恋と焦燥のロードマップ

それから俺たちは、毎日のようにメッセージを交わすようになった。最初のうちは、仕事が終わったとか、今日は少し疲れたとか、帰り道に見つけた店が気になったとか、そんな他愛のない話ばかりだった。雫も俺も、相手のことを知ろうとしていきなり踏み込むようなことはしなかったし、返信が少し遅れたからといって気にすることもなかった。撮影が長引けば数時間スマートフォンを見ないこともあったし、雫からの返事が翌朝になっていることもあった。それでも、いつの間にかまた会話が始まっている。そんな距離感が、俺には妙に心地よかった。
雫は、自分のことを一度にたくさん話す人ではなかった。好きな食べ物を聞けばいくつか教えてくれるし、休日は何をしているのかと聞けば、家で映画を見たり、たまに一人で買い物に出かけたりすると答える。でも、そこから先をこちらが聞かなければ、それ以上は話さない。だから俺も、焦って質問を重ねることはしなかった。今日の会話の中で一つ知って、明日また一つ知ればいい。そのくらいでいいと思っていた。プロフィールに書かれていた「気が合う人と、ゆっくり仲良くなれたら嬉しいです」という言葉は、いつの間にか俺たちのやり取りそのものになっていた。
そんなやり取りを続けているうちに、少しずつお互いのことが分かってきた。雫は甘いものが好きだけど、ケーキよりもプリンを選ぶこと。休みの日は昼過ぎまで寝ていることもあるけれど、天気がいい日は一人で散歩に出ること。映画を見るなら、派手なアクションよりも静かな作品のほうが好きなこと。俺が何気なく話したことも覚えていて、数日後に「あれ、この前言ってたやつどうだった?」と聞いてくることがあった。そんな小さなやり取りが、俺には嬉しかった。
逆に、俺について雫が知っていることも少しずつ増えていった。仕事は忙しいけれど、忙しいこと自体は嫌いじゃないこと。家ではあまり料理をしないこと。意外と朝が弱いこと。人が多い場所より、静かなところのほうが落ち着くこと。もちろん、俳優をしていることは話していない。それでも、仕事の合間に送った短いメッセージや、帰宅してから交わす何気ない会話の中で、少しずつ「俺」という人間の輪郭が伝わっていくような気がしていた。
ある日の夜、撮影が予定より早く終わった。帰宅してからまだ時間があったので、いつものように適当に食事を済ませ、ソファに座ってスマートフォンを手に取った。雫とのメッセージ画面を開くと、最後に送ったのは俺のほうだった。返事はまだ来ていない。別に待っているわけじゃない。そう思いながら画面を閉じたものの、数分もしないうちに、また何となく開いてしまう。自分でも少し呆れてスマートフォンをテーブルに置いたところで、今度こそ本当に気にしないつもりだった。けれど、その直後に画面が明るくなった。
『雫:今帰ってきたところだよ』
思わず、口元が緩んだ。
『湊:お疲れ。今日は遅かったんだね』
『雫:うん。ちょっとだけ残業してた』
『湊:ちゃんとご飯食べた?』
『雫:食べたよ(笑)』
『湊:ならよかった』
そこまで送ってから、俺は一度スマートフォンを置いた。けれど、せっかく時間があるのだから、もう少し話してみたいという気持ちは残っていた。
『湊:俺も今日は早く帰れた』
『雫:珍しいね』
『湊:そうなんだよ。だからちょっと暇』
送った直後、少しだけ余計なことを言ったかもしれないと思った。すると、すぐに返事が来た。
『雫:じゃあ、少し話す?』