放課後ロック・クラッカー!〜校内の開かずの扉、すべて開けてみせます〜

“ウゥゥゥゥゥン──!! ウゥゥゥゥゥン──!!”

鳴り響く凶悪な自爆サイレンと、足元を激しく揺さぶる大規模な地鳴り。
崩落する地下迷宮の最深部から、私と神臣先輩はなりふり構わず走り続けていた。

ズドォン……ッ!!

すぐ背後で、今しがた脱出してきたばかりの『第三の開かずの扉』が、巨大な天井の落石によって脆くも押し潰される音が響く。一秒判断が遅れていれば、私たちはあの部屋ごと歴史の闇に埋もれていたはずだった。

「ハぁ……ハぁ……っ! 神臣先輩、前方に大規模な亀裂が……!」

「構うな、跳べっ!!」

神臣先輩は傷ついた右手を押さえながら、私の腰を左腕で力強く抱え上げ、崩落していく床の裂け目を豪快に飛び越えた。
宙を舞う私たちの視界を、舞い散る赤土と鉄の粉塵が遮る。着地と同時に足をとられそうになるが、先輩は私をしっかりと踏みとどまらせてくれた。

「大丈夫か、鈴宮!?」

「はいっ……! でも、脱出ルートが落石で塞がれて……!」

前方の通路は、崩れ落ちた巨大な石柱と土砂によって完全に遮断されていた。逃げ場のない行き止まり。左右の壁からもメキメキと不気味な亀裂が走り、天井からの落石が雨のように降り注いでくる。

(嘘……ここで閉じ込められちゃうの……!?)

絶望が脳裏をよぎりかけたその時、私は右耳の集音センサーに意識を集中させた。

(落ち着くのよ、鈴宮! 崩落の音の中に、別の『音』が混ざっている……!)

ガラガラと崩れる土砂の重低音の隙間から、かすかに響く「風の抜ける音」と、規則的な水滴の落下音。

「神臣先輩! あそこです! 右上にある緊急排気用のハッチ……! あそこから地上へ風が抜けています!!」

「よしっ、でかした!!」

神臣先輩は落石をかいくぐりながら、排気ダクトの下へと滑り込んだ。頭上三メートルほどの高さにある、重厚なキャストアイアン製の非常用ハッチ。そこには太い南京錠が何重にも巻きつけられていた。

「地上からの密閉錠か……! 鈴宮、頼めるか!?」

「任せてください!!」

神臣先輩が不自由な身体で土台となり、私をその肩の上へと押し上げる。
揺れる視界の中、私はツールポーチから本日最後となるチタン製ピックを抜き取り、南京錠の鍵穴へと突っ込んだ。

(頼む……開いて……! みんなの……私たちの未来のために!!)

手のひらの汗でピックが滑りそうになる。だが、指先の全神経を集中させ、内部のピンを一つずつ弾いていく。

──カチ。……カチ。……ジャキンッ!!

「開いたっ!! 神臣先輩、登ってください!」

「お前から先に行け! 早く!!」

私はハッチを力任せに押し開き、狭いダクトの中へと這い上がった。すぐさま手を伸ばし、崩れ落ちる足場から這い上がってくる神臣先輩の左手を力いっぱい掴み引き上げる!

ズズズズズズドォォォォン……ッ!!!!

直後、私たちが直前まで立っていた通路全体が、大量の土砂と落石によって完全に埋没した。凄まじい爆風と土煙がダクトを下から吹き抜ける。

「はぁ……はぁ……間一髪だったな……」

「はい……本当に……」

ダクトの先に見える、青白い月光。
私と神臣先輩は這うようにして斜面を登りつめ、ついに外の空気の中へと飛び出した。

* * *

ひんやりとした夜風が、汗と土にまみれた私たちの頬を撫でる。
飛び出した先は、夜の帳に包まれた学園の象徴──『旧校舎・時計塔』の最上階テラスだった。

「地上……に戻ってこられたんだ……」

眼下に広がる広大な学園の敷地と、遠くに見える街の灯り。静寂を取り戻した世界に、私はへたり込みそうになる膝を必死で叩いた。
神臣先輩は懐から、地下の最終保管庫で手に入れた『革綴じの機密ノート』と、眩い光を放つ『黄金のマスターキー』を取り出し、静かにそれを見つめた。

「これが……この学園の裏に隠されていた真実……」

「その通りだ。よくぞそこまで辿り着いてくれたよ、我が優秀な生徒たち」

突如、暗闇のテラスの奥から、滑らかな男の声が響き渡った。

「ッ……!? 誰だ!!」

神臣先輩が素早く私を背後に庇い、左手で警棒を構える。
静かな足音とともに、月光の中に姿を現したのは──漆黒の高級スーツを身に纏い、優雅にステッキを手にした一人の男だった。

「……九条(くじょう)理事長代理……!?」

私は絶句した。
そこに立っていたのは、この私立鳳凰学園の運営を仕切るトップであり、神臣先輩の親族でもある九条理事長代理その人だったのだ。

「遅かったじゃないか、神臣。地下迷宮のトラップ群を突破し、『第三の開かずの扉』を開くのに、随分と時間がかかったな」

九条代理は冷ややかな微笑を浮かべながら、ゆっくりと私たちへ歩み寄ってくる。その背後からは、黒づくめの私設警備兵たちが数人、暗闇から無音で姿を現し、私たちの退路を完全に塞いだ。

「知っていたのか……? 僕たちが地下へ潜っていたことも……あの拷問部屋のトラップも……全部お前が仕組んだことなのか!?」

神臣先輩の鋭い声に、九条代理は小さく肩をすくめてみせた。

「仕組んだ? 言い方が悪いな。私は単に『適性試験』を行っただけだ。あの地下迷宮は、初代理事長が残した遺産──この学園の全権と、裏社会に通じる莫大な秘密資金のアクセス権を保管する巨大な金庫だからね」

九条代理の視線が、神臣先輩の持っている『黄金のマスターキー』へと向けられる。その瞳には、ギラギラとした醜い欲望の色が宿っていた。

「歴代の鍵開け師(クラッカー)どもは皆、途中のトラップで命を落とした。だが、神臣……お前が連れてきたその無名の少女の腕は本物だったようだ。まさか『生体犠牲錠』まで突破して『黄金のマスターキー』を掘り出すとはね」

「貴様……最初から僕たちに鍵を開けさせ、ここで横取りする気だったのか……!」

神臣先輩が怒りに震える手で機密ノートを握りしめる。

「このノートには、お前が学園の資金を私物化し、生徒たちを実験台にしていた全ての証拠が記されている! これを持って警察へ行けば、お前の地位も野望も全て終わりだ!」

「警察? クックック……ハハハハハッ!!」

九条代理は心底おかしそうに高笑いを破裂させた。

「青いな、神臣。この時計塔のてっぺんで、誰がお前たちの訴えを聞く? 地下迷宮の自爆システムが起動した今、この旧校舎も間もなく『原因不明のガス爆発』によって跡形もなく吹き飛ぶ手はずになっているのだよ」

「なに……!?」

「お前たちは地下の崩壊に巻き込まれ、哀れにも命を落とした殉職者……そういうシナリオだ。さあ、素直にその『黄金のマスターキー』とノートをこちらへ渡してもらおうか。そうすれば……そこの鍵開けの少女くらいは、私の小鳥として命だけは助けてやってもいいぞ?」

「ふざけるな……っ!!」

神臣先輩が鋭い一歩を踏み出し、九条代理を睨みつける。包帯からじわりと血が滲み出していたが、その眼光は決して挫けてはいなかった。

「僕のバディに……鈴宮に気安く触れるな! お前のような腐りきった悪党に、この鍵も、この学園の未来も絶対に渡さない!!」

「神臣先輩……!」

自分の危険も顧みず、私を守るために言い放つ先輩の背中。
その力強い言葉に、私の胸の奥から湧き上がるような勇気が溢れ出してきた。

(怖くない……。神臣先輩が一緒にいてくれるなら、どんな絶望だって解き明かしてみせる……!)

私は神臣先輩の背中越しに、時計塔の中央に鎮座する『巨大な古時計の歯車台座』へと視線を走らせた。

(待って……あの台座の彫刻……! あれは単なる飾りじゃない……!)

私の鍵開け師としての鋭い観察眼が、月光に照らされた台座の真鍮プレートに刻まれた『隠しシリンダー』を見破った。

(あの台座こそが、この時計塔──いや、学園全体の防犯システムと自爆装置を制御する『マスター・コンソール』だ! あそこに『黄金のマスターキー』を差し込み、私が内部のタンブラー配列を組み替えることができれば……自爆シークエンスを強制停止させ、全館の緊急警報を鳴らして外部へ通報できる!!)

「神臣先輩……! 聞こえますか、耳だけを貸してください」

私は極小の声で、神臣先輩の背中に囁きかけた。

「あのアレです……中央の台座の鍵穴。あそこに『黄金のマスターキー』を差し込んで私のピックで内部構造を書き換えられれば、自爆を止め、奴の野望を挫けます!」

神臣先輩の身体が一瞬、微かに緊張した。だが、先輩は顔色一つ変えずに低く応えた。

「……時間はどれくらいかかる?」

「私の全力を出せば……三十秒です!」

「了解した。……三十秒、僕が命に代えても稼いでみせる」

神臣先輩は左手の警棒を力強く握り直すと、九条代理と黒づくめの警備兵たちに向かって、堂々と不敵な笑みを浮かべてみせた。

「九条! お前の思い通りにはさせない……! 鳳凰学園の正義は、僕たちがここで証明する!!」

「威勢だけは一人前だな。殺せ! 鍵とノートを回収しろ!!」

九条代理の非情な命令とともに、銃と特殊警棒を手にした警備兵たちが一斉に襲いかかってきた!

「走れ、鈴宮ぁぁぁぁぁっっ!!!」

神臣先輩の咆哮が、月夜の時計塔に響き渡る──!!