時折、手元に置いたコーヒーカップにそっと手を伸ばすだけで、その一連の動作には、二十九歳の大人の女性としての落ち着いたスマートさがあった。彼女の横顔を照らすスクリーンの光は、あの頃のブラウン管のそれよりもずっと鮮明だったけれど、だからこそ、美月の目元に刻まれた微かな大人としての陰影が、俺たちの間に流れた『十数年』という歳月を、物理的な現実として突きつけてくるようだった。
美月は変わった。いや、変わったのではない。俺と同じように、東京という大都会で戦い、デザインの仕事で揉まれ、ちゃんとした『大人の女性』に成長したのだ。
その横顔を見つめながら、俺は再び、自分の胸の鼓動に耳を澄ませた。
相変わらず、心臓は静かな拍動を刻んでいるだけだった。
高校時代のように、肩が触れ合いそうな距離にいるだけで息が苦しくなるような、あの眩暈にも似た切なさはどこにもない。ただ、彼女が隣にいて、同じ映画を静かに共有しているという事実が、毛布に包まれているかのように温かく、心地よかった。
(……ああ、やっぱり、何かが違うんだ)
俺は心の中で、自分でもまだ正体の掴めない小さな違和感を、そっと飲み込んだ。
やがて映画はクライマックスを迎え、高校時代に何度も観た、あの切なくも美しいラストシーンへとたどり着く。画面が暗転し、エンドロールが流れ始めると、劇場内に明るい照明が灯った。
美月は小さく息を吐き出すと、ハーフアップにした髪を一度手で整え、俺の方を振り返った。
その目は、感動で少しだけ潤んでいるようにも見えた。
「……すごかったね、拓也」
「ああ、すごかった。やっぱり大画面で観ると、カメラワークの意地悪さが際立つな」
「でしょ?特にあの長回しのシーン、部室のテレビじゃ分からなかった細かい表情まで見えて、鳥肌立っちゃった」
席を立ち、ロビーへと歩きながら、俺たちは自然と映画の批評を始めていた。その会話のテンポは、驚くほど高校時代のままで、俺たちはあっという間にあの『映画批評部』の、ただ二人だけの部員に戻っていた。
シアターを出ると、外はすっかり夜の帳が降り、渋谷の街のネオンが冷たいアスファルトをきらきらと彩っていた。金曜日の夜の解放感が、街全体に満ちている。
「ねえ、拓也。まだ時間、大丈夫?」
美月がロングスカートの裾を軽く揺らしながら、俺を見上げた。
美月は変わった。いや、変わったのではない。俺と同じように、東京という大都会で戦い、デザインの仕事で揉まれ、ちゃんとした『大人の女性』に成長したのだ。
その横顔を見つめながら、俺は再び、自分の胸の鼓動に耳を澄ませた。
相変わらず、心臓は静かな拍動を刻んでいるだけだった。
高校時代のように、肩が触れ合いそうな距離にいるだけで息が苦しくなるような、あの眩暈にも似た切なさはどこにもない。ただ、彼女が隣にいて、同じ映画を静かに共有しているという事実が、毛布に包まれているかのように温かく、心地よかった。
(……ああ、やっぱり、何かが違うんだ)
俺は心の中で、自分でもまだ正体の掴めない小さな違和感を、そっと飲み込んだ。
やがて映画はクライマックスを迎え、高校時代に何度も観た、あの切なくも美しいラストシーンへとたどり着く。画面が暗転し、エンドロールが流れ始めると、劇場内に明るい照明が灯った。
美月は小さく息を吐き出すと、ハーフアップにした髪を一度手で整え、俺の方を振り返った。
その目は、感動で少しだけ潤んでいるようにも見えた。
「……すごかったね、拓也」
「ああ、すごかった。やっぱり大画面で観ると、カメラワークの意地悪さが際立つな」
「でしょ?特にあの長回しのシーン、部室のテレビじゃ分からなかった細かい表情まで見えて、鳥肌立っちゃった」
席を立ち、ロビーへと歩きながら、俺たちは自然と映画の批評を始めていた。その会話のテンポは、驚くほど高校時代のままで、俺たちはあっという間にあの『映画批評部』の、ただ二人だけの部員に戻っていた。
シアターを出ると、外はすっかり夜の帳が降り、渋谷の街のネオンが冷たいアスファルトをきらきらと彩っていた。金曜日の夜の解放感が、街全体に満ちている。
「ねえ、拓也。まだ時間、大丈夫?」
美月がロングスカートの裾を軽く揺らしながら、俺を見上げた。


