恋と焦燥のロードマップ

駅から少し離れた場所にある実家は、隣町の観光地へ向かう人たちが泊まる宿として、昔からこの辺りで営業していた。子どもの頃は、それが当たり前だった。
観光客が来て、客室に泊まり、朝になるとまた観光地へ向かっていく。俺にとっては、それもずっと見慣れた日常だった。けど、何年も離れていた今、久しぶりにその場所へ近づいていくと、見慣れていたはずの景色が少し違って見えた。やがて旅館が見えてくる。
俺は歩く速度を少しだけ落とした。
「……ここ?」
雫が隣から聞いてくる。
「うん。ここが実家」
そう答えて、俺は玄関の前に立った。扉を開けると、懐かしい匂いがした。
奥から聞こえる従業員の声や、厨房の方から聞こえる食器の音まで、記憶の中に残っているものと変わらない。
「ただいま」
声をかけると、少しして母さんが顔を出した。
「あ、湊。おかえり」
その一言を聞いた瞬間に、胸の奥に張っていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
「あ、雫ちゃん?」
「はい。初めまして。湊くんとお付き合いさせていただいております、雫と申します」
母さんは嬉しそうに雫に笑いかけた。
雫も少し緊張しながら挨拶を返していて、その様子を見ていると、ここへ連れてきたことを少しだけ現実になった気がした。
「父さんは?」
「今、ちょっと仕事してるの。今日は忙しいから、まだ少しかかると思う」
「そっか」
その返事を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
すぐに会うことになると思っていたわけじゃない。それでも、いざ実家まで来てみると、親父の顔を見ることを考えるだけで、まだ少し緊張していた。
母さんはそんなそんな俺のことには何も言わず、雫を旅館の中へ案内していった。
俺もその後ろに着いて歩きながら、久しぶりに見る廊下や客室を眺めた。
昔と変わらないところもあれば、知らないうちに新しくなっているところもある。ここで暮らしていた頃は、こんなふうに一つ一つを見ることなんてなかった。ただ毎日、当たり前のようにここにいた。
それからしばらくして、俺たちは母さんと三人で過ごした。
仕事の話をしたり、地元の話をしたり、母さんが雫に俺の子どもの頃の話をしたり。
その時間は思っていたより穏やかだった。そしてしばらくして、母さんが俺に声をかけた。
「お父さん、今なら少し時間あるみたい」