恋と焦燥のロードマップ

付き合い始めた翌日も、朝はいつもと同じ時間に起きた。カーテンを開けて、まだ少し眠いままコーヒーを淹れる。仕事へ向かう支度をして、いつものように迎えに来たタクシーへ乗り込んだ。昨日までと何も変わらない朝だった。ただ、一つだけ違った。スマートフォンを手に取る回数が、いつもより多い。
後部座席に座って、窓の外へ流れていく街を眺めながら、何度も画面を確認する。別に連絡が来ているわけじゃない。自分から送るつもりもなかった。それなのに、ポケットの中にあるスマートフォンの存在が妙に気になった。
昨日までだって、雫から連絡が来れば嬉しかった。仕事が終わったとか、今日は疲れたとか、そんな何気ないやり取りをするのが好きだった。
でも、今日からは違う。俺たちは、付き合っている。
まだ、その言葉に慣れていない。
信号待ちで車が止まったとき、画面を開く。何も届いていないことを確認して、また閉じる。自分でも何をしているのか分からなくなって、苦笑した。そのとき、スマートフォンが震えた。
『おはよう』
雫からだった。思わず口元が緩む。
『おはよう。今日も仕事?』
送ってから、すぐに返信が来た。
『うん。湊は?』
『俺も仕事』
『そっか。頑張ろうね』
短いやり取りだった。けれど、画面を閉じる気にはなれなかった。昨日までなら、ここで終わっていたと思う。けれど今日は、もう一つだけ言葉を送りたくなる。
『終わったら連絡する』
送ってから、少しだけ考えた。こういうのは、恋人なら普通なのだろうか。
お付き合いを始めたばかりだから、距離の取り方が分からない。今までと同じようにしていればいいのか、それとも少しくらい変わった方がいいのか。
そんなことを考えているうちに、返信が来た。
『待ってる』
四文字だった。俺はしばらく、その画面を見ていた。
「……待ってる、か」
小さく呟いて、スマートフォンを伏せた。
運転席から何か言われることはなかった。車はいつもの道を走っている。仕事もある。撮影もある。今日はきっと、南條湊斗として一日を過ごす。それでも、帰る前に連絡したいと思える相手がいる。
それだけで、今日という日が少しだけ違って見えた。