恋と焦燥のロードマップ

そう言われて、返す言葉がなくなる。母さんにとっては、昔の俺の写真を誰かに見せることなんて、きっと特別なことじゃない。でも俺にとっては、少し違っていた。
ここを離れてから、俺は昔の自分をできるだけ振り返らないようにしていた。俳優になってからは、昔の自分よりも、これからどうしていくかのほうがずっと大事だったし、実家のことを考えると、どうしても親父とのことまで一緒に思い出してしまう。
そんな場所に、今は雫がいる。
俺が知らないところで、母さんから昔の俺の話を聞いて、写真を見ていた。
それが少し照れくさくて、それ以上に、なんだか不思議だった。
「ごめん。ちょっと気になって……」
雫がそう言う。
「別にいいよ」
そう答えると、雫が少し安心したように笑った。
母さんはそんな俺たちを見ながら、またアルバムを開いた。
ページをめくるたびに、忘れていた頃の自分が出てくる。その写真を雫が楽しそうに眺めているのを見ていると、昔のことを思い出すのも、今はそれほど嫌じゃなかった。
むしろ、こうして自分の知らなかった時間まで雫と共有できることが、少しだけ嬉しかった。
そのあともしばらく、母さんと雫は昔の話をしていた。俺は二人の会話を聞きながら、ときどき口を挟むくらいで、少し離れたところからその様子を眺めていた。
自分の知らないところで、二人の間に新しい時間ができていく。
それが嫌なわけではなくて、むしろ不思議なくらい自然に感じられた。
夕方が近づくにつれて、旅館の中も少しずつ忙しくなっていった。宿泊客の到着する時間になり、廊下を行き交う従業員の声や、玄関のほうから聞こえてくる話し声が増えていく。
俺たちもそろそろ帰るつもりでいた。
「じゃあ、そろそろ……」
そう言って立ち上がろうとしたところで、母さんが少し驚いたように俺を見る。
「帰るの?」
「うん。そのつもりだったけど」
「せっかく来てくれたんだし、今日は泊まっていけば?」
「え?」
思わず雫と顔を見合わせる。
「でも、急に泊まって大丈夫?」
雫が気を遣うように尋ねると、母さんは笑った。
「部屋なら空いてるから大丈夫よ。せっかく遠くから来てくれたんだもの。今日くらいゆっくりしていけばいいじゃない」
「でも……」
「湊も久しぶりに帰ってきたんだし」