魔法より、君に恋をする。

 翌朝、リリアは目を覚ますと、しばらく天井を見つめていた。

 昨日知ったことが多すぎた。

 世界再構成時、個体の記憶は継承されない。外部記録は過去を本人に思い出させるためのものではなく、情報として保存されたもの。そして接続計画の目的は、過去を再現することでも、同じ結果へ導くことでもない。

 リリア自身に未来を選択させること。

「……何を選ぶのよ」

 そこだけが分からない。

 何と何の間で選ぶのか。なぜ自分なのか。そもそも「次の世界」とは何なのか。

 そして、もう一つ。

『管理接続個体――CECIL』

 思い出した途端、昨日の会話まで一緒に蘇った。

『リリアも私のこと大好きなんだ』

『九十七』

「……ああもう」

 リリアは布団を頭まで被った。

 感情同期率九十七。

 あれは接続率とは違う。候補者との相性を測った数値らしい。

 つまり、リリアとセシルは最初から異常なほど感情の同期率が高かった。

「九十七って何……」

 ほぼ全部じゃん。

 恥ずかしい。

 でも。

 少しだけ嬉しい。

 そう思った瞬間だった。

 胸の奥が温かくなる。

「……」

 リリアは布団から顔を出した。

「まさか」

 意識を向ける。

 すると遠くから、微かな感情が返ってきた。

 嬉しい。

 おはよう。

 そして。

 好き。

「朝からやめて!」

 当然、部屋にセシルはいない。

 なのにリリアは思わず枕を投げた。

 数秒後。

 向こうから、楽しそうな感情が返ってくる。

「絶対笑ってる!」

 接続は完全に戻っていた。

 学院へ向かうと、案の定セシルはいつもの場所で笑っていた。

「おはよう、リリア」

「朝から何してるの」

「何が?」

「とぼけないで」

「何もしてないよ」

「好きって送ってきた」

「送ってない」

「来た!」

「思ってただけ」

「同じ!」

「違うよ。勝手に届いたんだから」

「じゃあ朝から私のこと考えてたの?」

 セシルが止まった。

 リリアも止まった。

「……」

「……」

「ごめん」

「何で謝るの?」

「今の私が悪かった」

「別にいいけど」

 セシルの顔が少し赤い。

「考えてたよ」

「言わなくていい!」

「聞いたのリリアでしょ」

「そうだけど!」

 二人で歩き始める。

 少しして、セシルがそっと手を差し出した。

 リリアは何も言わずに握る。

「昨日さ」

「うん」

「安心した」

「何が?」

「私がリリアを好きなの、術式のせいじゃなかったこと」

 リリアは少しだけ握る手に力を込めた。

「私も」

「リリアも不安だった?」

「少しね」

「言わなかったじゃん」

「セシルの方が不安そうだったから」

「そういうの言ってよ」

「何で?」

「一緒に不安になれるから」

 リリアはセシルを見る。

「一緒に不安になるの?」

「うん」

「解決してくれるんじゃなくて?」

「リリアが解決するでしょ」

「私任せ!?」

「その代わり一緒にいる」

「……」

「駄目?」

 リリアは前を向いた。

「それならいい」

 セシルが笑う。

 その嬉しさが、手を通してなのか接続を通してなのか分からないまま伝わってきた。

 午前の授業中、リリアは昨日の記録を整理していた。

 もちろん授業も聞いている。

 教師が黒板へ書いた術式を理解しながら、同時に別の紙へ昨日の情報をまとめる。

『七十パーセント――第三階層』

『管理接続個体』

『未来の選択』

『世界間情報保持』

 そこでペンを止める。

 世界間。

 この言葉が一番引っかかっていた。

 過去の記憶は継承されない。

 けれど情報は残される。

 なら、外部記録に保存されている情報は、いつのものなのか。

 現在より前。

 しかしセシルの過去ではない。

 リリア自身の記憶でもない。

 あくまで記録。

「……世界そのものの記録?」

 小さく呟いた瞬間。

「リリア」

 教師に呼ばれた。

「はい」

「今説明した術式の欠陥は?」

「第三補助式の位置です。出力を二割以上上げると主経路と干渉します。補助式を外側へずらすか、第四式と順番を入れ替えれば安定します」

 教師が一瞬黙った。

「……正解だ」

「ありがとうございます」

 何事もなかったように座る。

 隣からセシルが小声で言った。

「聞いてたの?」

「聞いてたよ」

「別のこと書いてたのに」

「耳は空いてたから」

「やっぱり変」

「褒めてる?」

「褒めてる」

「ならいい」

 その瞬間、セシルの感情が流れてきた。

 すごい。

 好き。

「……後半いらない」

「え?」

「何でもない」

 リリアは少しだけ笑って、授業へ戻った。

 昼休み。

 二人は中庭で食事をしていた。

 今日は調査をしない。

 七十へ到達したばかりだ。昨日の記録を整理する時間が必要だった。

「リリア、それ食べないの?」

 セシルがリリアの皿を指す。

「食べるよ」

「ずっと残ってる」

「最後に食べる」

「好きなの?」

「うん」

「じゃあちょうだい」

「何で好きって言った直後に取ろうとするの?」

「一口」

「嫌」

「一口だけ」

「自分のあるでしょ」

「もう食べた」

「知らないよ」

「リリア」

「嫌です」

 セシルがじっと見てくる。

「……何」

「恋人なのに」

「恋人なら好きなもの奪っていいルールないから」

「じゃあ交換」

「何と?」

 セシルが自分の皿を見る。

 ほとんど食べ終わっている。

「……」

「ないじゃん」

「明日の卵焼き」

「未来払い?」

「駄目?」

「二個」

「高い」

「じゃあなし」

「分かった。二個」

「交渉成立」

 リリアは半分だけ渡した。

「一口じゃないの?」

「二個くれるから」

「……リリア」

「何?」

「好き」

「安い好きだなあ」

「違うよ」

 セシルが笑う。

「食べ物くれたからじゃない」

「じゃあ何?」

「普通に好き」

「……」

 リリアは自分の皿へ視線を落とした。

「急に言うの禁止って何回言えば分かるの」

「でも嬉しいでしょ」

「……まあ」

「今分かった」

「接続?」

「うん」

「ずるい」

「リリアも使えばいいじゃん」

「じゃあ」

 リリアはセシルを見る。

「今何考えてる?」

「え?」

「接続で当てる」

「いいよ」

 リリアは少し集中した。

 楽しい。

 嬉しい。

 好き。

 ここまでは分かる。

 その奥。

 何かを期待している。

「……明日の卵焼き、一個に減らせないかなって思ってる」

「何で分かったの!?」

「当たり!?」

「怖い!」

「二個だからね」

「接続を交渉に使うの禁止!」

「便利だね、これ」

「朝は文句言ってたのに!」

 二人で笑った。

 その時、リリアはふと気づいた。

 今までなら、こういう強い感情の一致が続けば数字が出ることがあった。

 でも今日は何も起こらない。

 七十のままなのか。

 それとも、七十以降は上昇条件が変わったのか。

 気にはなる。

 けれど今は、それよりセシルと普通に話している方が楽しかった。

 放課後。

 リリアが教室を出ようとすると、教師に呼び止められた。

「リリア、少しいいか」

「はい」

 セシルが足を止める。

「先に帰ってていいよ」

「待ってる」

「長いかも」

「図書室いる」

「分かった」

 セシルと別れ、リリアは教師のところへ向かった。

 話は授業についてだった。

 王立魔法研究院が学生向けの特別研究枠を設けるらしい。

「推薦?」

「そうだ。まだ先の話だが、お前なら十分候補になる」

「研究院……」

「興味はあるか?」

「あります」

 即答した。

 王立魔法研究院。

 昨日、外部記録を調べる候補として考えていた場所でもある。

「詳しい資料は後日渡す。進路の選択肢として考えておけ」

「分かりました」

 教室を出た時、リリアの頭はすでに動き始めていた。

 研究院へ正規の理由で入れる。

 学院より古い接続術式の資料がある可能性も高い。

 これは使える。

 早くセシルに話したい。

 そう思った。

 その瞬間だった。

 胸の奥から。

 強い不安が流れ込んできた。

「……セシル?」

 足が止まる。

 不安。

 焦り。

 恐怖。

 今までの軽い感情とは違う。

「何かあった?」

 返事はない。

 でも感情は強くなる。

 リリアは走った。

 図書室。

 扉を開ける。

「セシル!」

 何人かの生徒が驚いて振り返る。

 セシルはいない。

「……どこ?」

 胸の奥へ意識を向ける。

 怖い。

 でも。

 これは危険に対する恐怖ではない。

 もっと別の。

 置いていかれるような。

 そんな感情。

 リリアは廊下へ出た。

「セシル」

 今度は声ではなく、強く思う。

 どこにいるの。

 一瞬。

 何かが返ってきた。

 上。

「……上?」

 階段を見る。

 走る。

 二階。

 三階。

 そして屋上へ続く階段。

 扉を開ける。

 そこに。

 セシルがいた。

「セシル!」

 壁際に座っている。

 怪我はない。

 リリアは息を切らしながら近づいた。

「何してるの!?」

「リリア?」

「何かあったのかと思った!」

「……ごめん」

「何でここにいるの?」

「ちょっと考えたくて」

「何を?」

 セシルは少し迷った。

「さっき、先生と話してたでしょ」

「うん」

「聞こえたわけじゃないけど」

「……分かったの?」

「少しだけ」

 リリアは隣へ座った。

「研究院の話?」

「うん」

「推薦の話だよ」

「やっぱり」

「それで何で怖くなるの?」

「リリア、行く?」

「まだ分からないよ」

「でも行きたい?」

 リリアは考えた。

「興味はある」

「そっか」

 セシルが視線を落とす。

 そこでようやく分かった。

「……離れると思った?」

「少し」

「私と?」

「うん」

「何で?」

「研究院って学院を出た後でしょ」

「そうだけど」

「リリアなら行けると思う」

「うん」

「私が同じところに行けるとは限らない」

 リリアは黙った。

 初めてだった。

 セシルがこんなふうに、自分との未来を不安に思っているところを見るのは。

「それで屋上来たの?」

「一人で整理しようと思って」

「私に伝わってるけど」

「それ忘れてた」

「意味ないじゃん」

「うん」

 リリアは少し笑った。

 でもセシルは笑わなかった。

「……リリア」

「何?」

「今は毎日会えるでしょ」

「うん」

「卒業したら、どうなるんだろうって」

 胸が少し痛んだ。

 セシルがずっとリリアを好きだった。

 恋人になって、ようやく気持ちが通じた。

 だからこそ。

 その先を考えるようになったのだ。

「セシル」

「うん」

「こっち見て」

 セシルが顔を上げる。

「まだ推薦されるかもってだけ」

「うん」

「行くかも決めてない」

「うん」

「それに、行くとしても」

 リリアはセシルの手を取った。

「別れるなんて一言も言ってない」

「でも離れるかもしれない」

「距離の話?」

「……うん」

「それだけ?」

「それだけって」

「私、セシルと付き合った時に、卒業まで限定ですなんて言った?」

 セシルが目を見開いた。

「言ってない」

「じゃあ勝手に期限つけないで」

「……」

「私は卒業した後も一緒にいるつもりだけど」

 言った。

 言ってから、自分でも少し驚いた。

 そこまで具体的に考えたことはなかった。

 でも口に出した瞬間、不思議なくらいしっくりきた。

「リリア」

「何?」

「それ……」

「何」

「ずるい」

「また?」

「だって」

 セシルが顔を覆う。

「嬉しすぎる」

「そんなに?」

「そんなに」

 感情が流れ込んでくる。

 安心。

 嬉しい。

 好き。

 そして。

 未来。

 今までとは少し違う感覚だった。

 セシルがただ「今一緒にいたい」と思っているのではない。

 卒業しても。

 その先も。

 リリアの隣にいたい。

 同時に。

 リリア自身も同じことを思った。

 研究院へ行くかもしれない。

 別の道を選ぶかもしれない。

 それでも。

 セシルとの関係を終わらせる未来は、最初から選択肢に入っていなかった。

「……私も」

「え?」

「同じ」

 リリアが笑う。

「先のこと考えても、セシルいるよ」

 その瞬間。

 胸の奥で何かが弾けた。

「……っ」

「リリア?」

 光。

 二人の繋いだ手の間から、術式が浮かび上がる。

「また?」

 円と三本の線。

 数字。

『接続率 七十四パーセント』

「四上がった」

「今ので?」

「たぶん」

 七十四。

 止まらない。

 七十五。

「待って」

 七十六。

「リリア」

「手離して」

 二人は手を離した。

 それでも。

 七十七。

「止まらない」

 セシルが立ち上がる。

「どうする?」

「落ち着いて。昨日と同じ」

 七十八。

「あと二」

 リリアは数字を睨む。

 七十九。

「……止まって」

 願う。

 けれど。

 数字が揺れた。

 八十。

「……」

 二人とも動けなかった。

『接続率 八十パーセント』

 その瞬間。

 術式が今までで最も強く光った。

「リリア!」

「大丈夫!」

 視界が白く染まる。

 けれど今回は、外部記録ではなかった。

 真っ白な空間。

 リリアはそこに立っていた。

「……え?」

 自分の身体がある。

 手も。

 足も。

 動く。

「セシル!」

「リリア!」

 振り返る。

 少し離れたところにセシルがいた。

 二人は駆け寄った。

「大丈夫?」

「うん。リリアは?」

「大丈夫」

「ここ何?」

「分からない」

 これまでの外部記録とは違う。

 見るだけではない。

 自分たちがここにいる。

 白い空間の中央。

 文字が浮かんだ。

『最終選択領域』

「……来ちゃった」

 セシルが呟く。

「八十が条件だったんだ」

 次の文字。

『管理接続個体――CECIL』

『対象――LILIA』

 そして。

『接続解除権限を確認』

 リリアが眉を寄せる。

「解除できる?」

「本当に?」

 次。

『警告』

『接続率八十パーセント到達』

『通常解除――不可』

「……不可?」

 セシルの顔から血の気が引く。

「どういうこと?」

「待って」

 表示は続く。

『管理者権限による強制解除――不可』

『対象選択による解除――可能』

 リリアが止まった。

「私なら?」

「解除できる?」

「たぶん」

 次の表示。

『最終選択を開始しますか』

 その下に二つの選択肢が現れた。

『接続を維持する』

『接続を解除する』

「……」

「……」

 二人は黙った。

「これが選択?」

 セシルが聞く。

「たぶん」

「リリアに未来を選ばせるって」

「これ……?」

 リリアは二つの文字を見る。

 維持。

 解除。

「解除したらどうなるの?」

「分からない」

「維持したら?」

「それも分からない」

 リリアは表示を睨む。

「情報が足りない」

「リリア?」

「こんなの選べるわけない」

 その瞬間。

 文字が変わった。

『選択前情報の開示を要求しますか』

「……できるじゃん」

 リリアは即座に答えた。

「要求する」

 白い空間が揺れた。

 新しい文字。

『接続維持』

『対象および管理接続個体の情報同期を継続』

『接続率上昇に伴い同期領域を拡大』

 次。

『接続解除』

『対象間の術式接続を完全消去』

『感情・記憶・人格への影響なし』

 リリアは息を吐いた。

「よかった」

「何が?」

「解除しても、私たちの気持ちは変わらない」

 セシルも表示を見る。

「……本当だ」

 その声に安堵が混じる。

 さらに情報が続いた。

『接続維持時』

『接続率百パーセント到達後、完全同期へ移行』

「完全同期?」

 嫌な言葉だった。

『完全同期――相互情報境界の恒常的共有』

「……境界?」

 リリアの表情が変わる。

「待って。それって」

 次の説明。

『感情、感覚、思考情報の常時共有』

『個体人格は維持』

『情報遮断は原則不可』

 セシルが黙った。

「ずっと?」

「たぶん」

「考えてること全部?」

「全部かは分からない。でも今よりずっと深い」

 リリアは二つの選択肢を見る。

 解除すれば、術式は消える。

 維持すれば、いずれ百へ到達する。

 感情も。

 感覚も。

 思考も。

 ずっと繋がる。

「……嫌だ」

 リリアは呟いた。

 セシルがこちらを見る。

「嫌?」

「うん」

 迷わなかった。

「セシルのことは好き。でも、全部知りたいわけじゃない」

「……」

「セシルにも私の全部を勝手に知ってほしくない」

「うん」

「言いたくないことだってある。自分で考えたいこともある。セシルが何考えてるか分からなくて、聞くのも好き」

 昨日。

 接続が止まった時。

『キスしたい』

『私もしたい』

 そう言葉で確かめた。

 あれが嬉しかった。

「セシルは?」

 リリアが聞く。

「私は……」

 セシルは少し考えた。

「最初は、ずっと繋がっててもいいって思った」

「うん」

「リリアのこと全部分かったら嬉しいかもって」

「うん」

「でも」

 セシルが笑った。

「分からないリリアも好き」

 リリアは目を瞬いた。

「何それ」

「今日だって、研究院の話聞いて勝手に不安になった」

「うん」

「でもリリアに聞いたら、卒業した後も一緒にいるって言ってくれた」

「……うん」

「最初から分かってたら、聞けなかった」

 セシルはリリアの手を取った。

「だから私も、全部繋がるのは嫌」

「そっか」

「うん」

 二人は選択肢を見る。

 答えは同じ。

 でも。

「まだ押さない」

 リリアが言った。

「え?」

「この計画について全部分かってない」

「でも答えは決まってるんでしょ?」

「決まってる。でも情報は取れるだけ取る」

「……リリアらしい」

「解除したら外部記録も見られなくなるかもしれない」

「あ」

「管理者が誰なのか。何でこの計画を作ったのか。世界再構成って何なのか。まだ分かってない」

「じゃあ?」

「保留」

 リリアは表示を見る。

「今は選ばない」

『選択を保留しますか』

「する」

 即答。

 白い空間が揺れる。

『選択保留を確認』

『最終選択領域を閉鎖します』

 最後に。

 新しい文字が現れた。

『次回接続時――管理者記録を開示』

 リリアの目が見開かれる。

「管理者」

「次で分かる?」

「たぶん」

 光が強くなる。

 次の瞬間。

 二人は屋上へ戻っていた。

「……戻った」

「うん」

 夕方の風。

 繋いだ手。

 接続率八十パーセント。

 二人はしばらく黙っていた。

「リリア」

「何?」

「解除する?」

「最終的には」

「そっか」

「嫌?」

「ううん」

 セシルは笑った。

「嬉しい」

「何で?」

「接続がなくても一緒にいるってことでしょ」

「当たり前じゃん」

「聞きたかった」

「……そっか」

 リリアはセシルの肩へ少しだけ寄りかかった。

「ねえ」

「うん」

「卒業した後のこと」

「うん」

「まだ全然決まってないけど」

「うん」

「セシルも自分のやりたいこと考えてね」

「リリアについていくだけじゃ駄目?」

「駄目」

「即答」

「セシルの人生でしょ」

「じゃあ考える」

「うん」

「でも」

「何?」

「どこに行っても、リリアとは一緒にいたい」

 リリアは少しだけ笑った。

「それは私も」

「九十七だから?」

「違う」

「じゃあ?」

 リリアはセシルの手を握った。

「私がそうしたいから」

 今度は術式を見なかった。

 数字が上がったかもしれない。

 上がっていないかもしれない。

 どちらでもよかった。

 二人で屋上を出る。

 夕暮れの廊下を並んで歩く。

 手を繋いだまま。

 接続があっても。

 なくても。

 未来を決めるのは術式ではない。

 管理者でもない。

 リリアでも、セシルでも。

 一人だけではない。

 二人がそれぞれ自分で選んで、その先で一緒になる。

 それでいい。

 そして。

 二人が去った屋上。

 空中に一瞬だけ術式が浮かび上がった。

『接続率 八十パーセント』

『最終選択――保留』

『管理者記録――開示準備完了』

 その下。

 これまで伏せられていた一文が、初めて完全な形で表示される。

『初代管理者識別名――LILIA』

 けれど。

 それを見る者は、誰もいなかった。