モブ令嬢と敵国赤ちゃんの育児日記〜婚約破棄寸前ですが後の皇帝に国が滅ぼされないよう頑張ります〜

 とある日、私が天を仰いだ時のことだった。




「おぎゃーおにゃーー!!」






 ーー晴れ渡る青空の中、赤ちゃんがゆっくりと空から降ってきた。



 私は前世、早くに両親を失いおばあちゃんに育てられた日本人の十四歳の中学生だった。

 今世こそは両親に恵まれた人生をーーそう思っていたけれど、何の因果か、今世でも戦争と流行病の影響で十二歳を迎えた頃にはひとりぼっちになってしまう。

 つくづく親と言うものには縁が無いのだと諦めがついてきた今日この頃。

 唯一の前世チートーーオタクの技術を活かせるかを試みていた。

 その結果、前世で幼い頃から漫画家になりたくて「人の骨格を描いた方がいい」と憧れの漫画家コメントに影響されたことが、多少なりとも役立てることが判明した。

 数枚の似顔絵を売ってお小遣い稼ぎをした帰り道ーーそろそろ婚約破棄される頃合いで、行く当ても生きのびるあてもない私は途方に暮れていたところに赤ちゃんが空から降ってきたので抱き留めた。

 
 泣き声が赤ちゃんぽいなと半信半疑だった私だけれど、おくるみに包まれ、腕の中でぱっちりと赤色の目を開いた銀髪の赤ちゃんを見て、空からやってきたのは赤ちゃんで間違いないことを理解したーー

 しかも。この赤ちゃんは宝石眼のくりくりおめめとケモ耳を生やしていたので、前世の記憶がある私はすぐに気が付いてしまった。

(いやいや待って、この特徴……。前世で読んだ小説〝銀狼の皇帝と聖女〟の、冷徹皇帝ーーラファエル・アウレリス?!)




「この子、私の国を滅ぼす皇帝じゃないですか」
「バブゥ!」




♢♢♢





 私の名前はエミリア・ハルベルク十四歳。

 このミシウス王国の片隅で、訳ありながら慎ましく暮らす貴族の娘……平たく言えば、物語の背景にすら映らないような「モブ」である。

 そんな私の腕の中で、ーー将来この国を血の海に沈める予定の暴君が、必死に自分の尻尾を追いかけようとして転がっている。

(……いや、可愛い。可愛すぎる。けど、小説のラファエルは凄まじかったなぁ……将来あんなんなるのかぁ)

 彼は赤ちゃんの頃、隣国から訳あって戦争中の敵国に転移で逃がされた可哀想な皇太子である。

 そう。その敵国こそが、私のいるミシウス帝国である。
 一応今は終戦間近とまで言われるくらいには落ち着いて来たようで、いずれ冷戦状態になる予定だ。

 そしてこの赤ちゃんはそんな冷戦状態に終止符をうち、私の国を一気に滅亡に追いやる恐ろしい赤ちゃんなのだ。

 理由は至極簡単だ。

 私のいる国は人間の国。

 そして赤ちゃんの母国は獣人の国。

 ーーそう、明らかに耳の形も位置も違う。

 こんな見た目で敵国の人間だとわかっているのに、赤ちゃんを拾ったどっかのモブが適当な孤児院に赤ちゃんを預けた結果、赤ちゃんは酷い虐待やイジメを受け育つ。

 何故ならそこは戦争で親を失った子供や、配偶者を失った職員が沢山居たから。その怒りを弱い者に押し付けたのだ。

 そんな環境でも、無事に育ったのには理由がある。

 この赤ちゃん、こんな形をしていてもすでにIQが高く、記憶力も良かったのだ。

 成長して皇帝としての力を開花させた頃、受けた屈辱を倍返しにすると言わんばかりにこの国を焼き尽くすのだ。

 そんな心の傷を抱える皇帝の元にヒロインである聖女が現れて、時間をかけるうちに聖女の純粋さに心打たれ、溺愛してゆき、ハッピーエンドを迎える恋愛ファンタジーだ。




 記憶を思い出してからと言うもの、余計なモブが考えなしに余計なことしやがってと思っていたが、なるほどーーそのモブは私であることがこれでわかった。



「えー…私、今は婚約者の家に居候してるんだよなぁ。どうしよう」


 草原でころころ転がりながら、〝キャッキャッ〟と楽しそうにしている赤ちゃんを目で追う。

(うーん。可愛い。
どう見ても普通の赤ちゃん。
とてもIQが高そうには見えないなぁ)
 
 本当にIQが高いのか怪しく感じていると、よちよち歩きでこちらに来て、両手を広げ、抱っこをせがんで来た。

  
「あうあう。あうあうあう!(みるく!)」


「…ん?」

(今、何か副音声が聞こえたような)


「うーうーうー?(つたわらない?)うーうーー?」

 心なしか、副音声が聴こえる気もするが、赤ちゃんの表情はお目目ぱっちりで純粋無垢そのものである。
 やはり、気のせいなのだろうかと言う希望にかけて問いかけてみた。

「あのー、もしかして、私に喋ってます?」


「あい!」



 にぱっと両手を上げて微笑む赤ちゃんから副音声は遮断されたが、肯定しているように見えた。

 おろしてと言うジェスチャーをしているので、地面に置くと、丸めて置いてあったおくるみの側によちよち歩きで行く。

 ガサゴソ中を弄り、おくるみの中から何かを取り出した。からの哺乳瓶である。


「だっ!だっ!」

「ミルクかぁ、私は母乳が出ないからなぁ。前世も十四歳で死んだから育児なんかわからないし。やっぱり孤児院に…いやでも…」

「あーーーーん!!!あーー!!あーーーん!!」


 ぶつぶつ言っている間に泣き出してしまったので、慌てて抱っこしてあやしてみると、すぐに泣き止んで哺乳瓶をぐいぐい顔に当てがってきた。


 瓶と小さな手が見える向こうには「だ!だ!」と主張している赤ちゃんの丸い顔があった。


「わかった!わかったから、ちょっと待ってて。ミルクを探してみるから」



 おくるみを拾い上げて、赤ちゃんを包み、ひとまず居候をしている婚約者の邸宅へと帰ることにした。

 
(赤ちゃんって皆こんな感じなのかな…?)





 こうしてーーエミリアは〝赤ちゃん〟と言う名の時限爆弾を抱える日々の幕が上がった。