恋と焦燥のロードマップ

そんな得体の知れない焦燥感に背中を激しく蹴飛ばされてるようにして、昨日の夜、私はついに、国内最大手と言われているマッチングアプリ『Link』をスマートフォンにダウンロードした。
『真面目に将来を考えられる方を探しています』
そんな、自分で書いていて恥ずかしくなるほど無難なプロフィールを作り、週末に友達と一緒に遊んだ時に撮ったお気に入りの写真を登録した。それが、昨日の午前二時のことだ。
「――ねぇ、杏奈。さっきからため息ばっかり。さては、昨日の合コンの戦績が悪かった?」
マグカップを手に給湯室へ向かうと、同期の美智子がニヤニヤしながら待ち構えていた。私は慌てて周囲を見回し、吸湿のドアを少しだけ閉めて声を潜める。
「違うってば。合コンなんて打率低すぎて、もういく体力残ってない。……あのさ、美智子。誰にも言わないって約束できる?」
「何よ、改まっちゃって。社内恋愛の報告?」
「まさか。私……昨日から、始めちゃったんだよね。マッチングアプリ」
美智子が「えっ」と目を見開く。私はシンクに寄りかかり、さらに声を限界まで落とした。
「ほら、受付のあの子の婚約指輪を見たら、なんか本当にタイムリミットっていうか…焦っちゃって。『Link』っていうアプリなんだけど…。周りも結構やってるって言うし、普通に結婚を前提に付き合える相手を探したくて……」
その時だった。給湯室のわずかに開いたドアの隙間、廊下を通りかかった長身の影が、一瞬だけピタリと足を止めたのが見えた。
ミディアムグレーの仕立てのいいスーツ。乱れのない黒髪。営業部の若手エース、神谷誠也。年齢は二十六歳らしい。彫刻のように整った涼しげな顔立ちと、周囲の女子社員からの熱い視線をすべて無視するような冷徹なポーカーフェイスから、社内では「氷の王子」なんて裏であだ名されている後輩だ。業務上のやり取りでも「はい」「承知しました」以外は滅多に口にしない、無口を絵に描いたような男。
(あ…聞かれた…?)