コンコン、とノックする音が聞こえて、ドアを開ける。
「タナカさん、また来てくれて嬉しい。ありがとう」
ニコッと笑って見せると、本指名のタナカさんは頬を赤らめた。
スーツのジャケットをハンガーに掛けて、タイマーを120分にセットした。
マットレスに座ったタナカさんの隣に私も腰を下ろす。
「ユキちゃん、2ヶ月連続No. 1おめでとう。すっかり人気嬢だね」
「ありがとう。ナンバーに拘ってないから実感ないんだけど、こうやってタナカさんが会いに来てくれるおかげだよ」
タナカさんは、私が入店してすぐについた客で、それからずっと指名し続けてくれている。
「ユキちゃんが人気嬢になって、喜ばなきゃいけないんだけど…予約が埋まってて取れない日があるから、ユキちゃんが離れていっちゃいそうな気持ちになるよ」
猫背で少しシャツがくたびれたままぽつりと呟くタナカさんは、俯いて顎に梅干しみたいなシワを寄せた。
「タナカさん、私は離れていかないよ。予約の件は、早い者勝ちになっちゃうけど、私はいつもお店にいるよ。だから、そんな顔しないで。ね、笑って?」
そっとタナカさんの太ももに手を置く。
「そうだよね。ユキちゃんは人気嬢になっても天狗にならないし…。ボク、もっとユキちゃんに会いに来れるように、仕事も予約も頑張るから!」
顔を上げたタナカさんの唇が近づいてくる。
「タナカさん、キスはシャワーを浴びて、歯磨きとイソジンをしてからね」
人差し指をタナカさんの唇に軽く当ててから、立ち上がる。
気分を害さないように、だけどプレイ前のマナーを守るように、シャツを脱がせて手を繋ぎながらシャワールームへ入った。
ーーーー
「今日も最高だったよ。またよろしく」
3人目の本指名をドアの前から見送った後、置き時計に目をやるとちょうど0時になる前だった。
プリティドールのコース設定は、60分、75分、90分、120分だ。
今日は、本指名3人がロングコースの120分。
1本目のタナカさんの接客を終えた後、次の本指名の案内が来る5分の間に、またベビードールに着替えて、軽く化粧直しをして、2本目、そして3本目の接客をこなした。
ベビードールを脱いで、畳んでマットレスの上に置く。
サイドテーブルの下から私服を取り出して、着替えながら、入店時に面接を担当した店長が言っていたことをぼんやりと思い出す。
『君は絶対に人気嬢になるよ!業界未経験で擦れていない。話し方も男ウケする!何より顔が良い、美人だけどウブな可愛さもある!源氏名は…そうだね、肌が雪のように白いから、ユキちゃんにしよう』
3ヶ月前、私は『プリティドール』の『ユキ』になった。
未経験で飛び込んだこの業界で、気付けばNo. 1になっていた。
それが、凄いことなのかどうかなんて分からない。
目標がある訳でもないし、ブランド品が欲しい訳でもない。
ただ、この店で働いている限り、店に月3万円払えば、店が寮として借り上げているアパートに住み続けられる。
『仲の良いキャストが出来ても、寮住みってことは内緒にしてね。何か問題が起きた時、女の子同士の問題に店側は介入出来ないから。それから、彼氏やお客様含めた男の連れ込みは禁止。これも店のルールだからね』
入店が決まって、初めて寮に案内された時に店長に言われた言葉。
彼氏なんてもってのほか、仲の良いキャストも私にはいない。
ふと置き時計に目を向けると、時刻は0:15を示していた。
ドアを開けて、狭い廊下を渡った所に、受付兼・待合室がある。
客のいなくなった店内は、清算待ちのキャストが数人、楽しそうにお喋りをしながら待合室の椅子に座っている。
少し離れた位置の椅子に腰掛けると、受付のパネルが視界に入った。
【No. 1 ユキ・大当たり間違いなし!天使の笑顔】
カメラ目線で微笑む、ベビードール姿の私が、大きなパネルで飾られている。
入店してすぐに撮った宣材写真。
このパネルを見て、私を指名する客もいるのだろう。
「ユキちゃん、お待たせしました!清算しましょう」
店長の声がして椅子から腰を上げると、キャストの視線が突き刺さった。
「こちらが本日のお給料です。今日も満枠、ありがとうございました!お疲れ様でした!」
「ありがとうございます。お疲れ様です」
給料をバッグにしまい、最低限の挨拶をする。
「…満枠だって。ウチなんて、今日フリー1本なんだけど」
「ねー。店から推されすぎだよね」
突き刺さる視線に、嫌でも聞こえるヒソヒソ話。
気にしない。そう思っても、決して心地良いものではない。
裏口の扉を開け、一歩踏み出すと、深夜の冷たい風が頬を掠めた。
