恋と焦燥のロードマップ

俺は一度、前を向いた。言うなら今かもしれない。そう思った。
これまで何度も、雫に気持ちを伝えようと思ったことはあった。けれど、その度に、もう少しこのままでいたいと思ってしまった。恋人になれば、今までとは違う責任が生まれる。雫の生活に、自分の仕事や名前が入り込むことになる。それを考えると、簡単に踏み込んではいけない気がしていた。というか、そもそも雫が俺のことをどう思っていて、どうなりたいかも分からないのだけど。
それでも、今日、雫が「次、いつ会える?」と聞いてくれたことで、俺はもう一度だけ、自分の気持ちを考えた。
答えは、最初から決まっていたのかもしれない。
俺は、雫の隣にいたかった。
「雫」
「うん?」
歩く速度を落とすと、雫も自然に足を止めた。
駅前から少し外れた場所だった。人の声は聞こえるけど、さっきよりは静かで、頭上の街灯が二人の足元を照らしている。
「……ちょっと、いい?」
「うん」
雫がこちらを見る。
その目を見た途端、さっきまで頭の中で考えていた言葉が、綺麗に飛んだ。
何を言えばいい。
どう言えばいい。
普段なら、こんなことを考えたこともない。
仕事では、何十人もの人の前で台詞を言うことだってある。難しい役を任されることもあったし、緊張する撮影だって何度も経験してきた。なのに、たった一人を前にすると、言葉が出ない。
「……あの」
自分でも分かるくらい、声が硬かった。
「うん」
「俺………」
一度、息を吸う。雫は急かさずに待ってくれている。
「俺、雫と一緒にいる時間が……その、すごく好きです」
言ってから、自分で少し驚いた。敬語になってしまっている。
「……です?」
雫は小さく笑った。
「ふふ」
「いや、違くて、違わないけど……」
自分でも何を言っているのか分からなって、俺は一度目を伏せた。
「ごめん、なんかすごい緊張してる」
「分かる」
「ですよね……」
また敬語になった。雫がまた笑った。その笑顔を見て、少しだけ呼吸が戻ってきた。
「俺、ずっと考えてた」
今度はもう笑わなかった。
「雫とこのまま一緒にいれたら、それでいいと思ってた時期もあって。でも、最近はそれだけじゃ足りないって思うようになって……」
言葉を探しながら、一つずつ続ける。