魔法より、君に恋をする。

 地下室の壁際。

 三人で座る。

 黒い石は再び沈黙していた。

 ルシアンは結界を追加している。

 リリアの隣にはカイルがいる。

「手」

「何だ」

「貸して」

「怪我はしていない」

「知ってます」

 リリアは自分からカイルの手を取った。

 大きな手。

 冷たい。

「リリア」

「震えてるから」

「もう止まった」

「少し震えてる」

「……」

「嫌?」

「違う」

「じゃあこのまま」

 指を握る。

 カイルは何も言わなかった。

 少し離れた場所で、ルシアンがこちらを一度見た。

 何も言わず、また石へ向き直る。

「先輩」

「何だ」

「さっき見えた人、先輩ですか?」

 手が強張る。

 答えはなかった。

「黒い髪だった」

「……」

「泣いてた」

「やめろ」

 低い声。

 けれど、リリアは手を離さなかった。

「私に謝ってた」

「やめてくれ」

 今度は、命令ではなかった。

 懇願だった。

 だからリリアは止めた。

「分かりました」

 カイルがこちらを見る。

「聞かないのか」

「今は」

「……なぜ」

「話せないんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ今聞いても、先輩が苦しくなるだけだから」

「お前は、それでいいのか」

「良くはないです」

「……」

「知りたい。でも」

 リリアは繋いだ手を見る。

「先輩が話せる時に、自分で話してほしい」

 カイルの目が揺れた。

「私、勝手に調べるのやめました」

「……本当か?」

「一人では、です」

「そこは変わらないんだな」

「はい」

 少しだけ笑う。

「だから先輩も、一人で抱えるのやめたら?」

 カイルは黙った。

「私には危ないことするなって言うのに、自分は何でも一人でやろうとする」

「俺は――」

「三年生だから?」

「……」

「二歳しか違わない」

「知ってる」

「なら同じ」

「同じではない」

「何が違う?」

 答えはない。

「強さ?」

「違う」

「年齢?」

「違う」

「立場?」

「それもある」

「じゃあ何?」

 カイルは長く黙った。

「俺は、お前を守らなければならない」

 リリアは眉を寄せた。

「なんで?」

「……」

「またそこだけ言わない」

「言えない」

「じゃあ質問変えます」

 カイルを見る。

「私が先輩を守るのは駄目?」

 黒い瞳が見開かれた。

「何を」

「私も強いですよ」

「知ってる」

「魔法なら多分先輩より強い」

「……否定できないのが腹立つな」

「でしょ?」

「だが、そういう話ではない」

「私にはそういう話です」

 リリアは握った手に少し力を込めた。

「守られるだけは嫌です」

「……」

「一緒にいればいい」

 カイルの表情が止まる。

「危ないなら一緒に避ける。戦うなら一緒に戦う。怪我したら私が治す。私が怪我したら先輩が助けて」

「簡単に言うな」

「難しく言った方がいい?」

「そういう意味じゃない」

「じゃあ、何?」

 カイルは答えなかった。

 ただ、ひどく苦しそうな顔でリリアを見ていた。

 その顔を見ていると、なぜか胸が痛くなる。

「……先輩」

「何だ」

「私、その顔嫌いです」

 カイルの眉が動く。

「嫌い?」

「私を見る時、たまにする顔」

「……どんな顔だ」

「今にも私がいなくなるみたいな顔」

 呼吸が止まった。

「私はここにいます」

「……」

「勝手にいなくならない」

 繋いだ手が、今度は向こうから握り返された。

 強い。

 でも痛くない。

「……そうか」

「はい」

「なら」

 カイルは一度目を閉じた。

「少しだけ、信じる」

「少し?」

「いきなり全部は無理だ」

「頑固」

「お前に言われたくない」

 同じ言葉。

 でも今度は、二人とも少し笑った。