それでも明日、あの場所で待ってる

「でも結局、全部白紙撤回。何をどんなふうに話し合ったのか知らないけど、離婚はしないってことになって。俺も転校しなくてよくなった。サッカーも続けられる。ただし、もっと成績を上げるって条件付きで。まあ、今まで勉強しなかった俺も悪いけど、親ってホント勝手だなあと思ってさ。でもとにかく、俺はどこへも行かない」

なんとなく、小田君の言っていることがしっくりこない。転校しなくてよくなったからって、今までどおりサッカーや勉強を続けられるものなんだろうか。だって、小田君はもう……。

もしかして小田君は、自分が死んでしまったことに気づいていないのかもしれない。そういう話は聞いたことがある。それともペンダントの石が、小田君の死そのものを取り消したとでも……。

「俺、もうダメだと思ってたんだ。はっきり言って」

小田君の横顔を見上げた。小田君もちらっとこっちを見る。

「いつだっけ? 川口さん、LINEくれたじゃん。『テスト頑張ってね』って。あれ気づいたの夜遅かったから、もし寝てたら起こしちゃまずいと思って返信しなかったんだ。だけどそのあとさっき言ったみたいなことでマジごたついて、連絡しそびれちゃって……。そんで、間が空くと連絡しづらくなるっていうか、もう、そっちからも連絡一切来なかったから、余計連絡しづらいって感じで、せっかく仲良くなれたのに、もうダメかもなって……。だから、昨日連絡もらった時はすっごくうれしかった。実は俺から連絡しようと思ってたとこだったんだ。引っ越さなくてよくなったって。『だから何?』って思われてもいいから、勇気を出してとりあえず連絡しようって」

嚙み合っていない気がする。ストーリーが。

「あの……小田君、事故に遭ったんだよね?」

「うん」

「それでずっと、意識不明……だったんだよね?」

「誰が?」

「小田君が」

「俺が?」

わたしはとまどいながら頷いた。

「まさか。足首をねん挫しただけだよ」

小田君は右足を少し前に出すようにしてズボンの裾を上げた。状況がよく理解できなくて、わたしは黙ったまま、がっちりとサポーターの巻かれた足首を見つめた。

「昨日自転車に乗ってたらいきなり飛び出して来た車とぶつかって。それでバランス崩して変な倒れ方しちゃって」

「昨日?」

更に頭が混乱してきた。聞いた話と全く違う。

「わたし、学校に行ったんだよ?」

「え? 俺の?」

「ストーカーみたいって自分でも思ったけど、どうしてももう一度だけ会いたかったの。だから遠くから見るだけって思って学校に行って、たまたま通りかかった女の子に聞いたの。小田君のこと。そしたら、先週の木曜日に亡くなったって……」

「はあ!? 俺が? なんでだよ」

あの子が嘘を吐いたんだろうか。でもとてもそんな風には見えなかった。

「誰かと勘違いしてたんじゃないの? 俺、小田和正のオダだよ? 織田信長とか、尾田栄一郎じゃなくて」

「そんなこと言われてもよくわかんないよ」

「知らない? 大物ミュージシャンの……」

「そういうことじゃなくて……」

「で、誰がそんなこと言ったの?」

「名前はわかんないけど、背中に蹴球部って書いてある赤いジャージ着てた」

「蹴球部? 赤? うちのサッカー部そんなジャージじゃないよ」

「女子部の方じゃないの?」

「うちに女子サッカーはない」

「だったら、どっかよその学校が練習試合かなんかで来てたのかな」

「ここんとこそういうの無いけどなあ……」

「わたしの見間違いだったのかなあ。でも確かに書いてあったと思うんだけどなあ。十和崎学園蹴球部って」

「十和崎学園? あの、中高一貫のトワガク?」

よくわからず、わたしは首を傾げた。

「俺、トワサキ。十和崎高校。十和崎学園とは別。十和崎学園のことはトワガク、十和崎高校のことはトワサキって呼ぶんだ」

ということは、つまり……。

わたしたちは黙って顔を見合わせた。小田君は何か考えるように一度視線を外すと、再びわたしを見た。

「あのさあ。川口さんもしかして、さっきから俺のこと、幽霊だと思ってた?」

わたしは自分でみるみる顔が赤くなっていくのがわかった。小田君は死んでなんかいなかったのだ。なのにいきなり抱き着いて「消えないで」なんて……。逆に今すぐこの場から消えてほしい。そうじゃなければ自分がここから飛び去ってしまいたい。

わたしは繋いでいた手を引き抜くように離した。あまりの恥ずかしさに駆け出そうとした途端、小田君に腕を掴まれた。

「待てって」

顔なんか絶対見られない。バカ過ぎて心臓が止まりそうだ。いっそ止まってほしい。

「俺のこと死んだと思ってたんなら、なんでゆうべ、ここで待ってるって連絡くれたの?」

それは……。

わたしはやっぱり逃げ出そうとした。すると逆にぐいっと引き寄せられ、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「お願いだから行くなって」

何の涙かわからない涙が頬を伝う。小田君が生きていてくれてよかった。恥ずかしくて死にそうだけど、本当によかった。本当に……。

小田君はそっと腕を外すと、わたしをゆっくりと回れ右させた。そしてやさしく、キスをした。