する。
「鈴宮、端末の暗号の規則性が解けたぞ」
背後から、神臣先輩の低く通る声が耳元に届く。
「この暗号は、十九世紀の暗号機『エニグマ』の変形版だ。青い数字が『七』の倍数に変わる瞬間、内部のメインギアのノッチが一箇所だけ開放される」
「七の倍数……! 次はいつですか!?」
「あと十秒後……『三五』が表示された瞬間だ!」
「了解……! それまでに、物理シリンダーのピンをすべて揃えます!」
汗が目に入りそうになるのを無視して、指先を狂気的な速度で動かす。
カチ、カチ、カチリ!
『一番目、完了! 二番目、完了! 三番目……よし!』
内部の五本のピンが、完璧に一直線に並んだ。
「神臣先輩、今です!!」
「三……二……一……今だ、回せ!!」
神臣先輩の叫びと同時に、私は『目玉の鍵』を右へ四十五度、一気に捻り上げた!
――ガチャンッ!!
重厚な手応えとともに、第一のロックが解除された!
ドーム空間の天井のギアが『ギギギ……』と音を立てて一時停止する。
「やった……! 第一段階突破……っ!」
「よくやった! だが、まだ終わっていないぞ!」
神臣先輩の言葉通り、安堵したのも束の間。
扉の青い端末が赤く激しく点滅し始めた。
『警報(アラート)! 第二段階・ファイナルプロテクト作動!』
機械的な合成音声が響き渡ると同時に、カウントダウンの数字が凄まじい速度で減り始めた。
『残り時間、あと六十秒!? うそでしょ、最終防衛ラインが作動したんだ!』
インカムのカイ先輩の声が悲鳴に変わる。
扉の表面から、四本の巨大な鉄製の『アーム』が飛び出し、私と神臣先輩の退路を塞ぐように壁へと突き刺さった。
逃げ道は完全に遮断された。
「……くそっ、ここまで来て……!」
神臣先輩が悔しそうに歯を食いしばる。
残り時間、四十五秒。
最終のロックは、扉の中央に現れた『五角形の複雑なダイアルカラクリ』。
普通のピッキングツールでは絶対に届かない、扉の深層部に隠された最後の障壁。
『届かない……!? この奥のピンには、私のツールじゃ長さが足りない……!』
私の指先が、初めて恐怖で震えた。
ツールが届かなければ、鍵は開けられない。
あと三十秒で、天井の鋼鉄ギアが落下して、私たちは二人まとめて潰されてしまう。
「鈴宮……!」
神臣先輩が私を庇うように抱きかかえ、天井を見上げた。
圧倒的な絶望。
けれど――。
『……ううん。諦めない。私に開けられない鍵なんて、あってたまるか!!』
私の頭の中で、何かが弾けた。
ツールが届かない?
長さが足りない?
なら――『新しく作ればいい』!!
「カイ先輩!! 特注ツールの予備のチタンワイヤーと、テンションバーをちょうだい!!」
『えっ!? 今から組み立てるの!? 時間がないよ!!』
「私を誰だと思ってるの!! 速攻で曲げて、即席のダブル・ピックを作る!!」
私はカイ先輩から手渡されていたツールセットのパーツを引っ張り出すと、驚異的な手つきで二本のチタンワイヤーを交差させ、指の力で強引に曲げ伸ばした。
摩擦で指の皮膚が擦りむけ、赤い血がにじむ。
けれど、痛みなんて感じない。
残り時間、十五秒。
「神臣先輩!! 私の身体を固定してください!! 一ミリもブレちゃダメなんです!!」
「……任せろ!!」
神臣先輩が後ろから私の腰と両腕を強く抱きしめ、人間ドックの固定台みたいに完璧な軸を作ってくれた。
背中に伝わる、先輩の激しい心臓の鼓動。
『いくよ……私の特製即席ピック!!』
二本に合体させたロングチタンピックを、扉の深層部へ突っ込む!
カチリ……!
奥深くに眠っていた、最後の『神のピン』に先端が触れた。
残り時間、五秒。
天井の巨大な鋼鉄ギアが、ゴゴゴゴ……と不気味な音を立てて落下し始める!
「開けぇぇぇぇぇぇっ!! ルシファーの意志を継ぐ、開かずの扉ぁぁぁっ!!」
私は全身の力を指先に込め、即席ピックを歪な角度で一気に捻り込んだ――!!


