月曜日、私はわたしと入れかわる

「はあ、明日学校いきたくないなあ」

私はベッドにごろんと横になった。
暗闇の中、天井をぼーっと見つめる。はあ。ため息が出るのは何回目だろう。
私には、立花 楓という親友がいる。かえちゃんって呼んでいて、いつも一緒。

かえちゃん、怒ってるかなあ。
金曜日のかえちゃんの声が頭からはなれない。

「そんな言い方、しなくてもいいのに」

     *

金曜日、工作クラブでかえちゃんと喧嘩をした。

先生が、「今日は二人組で、自分たちが住んでみたいお家をつくってみましょう」と言った。

「いっしょにやろー!」

そんな声があがる中、私は先に材料を取りに行った。
当然、かえちゃんと組むと思っていたから。
でもこれが、失敗だった。

「え。かえちゃん、凛ちゃんと組むの?」

「うん。誘ってくれたの」

かえちゃんと凛ちゃんが机を寄せ合っている姿を見つけて、私は抱えていた材料をぎゅうっと抱きしめ、うつむいた。
あ。箱がぐしゃっとつぶれちゃった。

「私とじゃ、ないの?」

「あ。ななみ、まだ決まってないの?綾がまだ一人みたい!綾ー!」

「あ! ななちゃん! わたしとやろー!」

前の方の席から、綾ちゃんが私のことを呼んでくれた。

「うん!綾ちゃんやろー!ちょっとまってて!」

綾ちゃんのところに向かう前に、かえちゃんにだけ聞こえる声で、つぶやいた。

「私だって、かえちゃんとやりたかったわけじゃないし」

「え?ななみ?」

「……なんでもない!」

「そんな言い方、しなくてもいいのに」

かえちゃんの表情が曇ったのをみて、しまった。と思った。
なんでもないじゃないよ、私。謝らないとなのに。
でも、私一人でたのしみにしていたみたいで、素直になれない。

「ななちゃん、どうしたのー?材料どうするーー?」

「うん!」

綾ちゃんに呼ばれたのをいいことに、私は綾ちゃんのところへ向かった。
なんだか胸のあたりがもやもやする。
その日は、かえちゃんと一緒に帰れなかった。

     *

あんなこと、言わなければよかったよね、私。
ぶんぶんと首を振った。
もう。思い出したって、自分が言ってしまった言葉は取り消せないのになあ。

ぐるぐると考えているうちに、布同士が擦れる音、時計の音がすこしずつ遠くなっていった。
ぱっと目を開けると、私は白くて、なにもない空間に座っていた。

「…ここ、どこ?夢?」

頬を引っ張ってみる。

「いたーい!夢じゃないってこと?」

立ち上がって、あちこち歩いてみる。

「うん?壁がない気がする。どれだけ広いの!」

チリン。

「鈴の音?誰かいるの?」

ぱあっと、目の前の空間がまあるく、色とりどりの光に包まれる。
なにこれ、虹?1、2、3、4、5、6、7…七色!
呑気に色の数を数えていると、光が急激に強くなった。

「わ!まぶしい!」

眩しさに思わず目を閉じた。ようやく目を開くと目の前には白い猫が足をそろえて座っていた。

「うわあ!びっくりしたあ!」

『ななみちゃん』

「ちょっとまって。あなたがお話ししているの?嘘でしょ?」

『わたしだよ』

白い猫は得意げに、ニカっと笑う。

「もーー。さっきからびっくりしっぱなしだよお。突然出てきて、しかもおしゃべりできる白猫さん?わけがわからない!」

『ななみちゃんのこともしってるよ』

「え! そうだ、なんで私の名前知ってるの?」

『内緒』

「内緒かあ」

猫の首には、金色の首輪と、小さな鈴が二つ付いていた。瞳も金色だ。綺麗だなあと思ってのぞき込むと、その奥で七色の光がちらっと揺れた。

「ねえ、その尻尾は、なあに?」

白い尻尾の先が、七色に光っている。

『しっぽだよ。かわいいでしょう』

「かわいいけれど。答えになってないよ」

『そう?』

白い猫は楽しそうに、尻尾を揺らした。へんな猫。でも、少し近づいてみたくなる。
白い猫が、私の顔をじっと見た。

『ななみちゃん、あんなこと、言わなければよかったって思っているんだね』

かえちゃんの顔が浮かんだ。私は白猫さんから目をそらした。

「……急に、なんでそんなこと聞くの」

『ちがうの?』

「……思ってるよ。間違ったなって」

『じゃあさ、行く?』

「どこに?」

『ついてきて!』

白い猫は突然立ち上がって、走り出した。

「え!待って!」

白い猫を追いかけるために足を踏み出した。

「あれ?」

気がついたら私は布団の中で、天井に向かって手を伸ばしていた。その手を下ろして、ちらりと時計に目を向ける。

「7時だ。起きないと。夢だったってこと?ほっぺいたかったのに」

きてほしくなかった月曜日。
のろのろと着替えに手をのばした。

     *

もそもそと朝ごはんを食べていると、チャイムが鳴った。
あれ?かえちゃん?今日は来てくれないかもと思ってたのに。

「ななちゃーん!楓ちゃんよ!準備して、はやくおいで!」

「はーい!すぐ行くって言っておいてー!」

急いで歯磨きをして、ランドセルを背負う。

「よいしょっと。いってきまーす!」

玄関のドアを開けると、かえちゃんが笑顔で待っていた。

「おはよう、ななみ!」

「おはよう。かえちゃん、怒ってないの?」

並んで歩き出しながら、かえちゃんの顔をそっと見る。
かえちゃん、笑ってる。喧嘩して、あれから話せていないのに、どうして?

「え?なんで?」

「だって、金曜日…」

「あ、工作クラブのこと?今度は一緒につくろうねって約束したじゃん」

「え?」

「私とやりたかったって、ななみ言ったから。次は一緒にしようねって」

え。私、してない。
どういうこと?
かえちゃんとやりたかった。かえちゃんと組みたかった。けれど、素直にいえなかったのに。
それで、かえちゃんが怒って、一人で先に帰ってしまったのに。

「ななみ?どうしたのー?遅刻しちゃうよ?」

すこし先で、かえちゃんが私を待っていた。
考え込んじゃってたみたい。

「あ、うん!」

チリン。チリン。
私が早足をしていると、耳に鈴の音が届いた。
この音、白猫さんの音だ。
金色の瞳と、七色に光る尻尾の先を思い出した。

「ねえ、今鈴の音しなかった?」

「えー?聞こえなかったよ」

どうやら、私だけに聞こえているらしい。
あたりを見回しても、白い猫の姿はなく、もう音も聞こえない。
気のせいだった?夢だった?
隣を歩くかえちゃんの顔を、そっと見た。

     *

学校は、いつもの学校だった。私の席も、教室の後ろに貼ってある絵も昨日までと同じ。

でも、かえちゃんとケンカしていない。
それだけが、どうしても私の記憶とちがうんだよね。

昼休み、かえちゃんと凛ちゃんが、ノートを間に置いて話していた。

「木の上にお家、作りたいね」

「いいね。ここ、階段にする?」

工作クラブの続きだ。
私は自分の机で、筆箱を開けたり閉めたりした。

「ななみも、見て」

かえちゃんが手招きしている。

「……私も?」

「うん。ここさ、階段と、はしごと、どっちがいいと思う?」

のぞき込むと、大きな木の上に家が二つ描いてあった。二つの間が、ちょっと離れている。

「ここ、橋にしたら?」

私が指を置くと、凛ちゃんが「あ!」と言った。

「それいい。家から家に行けるもんね」

かえちゃんが、鉛筆で線を引いた。

「こんな感じ?」

「うん。それで、下の木は、緑の箱を重ねたらできそう」

言ってから、少しどきどきした。私まで勝手に決めていいのかな。
でも、二人ともノートを見ながらうなずいていた。

「クラブの材料にあったよね。今度、探そう」

かえちゃんの鉛筆が、また動く。
私と二人で作る家じゃないけれど、ノートの橋は、私の言ったところにかかっていた。

帰り道も、かえちゃんは私の隣を歩いていた。

「また明日ね!」

曲がり角でかえちゃんは笑顔で手を振ってくれた。
私も手を振りかえした。

「うん、またね!」

かえちゃんの姿が見えなくなってから、その場にしゃがみ込んだ。

「えーー。なんなのーー」

     *

家に帰り、宿題をしておやつを食べ終えたころ、はるくんがトランプを持って、近寄ってきた。
はるくんは私の5歳下の弟で、春人という。なまいきだけれど、かわいい。

「ななちゃん。しんけいすいじゃく、やろう」

「うん、いいよ」

「今日は、負けてももう一回って言わない?」

「え?」

台所にいたママがくすくす笑ってる。

「昨日、3回やったもんね。最後ははるくんが、もうおしまいがいいって」

え?昨日は私、はるくんに絵本読んであげたはず。
やっぱり、なにかがおかしい。

「ななちゃん?どうしたのー?」

「あ、うん。一回だけね。やろっか」

「うん!」

ママもはるくんも、私の知らない私を知っている。
かえちゃんだけじゃない。
白猫さんのしわざ?話したい。
でも、こころの中でよんでみても、姿は見えないし、鈴の音は聞こえない。

床にカードを並べると、はるくんは、端っこの二枚をめくった。

「あ! おんなじ!」

「えー。いきなり?」

私も覚えていたはずなのに、いざめくると違う。あれ、さっきここにあったよね?
はるくんがにこにこしながら、また二枚取った。

最後に数えたら、私のほうが少なかった。

「もういっ……」

はるくんが顔を上げた。
私は口を閉じて、カードをそろえた。

「……一回で、おしまいだね」

「うん!」

昨日、何度もやったっていう私も、きっと悔しかったんだ。
身に覚えはないのに、その気持ちは分かる。ちょっと変なの。

     *
晩ごはんが終わっても、お風呂に入っても、白猫さんは現れなかった。

ママ達におやすみを言って、自分の部屋のドアを閉める。
ふう。ベッドの上に腰をかけ、何気なく部屋を見渡してみると、違和感があった。

「あれ?あの貝殻、私机の上に置いてたよね?どうして本棚にあるの?」

誰かが動かしたのかな?
元の位置に戻しておこう。そう思って立ちあがろうとした時、本棚の端がふわりとにじんだ。
目をこすっても、どんどんと部屋の中の景色がぼやけていくばかりだ。
廊下の向こうでは、ママとパパの声が聞こえていたはずなのに、その声がぶつりと切れた。

「え?なにこれ!ママ!!」

思わず立ち上がって、ママを呼んでも、返事はない。
ぼやけているけれど、ドアへ手を伸ばす。

チリン。

『ななみちゃん。帰る時間だよ』

「白猫さん!ねえ、なにこれ?ママは?急に声が聞こえなくなったの!!」

でも、声は聞こえるのに、姿は見えない。

『ななみちゃん、おちついて』

ぱあっと、目の前が七色にひかり輝いた。
眩しさから閉じた目を開くと、夢の中で見た、白い猫の姿が枕の横にちょこんと座っていた。
白猫さんだ。やっと会えた。もうわけがわからない。

「白猫さん。何度も呼んだんだよ。どうなってるの?ママは?」

『驚かせてごめんね。今はね、みんなの時間が止まってるの』

「とまってる?私は動けるのに?どうして?」

『帰るために、ななみちゃんだけ動けるんだよ。帰る前に、すこしお話ししよう』

「帰るってなに?ここ、私の部屋だよ」

『ここは、もう一人のななみちゃんの部屋なの』

「もう一人の、私?」

『そう。楓ちゃんに、違う言葉を伝えた、ななみちゃん』

ああ。そういうことか。
今日1日の違和感が、頭の中を駆け巡った。
かえちゃんも、はるくんも、ママも、昨日はちがう私と過ごしていたんだ。
本当に、ここにもう一人の私がいたんだ。

「じゃあさ、その子は今、どこにいるの?」

『もともと、ななみちゃんがいた世界だよ。入れ替わったんだ。1日だけ』

ということは、こっちの私は、喧嘩していなかったのに、私が喧嘩してしまった世界に行ったということ?
今日、かえちゃんになんて言われただろう。きっと、困っただろう。

「その子と、話せる?」

『会うことも、話すこともできないんだ。でも、その子に一文だけ残せるよ』

白猫さんの体が、ベッドの上からふわりと浮いた。

「え!飛べるの?」

私がびっくりしていると、白猫さんはニヤリと得意げに笑って、空中をしゃなりしゃなりと歩く。
そうして、私の目の前で止まると、美しい尻尾を私に差し出す。

『これで、書いてね』

「これって、しっぽだよね?書くってどういうこと?」

『やさしく、握ってごらん。そう、ペンを持つみたいに』

おそるおそる尻尾に触れる。柔らかな尻尾は、すこし暖かい。
私がペンを持つ形でにぎると、七色に光る尻尾の先へ光があつまり、ほそいペン先に変化していた。

「わあ」

『そのまま、空中に書くんだよ』

言われるがままに手を上げたけれど、なにを書いたらいいのかわからない。
一文だけでしょう、なにをつたえよう。
本当は作りたかったと、こっちの私は言えたんだよね。言えたから、かえちゃんは今日笑っていたんだよね。

小さく息を吸い、ペン先を動かすとなにもなかったところに、光の線がはしった。
一文字、もう一文字。
私の手が動くたびに、白猫さんの体もふわり、ふわりと動いた。
不思議なことに、文字は空中に浮いている。赤や青や黄色が、文字の線の中をゆっくり流れている。
最後に、ちいさな丸をかいた。

〈私も、かえちゃんといっしょにやりたかったって言えばよかった。〉

声に出せなかった言葉が、目の前で七色に光っていた。

『うん。あずかったよ』

指をほどくと、尻尾はするりと離れた。
尻尾を揺らしながら、枕の横へふわりと降りると、白猫さんは言った。

『今夜は、このままおやすみ。目が覚めたら、もとの部屋だよ』

「もう一人の私も、帰るの?」

『うん。あちらのななみちゃんも、一文を残すんだよ。朝起きたら、見れるからね』

白猫さんは、前足で枕をぽんとたたいた。
布団に入り、枕に頭をのせた。

『ゆっくり眠るんだよ。これは、おまじない』

肉球が、額に触れた。ぽわぽわしていて気持ちがいい。

「うん、おやすみ。白猫さん」

光る文字が、天井との間に浮かんでいる。
向こうの私は、何を書いたんだろう。
文字の光が、少しずつ淡くなる。
今日のかえちゃんは、何度も笑っていた。

もとの世界のかえちゃんは、今日、どんな顔をしていたんだろう。
私は目を閉じた。まぶたの裏に、七色の光が、ほんの少し残っていた。