駅前のスタバに入って、窓際のカウンター席に並んで座った。テーブル席で正面から顔を見合わせるのはまだ無理だ。
帰宅ラッシュの人の群れを眺めながら不思議な気持ちになる。まだ、怒涛の状況の変化について行けていない自分がいる。
小田君がカップを口に運んだ。持つ手に目が留まる。長くて綺麗な指だ。
「ごめんね。足痛いのに、あんな所まで呼び出しちゃって」
「大丈夫だよ。普通に歩く分にはどうってことない。それにしても、トワサキとトワガク間違えて行っちゃってたなんてな……」
「事前に調べてから行ったんだけど……。駅前の一番乗り場からバスに乗って、って……」
「確かに、トワサキもトワガクも一番乗り場なんだよな。違うバスなんだけど」
「あまりにも偶然だけど、あの子の言ってたこと、本当なんだろうね」
「トワガクに俺と同姓同名の生徒がいて、事故で死んじゃったってこと?」
「だって普通しないでしょ。そんな作り話。それにあの子、噓ついてるようには見えなかったし」
「オダショウタなんてどこにでもありそうな名前だしな……」
わたしは心の中でそっと、会ったこともないオダショウタ君の冥福を祈った。
「それにしても、よく俺のこと幽霊だって信じたよね。こんなにはっきりといるのにさ」
「だって、いきなり後ろに出現したらそう思うでしょ。それにほっぺたとか手とか、すっごく冷たかったし」
「別にいきなり出現したわけじゃないよ。お寺に寄ってて、そっから普通に歩いて来ただけ。そっちが気づかなかっただけでしょ。ほっぺとか手とか冷たかったのは、単にしばらく外にいたからだよ。だって今日寒いじゃん」
返す言葉もない。
「それに抱き着いた時、体は温かかっただろ。心臓だってあんなにドキドキ言ってたのに、それでも幽霊だと思ってたなんて」
確かにそうだ。今考えると、小田君の心臓の鼓動ははっきりとわたしの耳に届いていた。また耳が熱くなる。わたしはキャラメルマキアートを一口飲み込んだ。
「俺、内山先生の葬式の日に川口さんと初めて会ったあと、まさかまた会えるなんて思ってなかったから、中間テストの前の日、公園に君が現れた時はマジでびっくりしたんだ」
「わたしも、ピンクのボール蹴ってるのがまさか小田君だなんて思わなかった」
「この際だから言うけど、その次の日も公園で会ったのは偶然じゃない。俺、わざわざ行ったんだ。川口さんがいるはずないのに、なんとなく会える気がして」
まさかの事実に、胸がキュンとなる。
「俺ホントは内山先生の葬式の時、川口さんのこと見かけてかわいいなって思ってたんだ。不謹慎だけど。担任の先生の悲しい顔見るのは辛かったけど、それとこれとは別っていうか、かわいいって、思っちゃうもんは思っちゃうっていうか。でも別に、声かけようとかそういうふうに思ってたわけじゃなくて、たまたま戸塚につかまってるの見て、見過ごせなかったっていうか……」
二人同時にカップを口に運ぶ。多分小田君も照れ隠しだ。
「それ、どうしたの?」
小田君がわたしのペンダントに気づいて尋ねた。そういえばしていることをすっかり忘れていた。
「これね、あのお姉さんから買ったの。小田君にちょうちょ買ってもらった、あのアクセサリー屋さんの」
「わざわざ行って?」
「違う場所で、偶然」
「お守りかなんか?」
ドキッとする。もう願いは叶ったんだから言ってしまおう。
「これね、何でも願いを叶えてくれる石なんだって」
「何でも?」
「何でも」
「何でもはすごいな。何てお願いしたの?」
目が合う。
「また小田君に会えますようにって」
「確かに、叶ったね」
もし値段を言ったら、小田君はびっくりするだろう。本当は何万円するのか、何十万円するのか知らないけど、たった八千円に負けてもらったと言ったら。そしてきっと目を丸くして言うと思う。「ぼったくりに決まってんじゃん!」って。
だけど。
「ねえ、今日部活行かなくてよかったの?」
「整骨院に行くって言って休ませてもらった」
「整骨院、行ったの?」
「行ってない」
「大丈夫なの?」
「昨日ちゃんと処置してもらってるから」
「なんか、ごめんね」
「君が謝ることないよ。どうせしばらくはボール蹴ったりできないし」
「でももしケガしてなかったら、部活休めなかったよね?」
「まあ……」
わたしも中学生の頃は部活をしていたからわかる。部活はなかなか休みづらいものだ。普通の学校でもそうなのに、小田君の学校はサッカーの強豪校らしいし、本人だって休みたくないというのが本音だと思う。
(善とか悪とか関係なく、身に着けている人が強く強く願ったことが一つだけ叶うんだって)
小田君がケガをしてしまったのは、わたしが会いたいと強く強く願ったからかもしれない。
小田君、やっぱりごめんね。横顔を見ながら、心の中でそうつぶやいた。
いいと言ったのに、平気だからと、小田君はケガした足でバス停まで送ってくれた。
バスが来るまで、手を繋いで待つ。小田君の手は温かい。
来なければいいのに、バスは来た。
扉が開いて、他の人がみんな乗るのを待ってから、わたしたちは手を離した。
「じゃあね」
「気を付けて」
扉が閉まる寸前、小田君が呼んだ。
「藍子!」
びっくりして振り返る。閉まった扉の向こうで、小田君はものすごく照れくさそうに、でもまっすぐにわたしを見て手を振った。わたしも手を振り返した。
バスに揺られながら、うれしさをぎゅっと嚙み締める。
本当にそうやって噛み締めていないと、感情が溢れ出して、一人で笑い出してしまいそうだった。
<了>
帰宅ラッシュの人の群れを眺めながら不思議な気持ちになる。まだ、怒涛の状況の変化について行けていない自分がいる。
小田君がカップを口に運んだ。持つ手に目が留まる。長くて綺麗な指だ。
「ごめんね。足痛いのに、あんな所まで呼び出しちゃって」
「大丈夫だよ。普通に歩く分にはどうってことない。それにしても、トワサキとトワガク間違えて行っちゃってたなんてな……」
「事前に調べてから行ったんだけど……。駅前の一番乗り場からバスに乗って、って……」
「確かに、トワサキもトワガクも一番乗り場なんだよな。違うバスなんだけど」
「あまりにも偶然だけど、あの子の言ってたこと、本当なんだろうね」
「トワガクに俺と同姓同名の生徒がいて、事故で死んじゃったってこと?」
「だって普通しないでしょ。そんな作り話。それにあの子、噓ついてるようには見えなかったし」
「オダショウタなんてどこにでもありそうな名前だしな……」
わたしは心の中でそっと、会ったこともないオダショウタ君の冥福を祈った。
「それにしても、よく俺のこと幽霊だって信じたよね。こんなにはっきりといるのにさ」
「だって、いきなり後ろに出現したらそう思うでしょ。それにほっぺたとか手とか、すっごく冷たかったし」
「別にいきなり出現したわけじゃないよ。お寺に寄ってて、そっから普通に歩いて来ただけ。そっちが気づかなかっただけでしょ。ほっぺとか手とか冷たかったのは、単にしばらく外にいたからだよ。だって今日寒いじゃん」
返す言葉もない。
「それに抱き着いた時、体は温かかっただろ。心臓だってあんなにドキドキ言ってたのに、それでも幽霊だと思ってたなんて」
確かにそうだ。今考えると、小田君の心臓の鼓動ははっきりとわたしの耳に届いていた。また耳が熱くなる。わたしはキャラメルマキアートを一口飲み込んだ。
「俺、内山先生の葬式の日に川口さんと初めて会ったあと、まさかまた会えるなんて思ってなかったから、中間テストの前の日、公園に君が現れた時はマジでびっくりしたんだ」
「わたしも、ピンクのボール蹴ってるのがまさか小田君だなんて思わなかった」
「この際だから言うけど、その次の日も公園で会ったのは偶然じゃない。俺、わざわざ行ったんだ。川口さんがいるはずないのに、なんとなく会える気がして」
まさかの事実に、胸がキュンとなる。
「俺ホントは内山先生の葬式の時、川口さんのこと見かけてかわいいなって思ってたんだ。不謹慎だけど。担任の先生の悲しい顔見るのは辛かったけど、それとこれとは別っていうか、かわいいって、思っちゃうもんは思っちゃうっていうか。でも別に、声かけようとかそういうふうに思ってたわけじゃなくて、たまたま戸塚につかまってるの見て、見過ごせなかったっていうか……」
二人同時にカップを口に運ぶ。多分小田君も照れ隠しだ。
「それ、どうしたの?」
小田君がわたしのペンダントに気づいて尋ねた。そういえばしていることをすっかり忘れていた。
「これね、あのお姉さんから買ったの。小田君にちょうちょ買ってもらった、あのアクセサリー屋さんの」
「わざわざ行って?」
「違う場所で、偶然」
「お守りかなんか?」
ドキッとする。もう願いは叶ったんだから言ってしまおう。
「これね、何でも願いを叶えてくれる石なんだって」
「何でも?」
「何でも」
「何でもはすごいな。何てお願いしたの?」
目が合う。
「また小田君に会えますようにって」
「確かに、叶ったね」
もし値段を言ったら、小田君はびっくりするだろう。本当は何万円するのか、何十万円するのか知らないけど、たった八千円に負けてもらったと言ったら。そしてきっと目を丸くして言うと思う。「ぼったくりに決まってんじゃん!」って。
だけど。
「ねえ、今日部活行かなくてよかったの?」
「整骨院に行くって言って休ませてもらった」
「整骨院、行ったの?」
「行ってない」
「大丈夫なの?」
「昨日ちゃんと処置してもらってるから」
「なんか、ごめんね」
「君が謝ることないよ。どうせしばらくはボール蹴ったりできないし」
「でももしケガしてなかったら、部活休めなかったよね?」
「まあ……」
わたしも中学生の頃は部活をしていたからわかる。部活はなかなか休みづらいものだ。普通の学校でもそうなのに、小田君の学校はサッカーの強豪校らしいし、本人だって休みたくないというのが本音だと思う。
(善とか悪とか関係なく、身に着けている人が強く強く願ったことが一つだけ叶うんだって)
小田君がケガをしてしまったのは、わたしが会いたいと強く強く願ったからかもしれない。
小田君、やっぱりごめんね。横顔を見ながら、心の中でそうつぶやいた。
いいと言ったのに、平気だからと、小田君はケガした足でバス停まで送ってくれた。
バスが来るまで、手を繋いで待つ。小田君の手は温かい。
来なければいいのに、バスは来た。
扉が開いて、他の人がみんな乗るのを待ってから、わたしたちは手を離した。
「じゃあね」
「気を付けて」
扉が閉まる寸前、小田君が呼んだ。
「藍子!」
びっくりして振り返る。閉まった扉の向こうで、小田君はものすごく照れくさそうに、でもまっすぐにわたしを見て手を振った。わたしも手を振り返した。
バスに揺られながら、うれしさをぎゅっと嚙み締める。
本当にそうやって噛み締めていないと、感情が溢れ出して、一人で笑い出してしまいそうだった。
<了>
