その青は還る 完結

 そこは前に見たときよりも緩やかで、軽く見上げてみると、三日月が浮いていた。少し目を凝らせば星座も記せるような空だった。俺がぼんやりと眺めていると、ドアが開く音がして、止める間もなく、彼女は抜け出していった。

「おい、ゆづ……、なぁ」

 足元が見えづらくて、どこを歩いてるのかわからなかった。そこが砂浜なことは分かっているが、前に進む彼女をどうにか止めたかった。

「おい、待てって」

 その瞬間、彼女は座り込んで、波打ち際に両手をついた。

「つめたい……」

 少しだけ笑ったように聞こえた。
 先程まで沈んでいたのに、よく見ると靴も脱いでいて、俺は腰が抜けてしゃがみ込んだ。

「お前なぁ……、一言くらい声掛けろ」

 俺がそう言うと、彼女は笑って、短い髪の毛を耳に掛けながら、口を開いた。

「戸田さんの、子どものころって、どんな風でしたか?」

「どんなってなんだよ……」

 ポケットを探って、煙草を取り出し、手にしたまま、彼女を見た。

「いたずらっ子だった、とか、悪ガキだった、とか」その顔には、まだ少し頼りなさが残っていた。

「俺は、小さい頃から、何かしら書いてた」煙草を口にし、火を点けて、白い煙を吐き出した。

 すると彼女は、小さく頷いて、「小説家……ですか?」と尋ねてきた。

「まぁ……、似たようなもん」そう答えると、俺の顔を見つめるように、瞬きを繰り返した。思わず、「なんだよ」と眉を顰めた。

「いえ、なんか、髭生やしたら、それっぽくなりそうだなって、思って……」

 その何気ない一言が、どこかを軽く掠めていった。

「イメージがベタすぎんだよ……」と言いながら、煙を下に向けて吐き出した。

「じゃあ……」と言って、彼女は軽く握った手を、俺の前に上げて、ぱっと開いてから、「これもベタですか?」と笑った。というより、ニヤついていた。

「おま、火が消えんだろ」俺は彼女が掛けてくる水を躱した。それでもなお掛けてきて、「逃げたら負けです」と彼女は笑った。その顔が可愛く見えてしまった。

「……いい加減にしろ。冷えるし、車戻るぞ」

「はーい。いくぞ、無限の彼方へ」彼女は立ち上がると、大きく背伸びをして、明るく言った。

「どこに行くんだよ……」と呟いたら、彼女は「戸田さん」と呼んで立ち止まり、ポケットを探って、小さな紙袋を差し出してきた。

「なに」眉を顰めて聞くと、彼女は「初めてのお給料が入ったので……」と言って、俺の手を取って、手のひらに押し付けるように置いた。そして彼女は言った。

「あとで、家で開けてください。絶対に」

 切りたての髪が、月明かりに照らされて、毛先が羽のように見えた。