放課後ロック・クラッカー!〜校内の開かずの扉、すべて開けてみせます〜

中等部校舎の襲撃事件から二日後。

私の指先の傷は、神臣先輩が毎日生徒会室で丁寧に絆創膏を貼り替えてくれたおかげで、すっかり元通りに塞がっていた。

「指先の感度、よし。チタン製ピックのしなり、よし。……ルシファーちゃんたちも絶好調!」

放課後の生徒会室。私は特注のツールポーチを腰に装着し、準備万端の態勢でポンと胸をたたいた。
机の上には、カイ先輩が復元してくれた大時計塔の立体設計図(ホログラム)が青く浮かび上がっている。

「鈴宮、浮かれるなよ。相手はあの『ファントム・キー』だ。中等部での失敗を受けて、今度はどんな仕掛けを施しているか分からない」

神臣先輩が黒い革手袋の指先をギュッと締め直し、鋭い瞳で私を見つめた。
いつも以上に引き締まった表情と、制服の上からでもわかる隙のない佇まい。やっぱりこの先輩、立っているだけで絵になる。

『ふたりとも、準備はいいかい?』

インカムからカイ先輩の警戒に満ちた声が届く。

『学園の敷地北端にある「大時計塔」……通称・開かずのタワーの周りだけど、一時間くらい前から奇妙な電磁波ノイズが観測されてる。すでにファントム・キーの工作員が潜入しているか、あるいは別の「何か」が動き出している可能性があるよ』

「別の何か……?」

「フッ、何が来ようと関係ない。創立者の第二の秘宝は、僕たちが先に回収する」

神臣先輩が低く言い放ち、私に向かって頷いた。

「行くぞ、鈴宮」
「はいっ!」

学園の北端、深く鬱蒼とした森の奥に、その塔は不気味にそびえ立っていた。

明治初頭に建てられたという『大時計塔』。
赤レンガ造りの外壁は蔦(つた)に覆われ、最上階に設置された直径五メートルを超える巨大な文字盤が、夕闇の迫る空に黒々と浮かび上がっている。
老朽化のため数十年以上も立入禁止とされているはずなのに、塔の内部からは『ゴゴゴ……カチ……コチ……』と、地鳴りのような重厚な歯車の回転音が絶え間なく漏れ聞こえていた。

「すごいです……学園の中にこんな大きなカラクリ時計があったなんて……」

「曾祖父はカラクリ技師としても狂気的なまでの情熱を持っていたらしいからな。……鈴宮、扉だ」

塔の正面に置かれたのは、半ば風化した重厚な鋳鉄製の両開き扉。
そこには、手ののひらほどもある巨大な真鍮製の鍵穴がひとつ、ぽっかりと口を開けていた。

「ふふん、任せてください! こんな古風な南京錠タイプなら、三秒で……」

私がピックを取り出そうとしたその時、神臣先輩がスッと私の前に腕を差し出して制した。

「待て。鍵穴の周囲を見ろ」

「え……?」

よく見ると、鍵穴の縁(ふち)には、微細な真鍮製の『針』が無数に生え揃っていた。
コンマ数秒ごとに、その針が生き物の脚のようにウニウニと怪しく蠢いている。

「ひゃぁっ!? な、なにこれ!? 虫みたいで気持ち悪い……!」

「ただの鍵穴じゃない。『毒針連動型の生体トラップ』だ。正しい鍵を使わずに鍵穴内部へ金属片を突っ込めば、この無数の針が一斉に跳ね上がり、侵入者の指先を貫いて麻痺毒を打ち込む仕組みになっている」

『うわぁぁエグい!』
カイ先輩の悲鳴がインカムから聞こえる。
『明治時代のカラクリ技術、変態すぎるよ! 鈴宮ちゃん、安易に触っちゃダメだよ!』

「生体トラップ……なるほど、生半可な鍵開け師(クラッカー)を排除するための仕掛けですね」

だが、私の唇は自然とニヤリと吊り上がっていた。
指先の傷が癒えたばかりの私にとって、この程度の威嚇はむしろ最高のご馳走だ。

「神臣先輩、三秒じゃなくて……二秒で終わらせます」

「ほう……言ったな?」

私は腰のポーチから、超極細の磁気ピックを二本抜き取ると、指先で扇状に交差させた。

『毒針が跳ね上がる条件は、鍵穴内部の圧力変化。なら……圧力を変化させずに、磁力で内部のピンを吸い上げればいい!』

スッと息を殺し、キーホールに触れるか触れないかの極限の距離でピックを保持する。
針がシャキーンと毛羽立つ手前、ゼロコンマ一ミリの浮遊空間(エア・ギャップ)。

ト・ト・トンッ!

指先を微細に振動させ、磁力線で内部の鉄製ピンを真上へと引き上げる。

――カチリ。

一度も鍵穴の中に金属を接触させることなく、巨大な鋳鉄の扉が『ギギギ……』と音を立てて内側へと開いた。

「解錠完了! どうですか神臣先輩!」

ドヤ顔で振り返ると、神臣先輩は少しだけ目を見開いた後、満足そうに口元を緩めた。

「合格だ。……腕を上げたな、鈴宮」

頭をポンとなでられ、私は嬉しさでへらへらと笑ってしまった。

塔の内部に足を踏み入れた瞬間、凄まじい埃の匂いと、濃厚な機械油の香りが鼻を突いた。

吹き抜けになった塔の全貌は、まさに『巨大なカラクリ時計の胎内』だった。
見上げるほど高い天井まで、大小無数の真鍮製歯車が噛み合い、ゆっくりと回転している。中央を貫く一本の巨大な鋼鉄の軸と、左右に狂おしい周期で揺れ動く巨大な振り子(ペンデュラム)。

ゴオン……ゴオン……。

重重しい鐘の振動が、足元の床を通じて全身に伝わってくる。

「気をつけて進もう。足場が狭い」

神臣先輩が懐中電灯の光を照らしながら、壁沿いに設置された螺旋状の鉄製階段を登り始めた。
私もその後に続く。

階段を三階分ほど登ったあたりで、インカムのカイ先輩の声が急に乱れ始めた。

『ザザッ……ふた……りとも……聞こえる!? 通信ノイズが……ザザッ……凄まじい電磁波が上層階から……!』

「カイ!? 応答しろ、カイ!」

神臣先輩がインカムに手を当てるが、ガガガッという激しい白ノイズが響くばかりで、カイ先輩の声は完全に途絶えてしまった。

「ジャミング(電波妨害)か……! 敵はすでに上層階にいるらしいな」

「カイ先輩と連絡が取れないなんて……神臣先輩、気をつけてください!」

私が警戒を強めたその時だった。

――ガチリ。

私の足元で、小さな金属音が響いた。

「え……?」

階段の鉄板を踏み込んだ瞬間、その一枚だけがストンと数センチ沈み込んだのだ。

『あ……嘘……圧力センサー……!?』

「鈴宮、離れろっ!!」

神臣先輩の叫びと同時に、壁の歯車の隙間から、シャキキキキンッ!という凶悪な金属音が鳴り響いた。

左右の壁から突き出してきたのは、高速回転する三枚の巨大な『丸鋸(サークル・ソー)』!
回転する刃が青いスパークを散らしながら、階段を駆け上がっていた私と神臣先輩の身体を真っ二つに引き裂こうと迫ってくる!

「きゃああああっ!?」

退路は沈んだ足場によって遮断されている。逃げ場はない!

「くっ……離すなよ、鈴宮!!」

神臣先輩が叫ぶや否や、私の腰を引き寄せ、抱きかかえるようにして旋回した!

「ひゃああっ!?」

視界がグルリと回転する。
神臣先輩は自分の背中を刃の方へ向け、私を守るようにして空中へ身を躍らせたのだ。

ギリギリッ!

回転刃が神臣先輩の制服の裾をわずかにかすめ、火花が夜の闇に散る。
神臣先輩はそのまま、回転する巨大歯車の上へ着地し、激しい衝撃とともに私を抱きかかえたまま滑り込んだ。

「ハぁ……ハぁ……! 大丈夫か、鈴宮!?」

「か、神臣先輩……っ! 私、無事です! でも、先輩の手が……制服が……っ!」

私の顔のすぐ上にある神臣先輩の胸。
激しく打ち打つ鼓動と、少し乱れた息遣い。先輩の手が私の背中と後頭部をしっかりと包み込み、衝撃から守ってくれていた。

「僕のことはいい。怪我はないな?」

「はい……っ! でも……うぅ、かっこよすぎます先輩……ずるいです……」

胸がキュンとして、泣きそうになりながら呟くと、神臣先輩は照れたように顔を背けた。

「バカ者、余計なことを言っている暇があったら上を見るんだ」

言われて見上げると、私たちはすでに塔の最上階――巨大な文字盤の真裏にあたるドーム状の空間に到達していた。

そこは、息をのむほど美しい空間だった。

文字盤のすりガラス越しに差す月光が、部屋全体を青白く照らし出している。
壁一面を覆い尽くす、超巨大な真鍮製のクロック・ギア。
そして、部屋の中央に鎮座していたのは――。

直径二メートルはあろうかという、立体的な球体のカラクリ金庫。
表面には十二の星座と、二十四の時間が複雑に刻まれた針が、カチ……コチ……と不規則なリズムで回転を続けていた。

「あれが……『第二の開かずの扉』……!」

私は息をのんで、その球体金庫へ近づいた。
第一の扉で手に入れた『水晶のキューブ』をはめ込むための窪みが、球体の頂点に用意されている。

「見事なものだな。これ全体が、巨大な精工時計であり……マスター・ロックだ」

神臣先輩が感嘆の声を漏らす。

「はい……。十二の星座の盤面と、外側の歯車の回転周期を完璧に一致させて……『午前零時』を示したコンマ一秒の瞬間に水晶キューブを回さないと、内部の秘宝が自爆装置で粉砕される仕組みです」

私は胸のポケットから、青く輝く『水晶のキューブ』を取り出した。

「よし、解錠に取りかかろう、鈴宮」

「はいっ!」

私がキューブを掲げ、球体金庫の窪みへと手を伸ばした――その時だった。

パラ……と、天井の暗がりから一枚の『黒い羽』が舞い降りてきた。

「……え?」

フッと月光が遮られる。
次の瞬間、天井の巨大歯車の上から、しなやかな人影が静かに滑り降りてきた。

カツン……。

球体金庫の真上に着地したその人物は、月光を背に受け、優雅に頭の漆黒のシルクハットの縁(ふち)を手でなぞった。

漆黒のロングマント、白銀の仮面、そして胸元に咲く一輪の黒い薔薇。

「やあ、初めまして。かわいらしい鍵開け姫(クラッカー・プリンセス)、そして厳格なる生徒会長殿」

滑らかで美しく、どこか鈴の音のように響く澄んだ声。
仮面の奥から覗く、怪しく妖艶に輝く紫色の瞳が、上から私を見下ろしていた。

「お前は……誰だ!?」

神臣先輩が素早く私を背後に庇い、警戒の姿勢をとる。
黒マントの人物は、胸に手を当てて優雅に一礼してみせた。

「僕は夜を渡る風、不可能を盗む影。……『漆黒の怪盗』こと、クロノ・ヴァレンタインさ」

「漆黒の怪盗……!? ファントム・キーの仲間ですか!?」

私が叫ぶと、クロノと名乗った少年は「心外だな」と首を横に振った。

「あんな無粋で野蛮なハッカーどもと一緒にするのはやめておくれ。僕の目的はただ一つ……この美しき創立者の秘宝を、僕のコレクションに加えること」

クロノはしなやかな指先で、腰から一本の『純銀のピック』を抜き放った。
その指裁きを見た瞬間、私の全身の毛穴が開いた。

『この指の動き……ただの怪盗じゃない……! 一流の、超一流の鍵開け師(クラッカー)の指だ……!!』

「さあ、鍵開け姫。創立者の秘宝を手にするのに、ふたりの鍵開け師(クラッカー)は要らない。……どちらがこの『第二の開かずの扉』を解き明かすにふさわしいか、ここで勝負と行こうじゃないか!」

漆黒の怪盗が不敵に微笑み、純銀のピックを球体金庫へと突き立てる!

秘宝を巡る、天才鍵開け師同士のプライドをかけた激突が、今幕を開けようとしていた――!