魔法より、君に恋をする。

しばらく二人で本を読んだ。

 正確には、レオンハルトが歴史書を読み、リリアは持ってきた魔法理論書を読んでいた。

 会話はない。

 それでも気まずくはなかった。

 風がページを揺らす。

 時々、噴水の水音が聞こえる。

「……不思議だね」

 レオンハルトが言った。

「何が?」

「誰かと一緒にいるのに、何も話さなくていいの」

「話したいですか?」

「いや。むしろ逆」

 本を閉じる。

「王宮だと、沈黙ってあまりないんだ。誰かが話題を作って、誰かが僕の顔色を見て、僕も相手が求めている返事を考える」

「面倒ですね」

「はっきり言うね」

「違う?」

「違わない」

 レオンハルトは笑った。

「学院でも似たようなものかな。王子だから、ちゃんとしてないといけない」

「誰に言われたんですか?」

「え?」

「ちゃんとしてないといけないって」

「……誰にだろう」

「自分?」

「多分」

「じゃあ自分が許せばいいのでは?」

 あまりにも簡単に言われ、レオンハルトはしばらく黙った。

「リリアはすごいね」

「何が?」

「僕がずっと難しいと思ってたことを、簡単に言う」

「簡単じゃないんですか?」

「簡単じゃないよ」

「そうなんだ」

「でも」

 レオンハルトは空を見上げた。

「ここでは、少しくらいならいいのかもしれない」

「何が?」

「王子じゃなくても」

 リリアは彼を見る。

「じゃあ、何になるんですか?」

「……レオンハルト?」

「そのままですね」

「確かに」

 二人で笑った。

 少しして、レオンハルトがこちらを見る。

「ねえ、リリア」

「はい」

「一つお願いしてもいい?」

「内容によります」

「そこは何でもって言ってくれないんだ」

「無理なものだったら困るので」

「君らしい」

 レオンハルトは少し迷ってから、口を開いた。

「ここにいる時だけ、僕を『先輩』って呼ばないでくれない?」

 リリアは瞬いた。

「じゃあ、何て?」

「……レオンハルト」

「呼び捨て?」

「嫌?」

「嫌じゃないですけど」

 リリアは彼を見る。

「年上ですよね」

「一つだけ」

「王子ですよね」

「ここでは王子じゃないって話をしたばかりだよ」

「でもレオンハルト先輩はレオンハルト先輩です」

「その言い方だと永遠に変わらなそうだな」

 少し残念そうだ。

 リリアは考えた。

「じゃあ」

「うん」

「レオン先輩」

 レオンハルトが止まった。

「……え?」

「これなら半分」

「半分?」

「名前は短くする。でも先輩は残す」

「交渉なんだ」

「駄目?」

「……いや」

 レオンハルトが顔を逸らした。

 耳が赤い。

「先輩?」

「今はその呼び方やめて」

「どっち?」

「……レオン先輩」

「自分で言った」

「リリア」

「はい」

「少し黙って」

 笑いを堪えながら、リリアは本へ視線を戻した。

「分かりました、レオン先輩」

「わざとだろ」

「何が?」

「絶対分かってる」

「分かりません」

「嘘だ」

 珍しくレオンハルトが拗ねたような顔をした。

 それが面白くて、リリアは笑った。

「……本当にずるいなあ」

 そう言いながら、レオンハルトも笑っていた。