小田君に会いたい。小田君に会いたい。小田君に会いたい……。
心の中でつぶやきながら、一段一段登る。待ち合わせの場所をわざわざあの高台にしたのは、そこが小田君の大好きな場所だったからだ。
気温の低い日だったけれど、階段を登り終えた頃には体はポカポカしていた。
あの日、小田君と並んで立った場所で、息を整えて、眼下に広がる景色を見下ろす。さっきまで首をすくめていた冷たい風が、今は逆に心地いい。
わたしは胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。
絶対来る。絶対来る。絶対来る―。自分に強く言い聞かせる。大丈夫。大丈夫。大丈夫―。だって、小田君は返事をくれた。〈わかった〉って。
下から続く階段を見つめて待つ。
三十分ほど待っている間、上まで登って来たのは坊主頭の中学生が一人だけだった。心地よかった風も、また首をすくめる冷たい風に戻った。
小田君は来る。絶対に来てくれる。ぽん、ぽん、ぽんと、一段飛ばしで軽々と登ってくる小田君の姿を想像しながら、一心に階段を見つめ続けた。
「川口さん」
不意の呼びかけにびっくりして振り返ると、音もなく現れ、そこに立っていたのは小田君その人だった。思わず息を呑む。
「もう来てたんだ? ごめん。待った?」
まさか、本当に……。
息をするのも忘れて小田君の顔を見つめ続けた。
おそるおそる手を伸ばし、彼の頬にそっと触れる。微かにびくっとしたその頬は、とても冷たかった。わたしは思わず小田君に抱き着いた。
「川……口さん?……」
「藍子でいい。本当はそう呼んでほしかったの。お願い小田君、このまま消えないで。わたし困ってるの。小田君がいなくなって困ってるの。いなくなったら困るってわかったから。だからお願い。どうか消えないで。わたしのことが嫌いならそれでもいいから、生きていてほしいの。ただ生きていてほしいの。お願い。どこへも行かないで」
小田君を離すまいと、体に回した腕に力を入れる。
「行かないよ」
「本当に?」
わたしは小田君の顔を見上げた。
「本当」
小田君がやさしく見下ろす。顔と顔の距離がとても近い。小田君はバチバチッと瞬きをして目を逸らした。
「でもどうやって? これからどうやってこの世界で生きていくの?」
「どうやってって……。別に今までと何も変わらないよ」
その時、坂の上から自転車に乗った数人の男子高校生が降りてきた。そして口々に冷やかすような声をあげながら、シャーっと横を通り過ぎて行った。
「あの、川口さん、一旦離れようか」
「でも……」
「大丈夫。俺はどこにも行かないから」
「じゃあ手をつないで。それならいいでしょ」
やっぱり、どうしても不安だったのだ。引き留めておかないと、消えてしまいそうな気がして。
体を離すと、小田君はそっと左手を差し出した。わたしは右手で、その手を握った。やっぱり、とても冷たい。
「俺、事故に遭っちゃって……」
「わかってる」
「え?」
「その話はやめない?」
手を繋いで並んで立ち、下を見下ろす。
しばらくしてわたしは口を開いた。
「ごめんね。小田君の夢のこと、なんとなくバカにするような言い方して。ずっと謝らなきゃって思ってたの」
「そんなこと気にしてたの? いいよ別に。もっと現実的に考えろって言われることの方が実際多いし。今回のうちのいざこざの原因の一つでもあるし」
「いざこざ?」
「実はうちの親が離婚するとかしないとかでモメてさ。母さんは、俺がサッカーばっかりやってるのが気に入らないんだ。元々、十和崎高校に行くのも反対してた。でも親父は自分のやりたいことをやれって主義で、俺のこと応援してくれて。それで母さんも一旦は折れたんだけど、高校に入ってどんどん成績が落ちちゃったもんだから、ついにサッカーやめろって言いだして……。もう子どもじゃないんだから、ちゃんと現実を見ろって。人は食べていかなきゃいけないんだからって。親父は親父でさ、息子の可能性を潰すな、とか言って大喧嘩。それでもう離婚するって。で、母さんが俺を連れて出て行くって。どっかの厳しい全寮制の進学校に転校させれば、今からでも間に合うからって。あの夫婦、今までもちょくちょく喧嘩はしてたけど、今回のはマジでちょっとヤバいなって感じで、実際、途中まで手続き進めてたみたいなんだ。まあ、原因は俺のことだけじゃないと思うけどね」
「そうだったんだ……」
心の中でつぶやきながら、一段一段登る。待ち合わせの場所をわざわざあの高台にしたのは、そこが小田君の大好きな場所だったからだ。
気温の低い日だったけれど、階段を登り終えた頃には体はポカポカしていた。
あの日、小田君と並んで立った場所で、息を整えて、眼下に広がる景色を見下ろす。さっきまで首をすくめていた冷たい風が、今は逆に心地いい。
わたしは胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。
絶対来る。絶対来る。絶対来る―。自分に強く言い聞かせる。大丈夫。大丈夫。大丈夫―。だって、小田君は返事をくれた。〈わかった〉って。
下から続く階段を見つめて待つ。
三十分ほど待っている間、上まで登って来たのは坊主頭の中学生が一人だけだった。心地よかった風も、また首をすくめる冷たい風に戻った。
小田君は来る。絶対に来てくれる。ぽん、ぽん、ぽんと、一段飛ばしで軽々と登ってくる小田君の姿を想像しながら、一心に階段を見つめ続けた。
「川口さん」
不意の呼びかけにびっくりして振り返ると、音もなく現れ、そこに立っていたのは小田君その人だった。思わず息を呑む。
「もう来てたんだ? ごめん。待った?」
まさか、本当に……。
息をするのも忘れて小田君の顔を見つめ続けた。
おそるおそる手を伸ばし、彼の頬にそっと触れる。微かにびくっとしたその頬は、とても冷たかった。わたしは思わず小田君に抱き着いた。
「川……口さん?……」
「藍子でいい。本当はそう呼んでほしかったの。お願い小田君、このまま消えないで。わたし困ってるの。小田君がいなくなって困ってるの。いなくなったら困るってわかったから。だからお願い。どうか消えないで。わたしのことが嫌いならそれでもいいから、生きていてほしいの。ただ生きていてほしいの。お願い。どこへも行かないで」
小田君を離すまいと、体に回した腕に力を入れる。
「行かないよ」
「本当に?」
わたしは小田君の顔を見上げた。
「本当」
小田君がやさしく見下ろす。顔と顔の距離がとても近い。小田君はバチバチッと瞬きをして目を逸らした。
「でもどうやって? これからどうやってこの世界で生きていくの?」
「どうやってって……。別に今までと何も変わらないよ」
その時、坂の上から自転車に乗った数人の男子高校生が降りてきた。そして口々に冷やかすような声をあげながら、シャーっと横を通り過ぎて行った。
「あの、川口さん、一旦離れようか」
「でも……」
「大丈夫。俺はどこにも行かないから」
「じゃあ手をつないで。それならいいでしょ」
やっぱり、どうしても不安だったのだ。引き留めておかないと、消えてしまいそうな気がして。
体を離すと、小田君はそっと左手を差し出した。わたしは右手で、その手を握った。やっぱり、とても冷たい。
「俺、事故に遭っちゃって……」
「わかってる」
「え?」
「その話はやめない?」
手を繋いで並んで立ち、下を見下ろす。
しばらくしてわたしは口を開いた。
「ごめんね。小田君の夢のこと、なんとなくバカにするような言い方して。ずっと謝らなきゃって思ってたの」
「そんなこと気にしてたの? いいよ別に。もっと現実的に考えろって言われることの方が実際多いし。今回のうちのいざこざの原因の一つでもあるし」
「いざこざ?」
「実はうちの親が離婚するとかしないとかでモメてさ。母さんは、俺がサッカーばっかりやってるのが気に入らないんだ。元々、十和崎高校に行くのも反対してた。でも親父は自分のやりたいことをやれって主義で、俺のこと応援してくれて。それで母さんも一旦は折れたんだけど、高校に入ってどんどん成績が落ちちゃったもんだから、ついにサッカーやめろって言いだして……。もう子どもじゃないんだから、ちゃんと現実を見ろって。人は食べていかなきゃいけないんだからって。親父は親父でさ、息子の可能性を潰すな、とか言って大喧嘩。それでもう離婚するって。で、母さんが俺を連れて出て行くって。どっかの厳しい全寮制の進学校に転校させれば、今からでも間に合うからって。あの夫婦、今までもちょくちょく喧嘩はしてたけど、今回のはマジでちょっとヤバいなって感じで、実際、途中まで手続き進めてたみたいなんだ。まあ、原因は俺のことだけじゃないと思うけどね」
「そうだったんだ……」
