恋と焦燥のロードマップ

雫のことも、会うたびに少しずつわかってきた。甘いものが好きで、特にプリンには妙なこだわりがあること。映画は派手な作品よりも、観終わった後に静かな余韻が残るような作品を好むこと。休日は一人で過ごすことも多く、天気の良い日は目的もなく散歩することがあること。そんな話を一つずつ聞いているうちに、最初はプロフィールの数行でしか知らなかった女性が、少しずつ一人の人間として近くなっていった。
俺のことについても、雫は少しずつ知っていってくれた。朝が弱いこと。料理が苦手なこと。意外と甘いものが好きなこと。忙しい日は帰宅してから何もしたくなくなること。仕事の話をするときは、俺が思っている時より真面目に聞いてくれること。ただ、俳優をしていることだけは話していなかった。
最初は、言う必要がないと思っていた。Linkには本名の「湊」で登録しているし、プロフィールにも仕事について詳しく書かなかった。顔写真を載せなかったのも同じ理由だ。南條湊斗として誰かに会いたいわけじゃない。俳優だからという理由で興味を持たれるのではなく、何も知らない状態から、自分自身を見てもらいたかった。
だから、雫が俺の仕事について深く聞いてこないことに、どこかほっとしていた。
ある日の仕事終わり、予定より撮影が早く終わった。楽屋で着替えを済ませ、スタッフに挨拶をしてからスマートフォンを取り出す。時計を見ると、まだ帰るには少し早い時間だった。
『湊:今日、もう仕事終わった』
送ってから、しばらく画面を眺めていると、雫から返信が来た。
『雫:お疲れさま』
『雫:珍しいね』
『湊:そうなんだよ』
『湊:だからちょっと暇』
すぐに既読がついた。
『雫:じゃあ、少し話す?』
その一言を見て、思わず笑った。
さっきまで俺は、撮影現場で南條湊斗として立っていた。スタッフに名前を呼ばれ、台本を確認し、カメラの前で演じる。そこでは俺の名前も顔も、仕事の一部として知られている。
でも、今こうしてスマートフォンを見ている俺は、ただの湊だった。雫にとっては、それでいい。