魔法より、君に恋をする。

帰り道。

 学院へ続く坂を上っている途中で、セシルがふと思い出したように言った。

「そういえば、リリア」

「何?」

「結局何も買ってないな」

「焼き菓子食べた」

「買い物の話」

「欲しいものなかったから」

「方位針」

「あれは高かった」

「必要だと思うけどな」

「地図で何とかする」

「ならないから言ってるんだ」

 セシルと話していると、隣を歩いていたノアが「あ」と声を上げた。

「忘れてた」

「何?」

「これ」

 差し出されたのは、小さな紙袋だった。

 リリアは受け取る。

「開けていい?」

「どうぞ」

 中を見る。

「……方位針」

 銀色の小さな魔法具。

 店で諦めたものだった。

「なんで?」

「買ったから」

「それは見れば分かる」

「欲しそうだったし」

「高かったよ」

「うん」

「返す」

「嫌」

「なんで?」

「プレゼント」

「理由は?」

「必要そうだから」

「私は迷わない」

「じゃあいらない?」

 リリアは黙った。

 欲しい。

「……いる」

「素直でよろしい」

 ノアが笑う。

「でも、もらう理由ないよ」

「友達にプレゼントするのに理由いる?」

「誕生日でもない」

「じゃあ今日を記念日にしよう」

「何の?」

「リリアが初めて王都に遊びに来た日」

「毎年祝うの?」

「祝ってもいいよ」

「面倒」

「ひどいなあ」

 リリアはもう一度、方位針を見る。

 小さな銀色の盤面が夕陽を反射している。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「大事にする」

 ノアの笑顔が少しだけ変わった。

「うん」

 たったそれだけなのに、妙に嬉しそうだった。

 隣でセシルが方位針を覗き込む。

「せっかくだ。学院を登録してみたらどうだ?」

「どうやるの?」

「貸して」

 説明書を読みながら、三人で立ち止まる。

 学院の魔力を登録し、リリアが方位針を掌へ乗せると、銀色の針がくるりと回った。

 やがて一つの方向を指す。

「これで帰れる」

「文明の勝利だな」

「私の方向感覚は?」

「敗北」

「してない」

 ノアが吹き出した。

「じゃあ試してみようか。リリア、先頭」

「任せて」

「嫌な予感しかしない」

 リリアは方位針を見ながら歩き出す。

 数歩進む。

「リリア」

「何?」

「学院、逆」

「……」

 方位針を見る。

 確かに針は後ろを指している。

「壊れてる?」

「買って一時間も経ってないよ!」

 セシルが声を上げて笑った。

 ノアも腹を抱えている。

「笑いすぎ」

「ごめん、無理」

「返すよ、これ」

「嫌だ。絶対持ってて」

 結局、三人は笑いながら学院への坂を上った。