魔法より、君に恋をする。



 翌朝。

 目が覚めた瞬間、リリアは布団の中で目を閉じ直した。

「……」

 昨日の夜、自分で書いた一文を思い出す。

『私はセシルが好きらしい。』

「らしい、じゃないでしょ……」

 寝起きの頭でも分かる。

 好きだ。

 認めてしまえば、驚くほど簡単だった。

 セシルを見ると嬉しい。隣にいたい。他の女の子と仲良くしていると面白くない。好きな人の話を聞けば胸が痛い。手を繋いだだけで、一晩経ってもまだ思い出してしまう。

 これで違ったら、恋とは一体何なのだろう。

 問題は、その先だった。

「……私だったりする?」

 口にした瞬間、リリアは布団を頭まで引き上げた。

「ないないない」

 昨日、寝る直前に浮かんでしまった可能性。

 セシルの好きな人は女の子。

 自分も知っている。

 かなり仲がいい。

 一緒に昼食を食べる。

 放課後も一緒にいる。

 ほとんど毎日、一緒に帰る。

 最初は変な子だと思った。

 頭はすごくいいのに、変なところで抜けている。

 自分のことには適当なのに、人のことは放っておけない。

「……」

 布団の中で、リリアは固まった。

 考えれば考えるほど。

「私じゃない?」

 また口に出してしまった。

 心臓が跳ねる。

「いや、でも……」

 自惚れにもほどがある。

 似たような子が他にいるかもしれない。

 頭がよくて。

 抜けていて。

 セシルとほとんど毎日一緒にいて。

 セシルと昼食を食べて。

 放課後も一緒で。

 帰るのも一緒で。

「……いる?」

 いない気がする。

「いやいやいや」

 リリアは勢いよく起き上がった。

 駄目だ。

 朝からこんなことを考えていたら、本当に自分だと思い込んでしまう。

 期待して違った時が一番恥ずかしい。

「確認すればいいんだ」

 呟いてから、すぐに首を振った。

「どうやって?」

『好きな人って私?』

 無理。

 絶対に無理。

 もし違ったら、その場で学院を辞めたくなる。

「……天才なのに何も思いつかない」

 魔法理論なら、条件が揃えば答えを導ける。

 なのに恋愛だけは、正解がどこにも書かれていない。

 結局、何一つ解決しないまま支度を済ませた。

 机の上には、昨夜書いた紙が残っていた。

 石材。

 危険を察知したセシル。

 路地に浮かんだ謎の印。

 その下に書いた、自分の恋心。

 リリアはしばらく眺めてから、紙を折り畳んで鞄へ入れた。

「こっちは調べれば分かる」

 少なくとも、謎の印には答えがある。

 恋より簡単だ。

 たぶん。

 学院へ向かうと、今日も正門の少し手前にセシルがいた。

 見つけた瞬間。

「……」

 リリアは足を止めた。

 昨日までは普通に駆け寄れた。

 今日は無理だった。

 だって。

 もしかしたら。

 あの人は。

「リリア?」

 向こうが気づいた。

 青い髪が揺れ、セシルがこちらへ歩いてくる。

「おはよう」

「……おはよ」

「どうしたの?」

「何が?」

「今日、来ないから」

「来てるじゃん」

「いつも私を見つけたら走ってくるでしょ」

「走ってない。早歩き」

「そこまだ訂正するんだ」

 セシルが笑う。

 その顔を見た瞬間、昨日までなら何とも思わなかった疑問が浮かんだ。

 この顔で。

 私のこと、好きだったりする?

「……」

「リリア?」

「何?」

「顔赤いよ」

「暑い」

「朝だけど」

「暑いものは暑い」

「熱あるんじゃない?」

 セシルが手を伸ばした。

 額に触れられる。

「――っ」

 リリアは勢いよく一歩下がった。

 セシルの手が宙に取り残される。

「……ごめん」

「あ、違う!」

 セシルの顔が僅かに曇ったのを見て、慌てて手を掴む。

「嫌だったんじゃない!」

「……じゃあ何?」

「びっくりしただけ」

「いつも普通に触ってるでしょ」

「今日は心の準備が!」

「心の準備?」

「……何でもない」

「またそれ?」

「いいから!」

 掴んだ手を離そうとして、昨日のことを思い出す。

 手を繋いだ。

 セシルは嫌じゃないと言った。

 むしろ握り返してくれた。

 リリアはそっと指先を見る。

「……ねえ」

「何?」

「昨日の」

「昨日?」

「手」

 セシルの耳が、ほんの少し赤くなった。

「……うん」

「嫌じゃなかった?」

「昨日も言ったでしょ」

「もう一回聞いてるの」

「嫌じゃなかったよ」

「本当に?」

「本当に」

「……そっか」

 リリアは手を離した。

 離したくなかったけれど、朝から繋いで登校する勇気まではなかった。

 隣へ並んで歩き始める。

 少しだけ沈黙が続いた。

「リリア」

「何?」

「昨日から、私に聞きたいことある?」

 心臓が跳ねた。

「な、何で?」

「何となく」

「ないよ」

「本当に?」

「ない」

「……そっか」

 セシルはそれ以上聞かなかった。

 リリアは横目でその顔を見る。

 聞きたいことならある。

 山ほどある。

 好きな人は誰?

 いつから好き?

 どうして好きになったの?

 私だったりする?

 最後だけは、どうしても聞けなかった。

 午前の授業を終え、昼休みになった。

「リリア、食堂行こ」

「うん」

 セシルが当然のように声をかけてくる。

 その「当然」が、今日は嬉しい。

 教室を出ようとしたところで、昨日セシルを昼食に誘っていた女子生徒が近づいてきた。

「セシル」

「あ、おはよう」

「この間言ってたお昼、今日どう?」

 リリアの足が止まった。

 来た。

 昨日は「今度」だった。

 その今度が今日になった。

「あー……」

 セシルが少し困ったようにリリアを見る。

 目が合う。

「……」

 リリアは何も言わなかった。

 言えるわけがない。

 行かないで、なんて。

「ごめん」

 セシルが言った。

「今日、リリアと約束してるから」

「え?」

 リリアが声を出した。

 女子生徒も少し驚いた顔をする。

「そっか。じゃあまた今度ね」

「うん。ごめんね」

 女子生徒が去っていく。

 リリアはセシルを見る。

「約束してた?」

「してない」

「じゃあ何で?」

「……嫌そうだったから」

「誰が?」

「リリアが」

「私、何も言ってないけど」

「顔に書いてあった」

「嘘」

「本当」

「どんな顔?」

「行かないで、って顔」

 心臓が止まりそうになった。

「……そんな顔してない」

「してたよ」

「してない」

「じゃあ行けばよかった?」

「それは……」

 言葉が止まる。

 セシルが少しだけ顔を覗き込む。

「行ってほしかった?」

「……嫌」

 小さな声になった。

「何て?」

「嫌だった」

「……」

「セシルが、あの子と二人でお昼食べるの」

 言ってしまった。

 顔が熱い。

 もう逃げたい。

 けれどセシルは笑わなかった。

「何で?」

 優しい声だった。

「分かんない」

「本当に?」

「……分かってるけど言いたくない」

 セシルが黙る。

 リリアは俯いた。

「ごめん。別にセシルが誰と食べても自由なのに」

「謝らなくていいよ」

「でも」

「私も、リリアと食べたかったから」

 顔を上げる。

「……本当?」

「うん」

「私が嫌そうだったからじゃなくて?」

「それもあるけど」

「それもあるんじゃん」

「でも、リリアと食べたいのは本当」

 胸がいっぱいになる。

 こんなことで。

 たったこれだけのことで。

「……行こ」

「うん」

 二人で食堂へ向かった。

 いつもの席に座る。

 今日は向かいではなく、何となく隣に座った。

「何でこっち?」

 セシルが聞く。

「嫌?」

「嫌じゃないけど」

「じゃあいいじゃん」

「うん」

 肩が少し触れる。

 リリアは昼食を食べながら、昨日からずっと考えていたことを頭の中でもう一度並べた。

 セシルの好きな人。

 女の子。

 かなり仲がいい。

 いつも一緒。

 頭がいい。

 抜けている。

 自分のことは適当。

 他人を放っておけない。

 今日、自分が嫌そうだったから他の女の子との昼食を断った。

 手を繋ぐのも嫌じゃない。

「……」

 どう考えても。

 いや。

 でも。

「セシル」

「何?」

「好きな人のこと聞いていい?」

「また?」

「一個だけ」

「内容による」

「その子と、手繋いだことある?」

 セシルがむせた。

「大丈夫?」

「急に何聞くの」

「気になった」

「何でそんなところが気になるの?」

「いいから答えて」

 セシルは少し黙った。

「……ある」

 リリアの胸が沈む。

「そっか」

「昨日」

「……え?」

 顔を上げる。

 セシルは完全にこちらから目を逸らしていた。

「昨日?」

「うん」

「昨日、好きな人と手繋いだの?」

「……うん」

 リリアの頭が高速で動き始める。

 昨日。

 登校。

 授業。

 昼休み。

 放課後。

 帰り道。

 セシルはほとんどずっと自分といた。

 そして。

 手を繋いだ。

 昨日。

 リリアと。

「……」

「……」

「セシル」

「何?」

「こっち見て」

「嫌」

「何で?」

「今は無理」

「見て」

「無理」

「セシル」

「リリア」

「私、昨日セシルと手繋いだよね」

「……うん」

「他にも誰かと繋いだ?」

「……」

「セシル?」

「繋いでない」

 頭の中で。

 何かが。

 綺麗に繋がった。

「…………え?」

 間の抜けた声が出た。

 セシルは耳まで真っ赤になっていた。

「待って」

「……」

「待って待って待って」

「何」

「昨日、好きな人と手繋いだ?」

「……うん」

「昨日、手繋いだの私だけ?」

「うん」

「……」

「……」

「え?」

 セシルが両手で顔を覆った。

「だから言いたくなかったのに……」

「ちょっと待って!」

 思ったより大きな声が出て、周囲から何人かが振り返った。

 リリアは慌てて声を落とす。

「待って。本当に待って。え?」

「何回待つの」

「だって!」

 心臓がうるさい。

 頭が追いつかない。

「セシルの好きな人って」

 声が震えた。

「……私?」

 セシルは答えなかった。

 でも。

 否定もしなかった。

「セシル」

「……」

「私なの?」

 しばらくして。

 セシルが顔を覆ったまま、小さく頷いた。

 その瞬間。

 世界中の音が消えたような気がした。

「……嘘」

「こんなことで嘘つかない」

「いつから?」

「それ今聞く?」

「聞く!」

「無理」

「何で!」

「恥ずかしいから!」

「私だって今めちゃくちゃ恥ずかしい!」

「リリアは何で恥ずかしいの」

「それは……!」

 言いかけて止まる。

 セシルがゆっくり手を下ろした。

 青い瞳が、リリアを見る。

「……何で?」

 逃げられない。

「リリアは、何で恥ずかしいの?」

「……」

 昨日までは、自分の気持ちを知らなかった。

 今朝だって、セシルの好きな人が自分かもしれないと期待して、すぐに否定した。

 でも。

 本当に自分だった。

 だったら。

「私も……」

 声が小さくなる。

「何?」

「聞こえてるでしょ」

「聞こえてない」

「絶対嘘」

「ちゃんと言って」

「……意地悪」

「今だけ」

 セシルの顔も赤い。

 きっと、自分も同じくらい赤い。

 リリアは一度だけ深く息を吸った。

「私も、セシルが好き」

 言った。

 言ってしまった。

 セシルの目が大きくなる。

「……え?」

「だから、好き」

「親友として?」

「違う」

 そこだけは、もう迷わなかった。

「セシルが誰かと付き合うの嫌。ほかの女の子と二人でお昼食べるのも嫌だった。好きな人の話聞くのも嫌だったし、昨日手繋いだ時、離したくなかった」

 言葉にすればするほど、顔が熱くなる。

「昨日気づいたばっかりだけど……でも、好き」

「……」

「何か言ってよ」

「無理」

「何で?」

「嬉しすぎて」

 その一言で、胸がいっぱいになった。

 セシルが笑った。

 泣きそうにも見える、今まで見たことのない笑顔だった。

「……本当に?」

「何が?」

「本当に、私でいいの?」

「私がいいの」

 今度はリリアが即答した。

 セシルがまた黙る。

「セシル?」

「……もう一回言って」

「嫌」

「何で?」

「恥ずかしい」

「私には言わせたのに」

「それとこれは別」

「ずるい」

「じゃあセシルも言って」

「何を?」

「ちゃんと」

 今度はリリアがセシルを見る。

「私のこと好きって」

 セシルはしばらく黙った。

 逃げるように目を逸らしかけて、それでも戻ってくる。

「好きだよ」

 優しい声だった。

「ずっと、リリアが好き」

 胸がきゅっと締めつけられる。

 痛いくらいなのに、嬉しい。

「……ずっとって、いつから?」

「それはまだ秘密」

「何で!」

「今全部言ったら、リリア絶対調子に乗るから」

「乗らない」

「乗る」

「乗らないって」

「じゃあいつか教える」

「絶対?」

「絶対」

 リリアは少しだけ唇を尖らせた。

 でも、笑ってしまった。

 セシルも笑う。

 その瞬間。

 二人の間に、昨日までとは違う沈黙が落ちた。

「……で」

 リリアが言う。

「これ、どうなるの?」

「何が?」

「私たち」

「……」

「両想いだったんでしょ?」

「そう、みたいだね」

「じゃあ……」

 そこから先を言うのが急に恥ずかしくなる。

 セシルも分かったらしい。

 顔が赤くなった。

「付き合う?」

 先に言ったのはセシルだった。

 リリアは一瞬だけ目を丸くした。

「……うん」

「本当に?」

「何でそこ確認するの」

「だって、まだ信じられない」

「私もだよ」

 リリアは机の下へ手を伸ばした。

 隣にあるセシルの手を探す。

 指先が触れた。

 今度は迷わず、その手を握る。

 セシルも握り返した。

「……昨日と違うね」

「何が?」

「同じことしてるのに」

「うん」

 昨日は、親友だった。

 今日は。

 恋人。

 そう思った瞬間、リリアは耐えきれず机へ額をつけた。

「無理」

「どうしたの?」

「恥ずかしくなってきた」

「今さら?」

「恋人って思ったら急に無理」

 セシルが笑う。

「笑わないでよ」

「ごめん。でも可愛い」

「……」

「リリア?」

「それ禁止」

「何が?」

「急にそういうこと言うの」

「何で?」

「心臓に悪い」

「今まで言えなかったから」

「だからって急に解禁しないで!」

「じゃあ少しずつにする」

「……それも困る」

「どっち?」

「知らない!」

 二人で笑った。

 それからしばらく、手を繋いだまま昼食を食べた。

 ものすごく食べにくかった。

 でも、どちらも離そうとはしなかった。

 放課後。

 昨日の異変について調べるため、二人は図書室へ向かった。

 恋人になったからといって、問題が消えたわけではない。

「昨日の印、これ」

 リリアが紙を広げる。

 円の中に三本の線。

 セシルが覗き込んだ。

「やっぱり知らない」

「私も。古代文字の資料から当たってみる」

「手伝う」

「もちろん」

 二人で書架へ向かう。

 リリアが上段の本へ手を伸ばした時だった。

 後ろからセシルが同じ本を取ろうと手を伸ばす。

 身体が触れた。

「……」

「……」

 二人とも止まる。

「ごめん」

「いや」

「取る?」

「セシル取って」

「うん」

 昨日なら何ともなかった。

 今日から全部おかしい。

「恋人って大変だね」

「まだなって数時間だけど」

「すでに大変」

「嫌?」

「全然」

 即答すると、セシルが嬉しそうに笑った。

 その顔が可愛くて、リリアはまた目を逸らした。

「……慣れるまで時間かかりそう」

「私も」

 二人で机へ戻り、資料を広げる。

 しばらく調べても、印そのものは見つからなかった。

 ただ。

「これ」

 リリアが一冊の古い資料で手を止めた。

「何?」

「似てる」

 ページの端に、小さな図がある。

 円。

 その内側を分割する複数の線。

 昨日見たものと同一ではない。

 けれど、構造が似ていた。

「何の印?」

「……接続術式」

「接続?」

「うん。二つの離れた魔力領域を一時的に繋ぐための古い術式みたい」

 セシルが眉を寄せる。

「それが何で路地に?」

「分からない」

 リリアは文章を読み進める。

「ただ、この術式……今はほとんど使われてない」

「危険だから?」

「違う」

「じゃあ何で?」

「必要がないから」

 リリアはページを指でなぞった。

「現代の転移魔法の方が効率がいい。わざわざ領域同士を接続する意味がないんだって」

「じゃあ、誰かが古い魔法を使ってる?」

「可能性はある」

「昨日の石も関係あるのかな」

「それはまだ分からない」

 リリアは紙へ情報を書き込んでいく。

 セシルがその横顔を見ていた。

「何?」

「いや」

「何?」

「リリア、本当にこういう時は格好いいなと思って」

「こういう時は?」

「普段との落差が」

「恋人になった初日に喧嘩売ってる?」

「褒めてるよ」

「じゃあ許す」

 リリアは笑った。

 その時。

 セシルの表情が変わった。

「……リリア」

「何?」

「また」

 リリアもすぐに笑みを消す。

「感じる?」

「うん」

「私から?」

「……違う」

 初めてだった。

「どこ?」

 セシルがゆっくり顔を上げる。

 図書室の奥。

 誰も使っていない書架の向こう。

「あっち」

 二人は顔を見合わせた。

「行く?」

「……危なくない?」

「分からない」

「じゃあ先生呼ぶ?」

「それが一番安全」

「珍しく慎重」

「誰かさんに心配かけたくないから」

 セシルが少しだけ笑う。

「恋人になった効果すごいね」

「でしょ?」

 二人が立ち上がろうとした、その瞬間。

 図書室の灯りが消えた。

「え?」

 周囲からざわめきが起こる。

 完全な暗闇ではない。

 窓から夕方の光が差し込んでいる。

 けれど、魔導灯だけが一斉に消えていた。

「リリア」

「いるよ」

 暗闇の中、セシルの手がリリアの手を探す。

 すぐに握り返した。

「大丈夫」

「うん」

 その時。

 図書室の奥で。

 淡い光が浮かんだ。

 円。

 三本の線。

「……昨日の」

「同じだね」

 リリアは目を細めた。

 光は書架の間に浮かんでいる。

 そして。

 その下に、新しい文字が現れた。

「読める?」

「……待って」

 昨日とは違う。

 今回は、見覚えのある文字が混じっている。

 リリアは頭の中で構造を組み替えた。

「接続……対象……」

「何?」

「ちょっと待って」

 文字が一つずつ浮かぶ。

 古い形式と現代文字が混ざっている。

 それでも、意味は取れる。

「対象を確認」

 リリアが読み上げる。

「対象?」

 セシルの手に力が入った。

 次の文字。

 リリアは息を止めた。

「……識別名」

「何て書いてあるの?」

 光が強くなる。

 文字列が完成する。

 リリアは、それを見た。

「セシル……」

「何?」

「これ」

 声が震えた。

 そこに書かれていたのは。

 セシルの名前だった。

 ただし。

 リリアの知っている形ではなかった。

 名前の後ろに、見たことのない文字列が続いている。

「何これ」

 セシルが呟く。

「私の名前?」

「うん」

「その後ろは?」

「……分からない」

 リリアにも読めなかった。

 そして何より。

 セシルの顔を見れば分かる。

 本人も知らない。

「セシル」

「私、本当に知らないよ」

「分かってる」

「こんなの初めて見た」

「うん」

「何で私の名前が……」

 その瞬間。

 光の文字が変わった。

 新しい一文が浮かぶ。

 今度は。

 リリアにも読めた。

「……え?」

「何?」

 セシルが聞く。

 けれどリリアは答えられなかった。

 そこには、たった一文。

 こう書かれていた。

『接続率 十二パーセント』

「接続率……?」

 セシルが呟く。

 リリアは光を見つめる。

 昨日の資料。

 領域と領域を繋ぐ接続術式。

 セシルだけが感じる、説明のつかない危険。

 そして今。

 セシルの名前と、接続率。

 点が増えた。

 けれど、まだ線にはならない。

「リリア」

「大丈夫」

 今度はリリアからセシルの手を強く握った。

「絶対調べるから」

「……うん」

「一緒にね」

「うん」

 恋人になったその日。

 二人は初めて、自分たちを待っているものが、ただの偶然ではないことを知った。

 けれどセシルはまだ何も知らない。

 自分の名前の後ろにあった文字列の意味も。

 なぜ自分だけがリリアの危険を感じ取れるのかも。

 そして。

 十二パーセントという数字が、これからどれほど速く上がっていくのかも。

セシルルート 第38章 終