チリン、と最後の優しい音が胸の奥で響いた気がした。
「プリズムの窓辺」が完全に夜の闇へと溶け、光の粒子が消え去った翌日の放課後。
私はいつものように図書室の奥の扉を開け、階段を上って屋上へと向かっていた。
ガチャリ、と重い鉄の扉を開ける。
そこに広がっていたのは、あの日々のような幻想的なグラデーションの世界ではなかった。
どこにでもある、少し錆びついた灰色のフェンス。コンクリートの床に、遮るもののない普通の、まばゆい西日が差し込む放課後の屋上。
けれど、そのフェンスに背を預けて待っていた少年は、世界のどの景色よりも眩しかった。
「……遅い。待ちくたびれたんだけど」
私を見つけるなり、わざとらしくため息をついて見せる颯太くん。
でも、その表情には以前のような痛々しい「完璧な仮面」も、自分を隠そうとする「怯え」もどこにもない。前髪の隙間から覗く瞳は、西日を浴びてキラキラと輝いていた。
「ごめんね、日直の仕事が長引いちゃって」
私が駆け寄ると、彼は「まったく」と苦笑しながら、私の手を自然に、そしてぎゅっと強く握りしめた。その手のひらは、あの不思議な空間にいた時よりも、ずっと熱を帯びていて、彼が今、現実のこの世界を生きているのだと強く実感させてくれる。
「そういえばさ、今日の昼休み、またクラスの男子たちと騒いでたね」
「あー……。あいつら、俺がサッカーのディフェンスで本気でヘバってんの見て、めちゃくちゃ笑いやがってさ。格好悪いとこ見せちまった。……でも、なんか、悪くなかったわ」
少し照れくさそうに、けれど本当に楽しそうに話す颯太くん。
学校での彼は、「完璧な王子様」ではなくなった。時々めんどくさそうに息を抜いたり、ぶっきらぼうに本音を言ったりする。けれど周囲はそんな彼を突き放すどころか、「意外と親しみやすい奴」として、前よりもずっと温かく受け入れていた。
「琉楓さんも、遠くからフンッて鼻で笑ってたよ」
「あいつは相変わらずだけどな。まぁ、それが琉楓なりの日常に戻ったってことだろ」
颯太くんはそう言って、優しく目を細めた。
もう、ここには沈みかけの夕日と星々が溶け合う魔法の境界線はない。
いつかは普通の夜が来て、私たちはそれぞれの家に帰らなければいけない。
だけど、本当の自分を見せられる場所を、彼はもう失っていなかった。この現実の世界で、私の隣で、彼はいつでも彼自身のままでいられる。
「……なぁ、輝」
不意に、颯太くんが繋いだ手をぐっと自分のほうに引いた。
驚いて顔を上げると、至近距離で彼の上目遣いの瞳と視線がぶつかる。耳まで真っ赤に染めた彼は、いつものあまのじゃくな口調で、だけど限界まで絞り出すような切実さで囁いた。
「場所は普通になっちゃったけど。……俺の本当の中身を、一生離さないって約束、まだ生きてるからな。覚悟しとけよ」
夕方の心地よい風が、二人の間を吹き抜けていく。
照れ隠しにフイッとそっぽを向いた彼の横顔が、愛おしくてたまらない。
「うん。ずっと、覚悟してるよ」
私が微笑んで答えると、颯太くんは諦めたように、心の底から幸せそうな、柔らかくて優しい私だけの恋人の笑顔を咲かせた。
溶け合うプリズムの窓辺は消えても、私たちの本当の物語は、この眩しい現実の中で、どこまでも続いていく。
「プリズムの窓辺」が完全に夜の闇へと溶け、光の粒子が消え去った翌日の放課後。
私はいつものように図書室の奥の扉を開け、階段を上って屋上へと向かっていた。
ガチャリ、と重い鉄の扉を開ける。
そこに広がっていたのは、あの日々のような幻想的なグラデーションの世界ではなかった。
どこにでもある、少し錆びついた灰色のフェンス。コンクリートの床に、遮るもののない普通の、まばゆい西日が差し込む放課後の屋上。
けれど、そのフェンスに背を預けて待っていた少年は、世界のどの景色よりも眩しかった。
「……遅い。待ちくたびれたんだけど」
私を見つけるなり、わざとらしくため息をついて見せる颯太くん。
でも、その表情には以前のような痛々しい「完璧な仮面」も、自分を隠そうとする「怯え」もどこにもない。前髪の隙間から覗く瞳は、西日を浴びてキラキラと輝いていた。
「ごめんね、日直の仕事が長引いちゃって」
私が駆け寄ると、彼は「まったく」と苦笑しながら、私の手を自然に、そしてぎゅっと強く握りしめた。その手のひらは、あの不思議な空間にいた時よりも、ずっと熱を帯びていて、彼が今、現実のこの世界を生きているのだと強く実感させてくれる。
「そういえばさ、今日の昼休み、またクラスの男子たちと騒いでたね」
「あー……。あいつら、俺がサッカーのディフェンスで本気でヘバってんの見て、めちゃくちゃ笑いやがってさ。格好悪いとこ見せちまった。……でも、なんか、悪くなかったわ」
少し照れくさそうに、けれど本当に楽しそうに話す颯太くん。
学校での彼は、「完璧な王子様」ではなくなった。時々めんどくさそうに息を抜いたり、ぶっきらぼうに本音を言ったりする。けれど周囲はそんな彼を突き放すどころか、「意外と親しみやすい奴」として、前よりもずっと温かく受け入れていた。
「琉楓さんも、遠くからフンッて鼻で笑ってたよ」
「あいつは相変わらずだけどな。まぁ、それが琉楓なりの日常に戻ったってことだろ」
颯太くんはそう言って、優しく目を細めた。
もう、ここには沈みかけの夕日と星々が溶け合う魔法の境界線はない。
いつかは普通の夜が来て、私たちはそれぞれの家に帰らなければいけない。
だけど、本当の自分を見せられる場所を、彼はもう失っていなかった。この現実の世界で、私の隣で、彼はいつでも彼自身のままでいられる。
「……なぁ、輝」
不意に、颯太くんが繋いだ手をぐっと自分のほうに引いた。
驚いて顔を上げると、至近距離で彼の上目遣いの瞳と視線がぶつかる。耳まで真っ赤に染めた彼は、いつものあまのじゃくな口調で、だけど限界まで絞り出すような切実さで囁いた。
「場所は普通になっちゃったけど。……俺の本当の中身を、一生離さないって約束、まだ生きてるからな。覚悟しとけよ」
夕方の心地よい風が、二人の間を吹き抜けていく。
照れ隠しにフイッとそっぽを向いた彼の横顔が、愛おしくてたまらない。
「うん。ずっと、覚悟してるよ」
私が微笑んで答えると、颯太くんは諦めたように、心の底から幸せそうな、柔らかくて優しい私だけの恋人の笑顔を咲かせた。
溶け合うプリズムの窓辺は消えても、私たちの本当の物語は、この眩しい現実の中で、どこまでも続いていく。


