「……な、なぁ、輝。これ、どういうことだ?」
翌日の放課後、私たちは昨日と同じように図書室の奥から「プリズムの窓辺」を抜け、誰もいない屋上へとやってきていた。
けれど、フェンスに背を預けた颯太くんが、目の前の光景に困惑した声をあげる。
いつもなら沈みかけた夕日と昇り始めた星々が溶け合う境界線だったはずのその場所が、今はほんの少しだけ、夜の闇の領域を広げていたのだ。
まるで、夕暮れの時間が少しだけ前に進んだかのように。
「昨日、琉楓にあれだけのことを言っちまったからさ……。今日は学校で、生きた心地がしなかったんだけど」
颯太くんは苦笑いしながら、前髪をくしゃりと掻いた。
今日も学校での彼は、いつも通りの「完璧な王子様」として振る舞っていた。けれど、昨日クラスメイトたちの前で本音を叫び、私の手を引いたあの瞬間の熱は、確実に彼の内側に残っている。
「琉楓の奴、本当に誰にも何も言ってないみたいだしさ。……ただ、今日の昼休み、俺がいつもの愛想笑いをしてたら、遠くから思いっきり睨まれたけどな」
「そっか……。琉楓さん、約束を守ってくれたんだね」
「あぁ。あいつなりのプライドなんだろうな。完璧じゃない俺には興味ないってさ」
そう言って、颯太くんは「ふっ」と小さく笑った。
その笑顔は、学校で見せる張り付いたような笑顔ではなかった。まだ少しだけ周囲を気にするような、不器用で、だけど確実に本物の、彼自身の苦笑いだった。
その瞬間。
チリン、と耳元で、ガラスが触れ合うような澄んだ音が響いた。
「っ……!? 今、何か音が……」
颯太くんが驚いて辺りを見回す。
見れば、私たちの足元から境界線に向かって、きらきらとした光の粒子が、ゆっくりと空へ昇っていくところだった。それと同時に、また少しだけ、夕焼けのオレンジが薄れ、深い群青色の夜空が世界を浸食していく。
「……あ。そういうこと、か」
私は、その光の美しさに息を呑みながら、胸の中にすとんと落ちてきた「答え」を口にした。
「え? 何がだよ、輝」
「この場所の、秘密。……この『プリズムの窓辺』はね、颯太くんの心そのものなんだよ」
「俺の、心……?」
「うん。本当の自分を隠して、誰にも本音を言えずにいた颯太くんが、現実の世界から逃げ込むために作った、優しくて寂しい、時間が止まった世界。……でもね」
私は一歩、颯太くんに近づき、彼の綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめた。
「昨日、颯太くんは琉楓さんの前で、自分の『格好悪い中身』を認めて、本音を叫んだでしょ? 学校の王子様じゃなくて、一人の男の子として。……颯太くんが偽りの笑顔をなくして、本当の自分で現実を生きられるようになった時、この不思議な空間は、役割を終えて消えるんだと思う」
私の言葉を聞いて、颯太くんは目を見開いた。
それから、ゆっくりと自分の両手を見つめ、それから寂しそうに、だけど愛おしそうに、夕暮れと夜の境界線を眺めた。
「……じゃあ、俺が完全に『王子様の仮面』を捨てたら、もうお前とここで、二人きりで過ごせなくなるのか?」
その声は、少しだけ不安そうに揺れていた。せっかく見つけた私との秘密の場所がなくなってしまうことが、寂しいのだろう。
私はそんな彼の愛おしいあまのじゃくを包み込むように、そっと微笑んで、彼の温かい手をぎゅっと握りしめた。
「空間が消えちゃっても、私はどこにも行かないよ。……だって、放課後の屋上が普通の屋上に戻ったって、私はずっと、颯太くんの隣にいるもん」
「っ……」
私の言葉に、颯太くんはまた耳まで真っ赤にして、フイッと顔を背けた。
けれど、今度は顔を隠すこともせず、握られた私の手を、壊れ物を扱うように優しく、だけど絶対に離さないという強い力で握り返してきた。
「……本当、お前ってたまにずるい。……分かったよ。じゃあ、意地でも早く、あの偽物の笑顔、卒業してやる」
少しぶっきらぼうに、けれど確かな決意を秘めて呟いた彼の横顔に、また一つ、きらきらとした光の粒子が溶けていった。
私たちの頭上には、昨日よりも少しだけ多くの星々が、輝き始めていた。
翌日の放課後、私たちは昨日と同じように図書室の奥から「プリズムの窓辺」を抜け、誰もいない屋上へとやってきていた。
けれど、フェンスに背を預けた颯太くんが、目の前の光景に困惑した声をあげる。
いつもなら沈みかけた夕日と昇り始めた星々が溶け合う境界線だったはずのその場所が、今はほんの少しだけ、夜の闇の領域を広げていたのだ。
まるで、夕暮れの時間が少しだけ前に進んだかのように。
「昨日、琉楓にあれだけのことを言っちまったからさ……。今日は学校で、生きた心地がしなかったんだけど」
颯太くんは苦笑いしながら、前髪をくしゃりと掻いた。
今日も学校での彼は、いつも通りの「完璧な王子様」として振る舞っていた。けれど、昨日クラスメイトたちの前で本音を叫び、私の手を引いたあの瞬間の熱は、確実に彼の内側に残っている。
「琉楓の奴、本当に誰にも何も言ってないみたいだしさ。……ただ、今日の昼休み、俺がいつもの愛想笑いをしてたら、遠くから思いっきり睨まれたけどな」
「そっか……。琉楓さん、約束を守ってくれたんだね」
「あぁ。あいつなりのプライドなんだろうな。完璧じゃない俺には興味ないってさ」
そう言って、颯太くんは「ふっ」と小さく笑った。
その笑顔は、学校で見せる張り付いたような笑顔ではなかった。まだ少しだけ周囲を気にするような、不器用で、だけど確実に本物の、彼自身の苦笑いだった。
その瞬間。
チリン、と耳元で、ガラスが触れ合うような澄んだ音が響いた。
「っ……!? 今、何か音が……」
颯太くんが驚いて辺りを見回す。
見れば、私たちの足元から境界線に向かって、きらきらとした光の粒子が、ゆっくりと空へ昇っていくところだった。それと同時に、また少しだけ、夕焼けのオレンジが薄れ、深い群青色の夜空が世界を浸食していく。
「……あ。そういうこと、か」
私は、その光の美しさに息を呑みながら、胸の中にすとんと落ちてきた「答え」を口にした。
「え? 何がだよ、輝」
「この場所の、秘密。……この『プリズムの窓辺』はね、颯太くんの心そのものなんだよ」
「俺の、心……?」
「うん。本当の自分を隠して、誰にも本音を言えずにいた颯太くんが、現実の世界から逃げ込むために作った、優しくて寂しい、時間が止まった世界。……でもね」
私は一歩、颯太くんに近づき、彼の綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめた。
「昨日、颯太くんは琉楓さんの前で、自分の『格好悪い中身』を認めて、本音を叫んだでしょ? 学校の王子様じゃなくて、一人の男の子として。……颯太くんが偽りの笑顔をなくして、本当の自分で現実を生きられるようになった時、この不思議な空間は、役割を終えて消えるんだと思う」
私の言葉を聞いて、颯太くんは目を見開いた。
それから、ゆっくりと自分の両手を見つめ、それから寂しそうに、だけど愛おしそうに、夕暮れと夜の境界線を眺めた。
「……じゃあ、俺が完全に『王子様の仮面』を捨てたら、もうお前とここで、二人きりで過ごせなくなるのか?」
その声は、少しだけ不安そうに揺れていた。せっかく見つけた私との秘密の場所がなくなってしまうことが、寂しいのだろう。
私はそんな彼の愛おしいあまのじゃくを包み込むように、そっと微笑んで、彼の温かい手をぎゅっと握りしめた。
「空間が消えちゃっても、私はどこにも行かないよ。……だって、放課後の屋上が普通の屋上に戻ったって、私はずっと、颯太くんの隣にいるもん」
「っ……」
私の言葉に、颯太くんはまた耳まで真っ赤にして、フイッと顔を背けた。
けれど、今度は顔を隠すこともせず、握られた私の手を、壊れ物を扱うように優しく、だけど絶対に離さないという強い力で握り返してきた。
「……本当、お前ってたまにずるい。……分かったよ。じゃあ、意地でも早く、あの偽物の笑顔、卒業してやる」
少しぶっきらぼうに、けれど確かな決意を秘めて呟いた彼の横顔に、また一つ、きらきらとした光の粒子が溶けていった。
私たちの頭上には、昨日よりも少しだけ多くの星々が、輝き始めていた。


