翌朝。私の心配は、最悪の……いえ、ある意味で最高の形で的中することになった。「杏、おはよ! 待たせちゃってごめん」約束していた駅の改札口。約束の時間の5分前だというのに、駆は息を切らせて走ってきた。サラサラの茶髪が朝日にきらめいて、それだけで周囲の女子高生たちの視線を集めている。「ううん、私も今着いたところだから……って、駆、ちょっと待って」私の前に立った駆は、当然のように私のスクールバッグに手を伸ばし、ひょいと自分の肩に掛けた。「え、ちょっと!? 自分で持てるよ!」「ダメ。昨日言ったじゃん。これからは全部、杏の隣をキープするって。まずは荷物持ちからね」そう言って、駆は私の右手を、今度は指を一本ずつ絡める『恋人繋ぎ』でぎゅっと握りしめた。大きくて暖かい手のひら。それだけで顔が火を噴きそうに熱くなるのに、駆は事も無げに「行こっか」と微笑む。駅からの通学路、すれ違う同じ高校の生徒たちが、次々と私たちを見て目を丸くしていくのがわかった。「ねえ、駆……みんな見てる。すっごい見てるって……!」「見せつけてるんだから、見られて当然でしょ? ほら、もっとこっち寄って」駆は私の肩を引き寄せ、自分の体にぴったりと密着させた。ふわりと漂うシトラスの香りに、朝から頭がクラクラする。やっぱりこのアイツは、確信犯であざとい。学校の昇降口に着く頃には、周囲のざわめきはピークに達していた。昨日まで「謎のイケメン転校生」として遠巻きに眺められていた駆が、地味な日直仲間だったはずの私と手を繋いで登校してきたのだ。クラスの教室に入った瞬間、静まり返った空気のあと、爆発したような騒ぎになったのは言うまでもない。「ちょっと佐々木くん! 杏ちゃん! それ、どういうこと!?」「付き合ってるの!? いつの間に!?」女子たちが一斉に席を立って詰め寄ってくる。私は恥ずかしさのあまり、駆の背中に隠れるようにして縮こまってしまった。すると駆は、私をかばうように一歩前に出て、クラスのみんなに向かってハッキリと、だけど最高に爽やかな笑顔で言い放った。「あはは、驚かせてごめん。俺たち、小学校のときからの幼馴染なんだ。ずっと俺の初恋の相手でさ、昨日やっと、俺のお嫁さんになってくれるって約束を取り付けたところ」「お、お嫁さん……っ!?」教室中に黄色い悲鳴とどよめきが響き渡る。何をストレートにそんな恥ずかしいことを言っているのか。私は駆のブレザーの裾をぎゅっと引っ張って「バカ、言い方!」と小声で抗議した。だけど駆は振り返り、私にだけ見える角度で、いたずらっぽくウインクをしてみせた。「だからさ、みんな。杏に妙な虫がつかないように、俺がこれから毎日24時間体制で警護するから。よろしくね」その言葉通り、それからの学校生活は、まさに駆の宣言通りになった。休み時間になれば、駆は周りの男子を連れて私の席にやってきて、我が物顔で私のノートを覗き込む。昼休みになれば、「杏、あーんして?」と購買のパンを小さくちぎって口元に運んでくる(さすがにそれは全力で拒否して、自分で食べたけれど)。周囲の女子たちからの視線は、最初は嫉妬や羨望だったけれど、駆のあまりの「杏一筋」なバカっぷりと重すぎる愛情に、いつしか「あそこは聖域だから……」「佐々木くん、杏ちゃんの前だと完全に大型犬だよね」と、温かい目で見守られるようになっていった。



