彼が結婚してくれなくて

優斗と出会ったのは、社会人三年目の冬。大学時代の同期に誘われた合コンがきっかけだ。

大学時代から付き合っていた彼氏とは、遠距離が理由で一年前に別れていた。それから、何度か合コンや街コンに参加したものの、これといった相手には出会えなかった。

そんな合コン慣れしてきた頃に参加したのが、今回の合コン。男性陣は全員、私と同い年だった。しかも、相手は誰もが知る大手インフラ企業に勤めているということもあって、期待値はかなり高かった。

当日は三対三。
少し薄暗い居酒屋の個室で、私たちは向かい合って座っていた。
優斗は私の目の前、正面から見て左端の席に座っていた。入室してきた姿を見ると、身長は175センチくらいだろうか。黒髪の短髪で、奥二重に鼻筋の通った顔立ち。
タイプだった。

「じゃあ、俺から時計回りに自己紹介していきましょう!」

幹事の男性がそう言うと、順番に自己紹介が始まった。私は四番目だった。
やっぱり、何度経験しても慣れない。自分の番が近づくにつれて、少しずつ緊張してきた。

「優斗って言います。幹事の航希とは会社の同期で、仕事は企画とかしてます。休みの日は映画を観たり、友達と飲みに行ったりしてます。今日はみんなで楽しく飲めたらと思ってるんで、よろしくお願いします!」

軽い拍手が起こる。続いて、私の番だ。
小さく深呼吸をしてから、口を開いた。

「はじめまして。沙織の大学時代の友達の晴菜です。専門商社で営業事務をしています。よろしくお願いします」

私がそう言うと、目の前にいる優斗がすぐに声を上げた。

「よっ、晴菜ちゃん!」

目が合うと思わず笑ってしまう。
ノリが軽い。初対面なのに、妙に距離の縮め方が早い人だった。

乾杯をして、しばらくは六人で他愛のない話をしていた。仕事の話や休日の過ごし方。誰かが話せば、みんなで笑う。
そんな時間が続いていたが、気づけば優斗は、何度も私に話題を振ってくるようになった。

「晴菜ちゃんって、趣味ある?」
「結構、映画が好き」
「俺も好き。何観るの?」
「邦画をよく観るかな。でも最近は、ジュラシック・ワールドが気になってる」
「いいじゃん!今度、一緒に行こうよ」

冗談なのか、それとも本気なのか。
その境界が分からないくらい、彼は自然に距離を縮めてくる。

嫌な気はしなかった。六人での合コンなのに、いつの間にか私たち二人だけの世界ができていた。周りの話し声が少し遠くに聞こえる。

この人と、付き合うかも。
そんな予感がした。


居酒屋を出たあと、二次会はカラオケだった。
私が先に席に座ると、優斗は当然のように私の隣に座った。誰かが曲を入れた。
イントロが流れると、男性陣から歓声が上がる。

「純恋歌さいこうー!」
「やっぱこれだよな!」

女子たちも手拍子をしながら、ノリノリで盛り上がっている。私も笑いながら拍手をした。

その日は、カラオケで終電間際まで騒いだあと、お開きとなった。

翌朝、目を覚ましてすぐにスマホを確認する。グループLINEができていて、優斗から個別LINEも届いていた。

『晴菜ちゃん、昨日はありがとう!来週の土曜日、ジュラシック・ワールド観に行かない?』
『昨日はありがとう!ぜひ!』

そうやって、初めてのデートはとんとん拍子に決まった。

待ち合わせは夕方。駅のシンボルでもある金色の時計の下で会うことになった。
約束の五分前に着いたが、優斗はすでに待っていた。短い髪にはワックスがつけられ、黒のチェスターコートに細身のパンツを合わせている。

「優斗くん、ごめん。待った?」
「全然!行こっか!」

駅から映画館までの道には、多くの人が忙しなく行き交っていた。冷たい空気に吐く息が白くなる。私もマフラーに顔を埋めるようにしながら歩いた。

映画館に着くと、彼は券売機の前でチケットを二枚購入した。私は慌てて財布を出そうとする。彼は手を軽く振った。

「そんなの、いいから」
「……ありがとう」

さらりと言ってみせる姿が男らしい。
映画を観終えると、感想を言い合いながら出口へ向かった。

「あのシーン、びっくりしなかった?」
「あれ、びっくりした!」
「俺、ポップコーン吹き出したもん」
「やばいね」

思わず笑った。相変わらず、軽い調子で冗談を飛ばしてくる。そんなやり取りをしながら、彼が予約してあるという居酒屋へ向かった。

店内に入ると、いくつも置かれた水槽が青白い光を放っていた。淡い明かりが薄暗い店内を照らし、水中にいるような幻想的な空間を作り出している。

「予約した成宮です」

優斗が店員に告げると、店の奥へと案内された。通されたのは、大きな水槽のすぐそばの席だった。水槽の中を泳ぐ魚たちが、青い光の中をゆっくりと行き交っている。

「本日はありがとうございます。Aコースで承っております」

店員が料理の説明をすると、一礼して席を離れていった。周囲の話し声はほとんど聞こえない。水槽の淡い光に包まれ、自然と優斗のことを意識してしまう。