そんなある日の放課後。私は日直の仕事のため、一人で居残って教室でプリントの整理をしていた。時計の針が刻むカチカチという音と、カサカサと紙をめくる音だけが響く静かな夕暮れの教室。窓の外からは、運動部の元気な掛け声が遠く聞こえてくる。最後の一束をクリップで留め終えたその時、ガラガラと教室の前後ろのドアが開いた。「やっぱり、まだ残ってた」入ってきたのは、スクールバッグを肩にかけた駆だった。「駆? 部活は? 今日、見学行くって言ってなかったっけ」「今日はオフだよ。杏が日直だって掲示板で見たから、終わるの待ってたんだ」駆はトコトコと迷いのない足取りで歩いてくると、私の目の前の席に反対向きに座り、椅子の背もたれに顎を乗せて私を見上げてきた。その、犬が飼い主に甘えるような無防備な姿に、また胸がトクンと跳ねる。「……先に帰っててよかったのに。私、これ職員室に届けたらすぐ帰るし」「一緒に届けるよ。……それにさ、最近、杏が俺のこと避けてる気がして、ずっと寂しかったから。ちゃんと話したかったんだ」上目遣いで、少し唇を尖らせて拗ねたように言う駆。ずるい。そんな顔、反則だ。昔のチビだった頃の面影を残したままそんな顔をされたら、調子が狂ってしまう。「避けてないよ……。ただ、駆は昔と違ってすっかりイケメンになっちゃったし、女子からの人気もすごいから。私なんかとべったり一緒にいたら、他の子に悪いかなって、変な噂立てられても迷惑だろうし」つい、胸の奥底に溜まっていた本音が口からポロリと溢れてしまった。昔の、顔に泥をつけた駆なら、何も気にせず対等に笑い合えたのに。今の駆は眩しすぎて、自分が釣り合わない気がして、遠い存在になってしまったようで寂しかったのだ。私の言葉を聞いた駆は、一瞬きょとんとした顔をした後、顔を真っ赤にしてぷっと吹き出した。「あはは! なんだそれ! 俺がイケメン? 杏、俺のことそんな風に思ってくれてたんだ」「なっ……! 違う、客観的な事実を言っただけ! からかわないでよ!」恥ずかしさで顔がカッと熱くなり、荷物をまとめて立ち上がろうとした。その私の右手を、机越しに駆がキュッと握った。大きくて、少しゴツゴツした、男の子の手。昔の小さくて柔らかかった手とは、全然違う。「からかってないよ」駆の顔から笑みが消え、底のない真剣な瞳が真っ直ぐに私を射抜いた。その迫力に、私は動けなくなる。

