放課後ロック・クラッカー!〜校内の開かずの扉、すべて開けてみせます〜

「はぁ……はぁ……! ちょっと神臣先輩! 速すぎますってば!」
「走れ鈴宮! あと三十秒で開会だ!」

長い廊下を、制服のスカートをたなびかせて猛ダッシュする。
長身の神臣先輩は足が長くて、普通に走るだけで私の二倍の歩幅があるのだ。必死についていきながら大講堂の重厚な観音扉へ飛び込むと、滑り込みセーフで開会の鐘がゴーンと鳴り響いた。

「ハァ、ハァ……死ぬかと思った……」

私が壁に手をついて肩で息をしていると、神臣先輩は何事もなかったかのようにすっと姿勢を正した。乱れた髪を一筋手ぐしで整え、ブレザーの胸元を直すと、悠然とした足取りで壇上へと上がっていく。

「これより、第百二回・私立七星学園生徒会総会を開始する。――全校生徒諸君、ようこそ」

マイクを通した神臣先輩の声が、広大な講堂に響き渡った。
その瞬間、新入生から上級生まで、会場にいた数百人の女子生徒から「きゃあああっ!」という歓声とため息が漏れる。

「見て、神臣会長……! 今日も完璧すぎる……!」
「立ち姿がまるで絵画みたい……まさに氷の王子様ね……!」

周りの女子たちがうっとりと頬を赤らめているのを見ながら、私は心の中で盛大にズッコケた。

『騙されないでみんなー! その男、さっき下入生を停学で脅したドS悪魔だよー!』

叫びたい気持ちを必死に押し殺す。
壇上の神臣先輩は、流れるような美しい動作で胸元から『七星の黄金エンブレム』を取り出し、新入生代表へ授与してみせた。拍手喝采が巻き起こる。
……まあ、でも。あの金庫を開けたのは私だけど、土壇場で冷静さを取り戻してエンブレムを抱えて走った先輩の横顔は、悔しいけれどちょっとだけカッコよかったかもしれない。

『……ううん、撤回! 騙されちゃダメ、私の平和な学園生活を奪った敵なんだから!』

私はブンブンと首を振って、火照りかけた頬を両手でバシッと叩いた。

*
総会が無事に終わり、放課後。
私は重い足取りで、本館の最上階にある『生徒会室』の前に立っていた。

「はぁ……本当に行かなきゃダメなのかなぁ」

神臣先輩から「総会が終わったら即、生徒会室に来い。来なかったら停学手続きを進める」という悪魔のようなメモを渡されていたのだ。

意を決して「失礼します……」と重厚な木製ドアを押す。
中に入ると、そこはまるで高級ホテルのスイートルームのように広い部屋だった。ふかふかの絨毯に、壁一面を埋め尽くす巨大な本棚。

部屋の中央に置かれたマホガニーのデスクで、神臣先輩が書類にペンを走らせていた。

「遅いぞ、鈴宮。十五秒の遅刻だ」
「十五秒くらいおまけしてください! 途中で上級生の女子たちに“なんで一年生が会長のところに行くの!?”って怖い顔で睨まれたんですからね!」

私がぷんぷんと怒ると、神臣先輩はペンを止め、フッと呆れたように息をついた。

「相変わらず賑やかな奴だな。……まあいい。こちらへ来い」

神臣先輩が立ち上がり、壁一面に広がる巨大な本棚の前へ歩いていく。
先輩は特定の文庫本――『七星学園五十年史』の背表紙を指先でグッと押し込んだ。

――ガコン。

重厚な機械音が響き、本棚の中央が不自然に沈み込んだ。

「えっ……カラクリ!?」
「そうだ。だが、ここから先は認証が必要だ。鈴宮、やってみろ」

本棚の一部がスライドし、現れたのは――古めかしい真鍮製のダイヤルと、三つの小さなレバーが組み合わされた『複合カラクリ錠』だった。

「うわぁぁぁっ……! なにこれ、なにこれ!」

一瞬間前までの憂鬱なんてどこへやら。私のテンションは一気に最高潮へ跳ね上がった。
目の前にあるのは、現代の電子ロックでもデジタル暗号でもない、精巧な職人技術で作られた純粋なメカニカル・ロックだ。

「このレバーの噛み合わせ、内部に差動ギアが仕込まれてる……! ダイヤルを回しながらレバーの荷重を変化させるタイプですね!?」
「フッ……説明するまでもないようだな。解除してみろ」

私は吸い寄せられるようにカラクリ錠へ近づき、指先を添えた。
ツールポーチから細いスチールピックを取り出し、隙間から滑り込ませる。

カチ……ギギ……カチリ!

指先に伝わるギアの噛み合わせ、スプリングの反発力。
私の脳内で、内部の複雑な機構が黄金色のパズルとなって組み立てられていく。

「ここをこうして、三番目のレバーを少し引き上げながら……ダイヤルを左へ一回転半!」

――ガチコーン!

爽快な金属音が響き、巨大な本棚が左右に大きく開いた。
その奥には、秘密の地下へと続く階段と、照明の灯る隠し部屋が広がっていた。

「す、すご……! 本当に隠し部屋があった……!」
「お見事。たった十五秒か。……おい、カイ。出てきていいぞ」

神臣先輩が隠し部屋に向かって声をかけると、奥からガタゴトと賑やかな音がして、一人の男の子が飛び出してきた。

「うっひょ〜! マジで一瞬で解錠しやがった! 神臣先輩、この子ヤバいよ! 本物の天才じゃん!」

現れたのは、つなぎの作業着を着た、つむじの跳ねた明るい茶髪の男の子だった。
首にはゴーグルをかけ、両手は機械油で黒く汚れている。

「彼は陣内 カイ(じんない・かい)。高等部一年生で、生徒会直属のメカニック担当だ」
「へへっ、よろしくね鈴宮ちゃん! ボク、機械とガジェットいじるのが大好きでさ! 君のピッキングの噂、先輩から聞いてワクワクしてたんだよ!」

カイ先輩は人懐っこい笑顔を浮かべ、私の手を握ってブンブンと振った。
神臣先輩の氷のような雰囲気とは真逆の、太陽みたいに明るい人だ。

「じ、陣内先輩、よろしくお願いします……。あの、ここは一体何なんですか?」
「ここはね、通称『S.O.S』――生徒会特殊捜査課(Student Officers Secret)の司令部だよ!」

カイ先輩に促されて足を踏み入れた隠し部屋には、複数のモニター、怪しげなガジェット工具、学園の古い地図などが所狭しと並べられていた。

神臣先輩が中央のデスクに腰掛け、昼間手に入れた『目玉の鍵』と羊皮紙をコトンと置いた。

「鈴宮。昼間もお前に話したが、この学園には表の生徒会では対処できない『暗部』が存在する。そしてこの学園の創立者は、校内の各所に特殊なカラクリと鍵で守られた『七つの不可解な扉』を遺した」

「七つの……開かずの扉……?」
「そうだ。その扉の奥には、学園の過去の秘密や、時に危険な遺産が封印されていると言われている。今日、お前が開けた『ルシファーの匣』は、その一章目に過ぎない」

神臣先輩が鋭い瞳で私を見つめる。

「この目玉の鍵が示しているのは、学園の地下深く――旧校舎の地下迷宮へと続く『第一の開かずの扉』だ。だが、その扉には現代の最新プログラミング技術と、古代のカラクリ技術が融合した、恐ろしいプロテクトがかけられている」

「最新技術と……カラクリ……?」
「そうだ。物理的なピッキングの技術と、それを解読する直感……お前のような『鍵の天才』がいなければ、絶対に開けられない扉だ」

神臣先輩の言葉に、カイ先輩も真剣な表情で頷いた。

「ボクもメカニカルなサポートはできるけど、あの繊細な鍵穴の『声』を聞いて解除できるのは、鈴宮ちゃんしかいないんだよ」

二人の視線が、一斉に私に集まる。

静まり返る地下の隠し部屋。
私の胸の中で、トクン……と小さな鼓動が跳ねた。

平穏な学園生活を送りたい。
放課後は友達とおしゃべりして、ケーキを食べて、のんびり過ごしたかった。
危険なことなんて、したくないはずだった。

だけど――。

『難攻不落の、七つの開かずの扉……』

頭の中で、そのワードがリフレインする。
見たこともない複雑な構造の鍵。侵入者を拒む巧みな仕掛け。私を試すように待っている、未知のロックたち。

――ゾクゾクする。
指先が熱くなって、胸の奥から湧き上がってくる衝動を抑えきれない。

私ははあっと深呼吸をすると、神臣先輩とカイ先輩を順番に見つめ返した。

「神臣先輩」
「なんだ?」
「私をS.O.Sに引き入れるなら、条件があります」

私がキッと眉を上げると、神臣先輩は興味深そうに片眉を寄せた。

「ほう? 停学の危機にある身で、僕に条件をつける気か」
「当然です! 一つ、放課後の捜査のあとは、美味しい和菓子かスイーツを奢ること! 二つ、カイ先輩に私専用の『特注ピッキングガジェット』を作ってもらうこと! そして三つ……」

私は神臣先輩に一歩近づき、ビッと人差し指を突きつけた。

「私がどんな鍵でも開けてみせたら、絶対になでなでしたり、子供扱いしないで、対等なバディとして認めてください!」

一瞬の静寂。
カイ先輩が「うわぁ、会長にそんな口叩く奴初めて見た……!」と青ざめている。

けれど、神臣先輩の唇が、ゆっくりと弧を描いた。
今までの冷酷な笑みではない。どこか楽しそうな、心からの笑みだった。

「いいだろう。お前がその手で『七つの扉』をすべて解き明かしたら……望むものを何でも与えてやる」

神臣先輩はそう言うと、ポケットから何かを取り出し、私に向かって投げた。
受け取ると、それはズシリと重い、真鍮製の美しい鍵型のペンダントだった。

「それはS.O.Sのメンバー証だ。今日からお前は、僕のバディだ……鈴宮リオ」

指の中のペンダントが、胸の鼓動に合わせて温かく熱を帯びていく気がした。

「言っておきますけど神臣先輩! 私、開けられない鍵があるなんて絶対に認めませんからね! どんな悪質なロックも、ぜんぶカチリと破ってみせます!」

「フッ……期待しているぞ、僕の『鍵開け姫(ロック・プリンセス)』」
「へ……!? ロ、ロック・プリンセス……!? な、なんですかその恥ずかしいネーミングはー!?」

真っ赤になって叫ぶ私を見て、神臣先輩とカイ先輩が楽しそうに声を合わせて笑った。

こうして、私の放課後は「フツーの中学生」から「学園の謎を解き明かす鍵開けヒロイン」へと180度変化してしまった。

だけど、なんだか――すっごくワクワクする!

学園の地下深くに眠る、解き明かされるのを待っている秘密の扉たち。
待っててね、どんな難攻不落の鍵でも、私と相棒たちが全部開けてあげるんだから!