魔法より、君に恋をする。

魔力標識は、学院北側の古い温室の近くに隠されていた。

 青白い魔力の気配を感じたリリアは、道を外れて木々の間へ入っていく。

「こっち」

「分かるの?」

「感じる」

「探索術式は?」

「使ってる」

「本当に?」

「ちょっとだけ」

「それ、ほとんど自力じゃない?」

 茂みを抜けると、少し先の斜面に青く光る小さな結晶が見えた。

「あった」

「早いなあ」

「取ってくる」

「待って。足元――」

 ノアが言い終えるより先に、リリアは斜面へ足を踏み出した。

 結晶へ手を伸ばす。

 あと少し。

 指先が触れた瞬間、足元の土が崩れた。

「……っ」

 身体が傾く。

「リリア!」

 腕を掴まれた。

 強い力で引かれ、リリアの身体がノアの胸へぶつかる。

「……」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 顔を上げる。

 すぐ近くにノアの顔があった。

 けれど、いつもと違う。

 笑っていない。

「ノア?」

「怪我は?」

「ない」

「本当に?」

「うん」

「足は?」

「大丈夫」

「手は?」

「大丈夫だって」

 腕を掴んでいるノアの指に力が入っている。

「ノア、痛い」

「……あ」

 彼は慌てて力を緩めた。

「ごめん」

「大丈夫」

 それでも、ノアはすぐには離れなかった。

 リリアの両肩へ手を置き、何かを確かめるように顔を見ている。

「ノア?」

「……怖かった」

 小さな声だった。

「落ちそうになっただけだよ」

「分かってる」

「下もそんなに深くないし」

「分かってるよ」

 思ったより強い声が返ってきた。

 リリアは黙る。

 ノアも、自分の声に驚いたようだった。

「……ごめん」

 目を伏せる。

「分かってる。こんなの、大したことじゃないって」

 いつもの軽い調子ではなかった。

「でも、嫌なんだ」

 青い瞳がリリアを見る。

「君が目の前からいなくなりそうになるの、本当に嫌なんだよ」

 ただ転びそうになっただけだ。

 それなのに、ノアの顔はそう見えなかった。

 まるで、本当に大切な何かを失いかけた人のようだった。

 リリアは少し迷ってから、ノアの手を取った。

「……リリア?」

「いるよ」

 繋いだ手を少し持ち上げる。

「ここにいる」

 ノアが固まった。

「だから大丈夫」

「……待って」

「何?」

「今ちょっと喋れない」

「なんで?」

「君のせい」

「私?」

「そう」

 ノアは空いている手で顔を覆った。

 耳が赤い。

「ずるいなあ……」

「何が?」

「そういうことを何でもない顔でするところ」

「嫌だった?」

「逆だよ」

 指の隙間から青い瞳が覗く。

「嬉しすぎて困ってる」

「じゃあ良かった」

「良くない。僕の心臓には全然良くない」

「大丈夫?」

「原因が心配しないでくれる?」

 リリアにはよく分からなかった。

 ただ、さっきまで青ざめていたノアの顔に色が戻ったので、もう大丈夫なのだろう。

「手、離す?」

 何気なく聞く。

「嫌」

 返事があまりにも早かった。

「……じゃあこのまま?」

「お願いします」

「なんで敬語?」

「今の僕に選択権ないから」

 よく分からない。

 けれどノアが嬉しそうなので、リリアはそのまま手を繋いで歩き始めた。

 数歩進んでから、ノアが呟く。

「リリア」

「何?」

「好きだよ」

「うん」

「……うん?」

「私もノアのこと好きだよ」

 今度こそノアが完全に停止した。

 リリアも足を止める。

「どうしたの?」

「確認していい?」

「何を?」

「今の好きって、どういう好き?」

「友達として」

「知ってた」

 ノアが天を仰いだ。

「分かってた。期待した僕が悪かった」

「何の話?」

「何でもないよ」

「またそれ」

「でも今はそれでいい」

 ノアは繋いだ手を見下ろした。

 それから、少しだけ指を絡めるように握り直す。

「今はね」

 リリアはその意味を考えたが、よく分からなかった。

 ただ、ノアの手は思っていたより温かかった。