魔法より、君に恋をする。

 翌朝。

 リリアは目を覚まして、最初に左手首を見た。

 紫と白の石。

 ある。

「……よし」

 何が「よし」なのか自分でも分からない。

 ただ、それがそこにあるだけで少し安心した。

 昨日のことも覚えている。

 菓子店。

 川沿い。

 繋いだ手。

 そして。

 キス。

「……」

 布団を頭まで被った。

「いや待って」

 昨日の自分。

 何をしている。

『終わり?』

「何で言った?」

『短い』

「何で!?」

 思い出すだけで恥ずかしい。

 しかもルシアンは全部覚えている。

 いや。

 今度こそ忘れたくないとまで言っていた。

「最悪……」

 全然最悪ではない。

 むしろ。

 嬉しい。

 だから余計に困る。

 リリアは布団の中でしばらく転がってから、ようやく起きた。

     *

「おはよう」

「……おはようございます」

 学院へ着いて最初に会ったのがルシアンだった。

 最悪のタイミング。

 いや、会いたかった。

 でも今ではない。

 昨日のキスを思い出した直後ではない。

「どうしたの?」

「何も」

「顔赤いけど」

「暑い」

「今日はかなり涼しいよ」

「走ったから」

「さっき門の前を普通に歩いていたけど」

「見てたんですか?」

「たまたま」

「……」

「リリア?」

「先輩」

「何?」

「昨日のこと、一回忘れてくれません?」

 ルシアンが少し考える。

「どこから?」

「どこからって」

「菓子店?」

「もっと後」

「川?」

「もっと後」

「キス?」

「言わないで!」

 ルシアンが笑った。

「そこ?」

「そこじゃない!」

「じゃあどこ?」

「その後!」

 ルシアンは少し考えて。

 思い出したらしい。

「ああ」

「その顔やめて」

「『短い』?」

「忘れて!」

 思ったより大きな声が出た。

 近くを歩いていた生徒が振り返る。

 リリアは慌てて声を落とした。

「……本当に」

「嫌だ」

「即答!?」

「今度は忘れたくないって言っただろう?」

「そこまで覚えなくていい!」

「僕にはかなり嬉しかったんだけど」

「何が?」

「君がもう一度、僕に触れたいと思ってくれたこと」

 リリアは言葉に詰まった。

 そういう言い方は。

 ずるい。

「……先輩」

「何?」

「朝からそれ禁止」

「何が?」

「そういうの」

「どういうの?」

「分かってるくせに」

 ルシアンは楽しそうに笑っている。

 この人。

 昨日まであんなに慎重だったのに。

「何か今日、余裕あるね」

「そう?」

「ある」

「多分」

 少しだけリリアへ近づく。

「昨日、安心したから」

「……何に?」

「君が僕との新しい記憶を作りたいと言ってくれた」

 また。

 心臓が変な音を立てる。

「だから少しくらい」

 紫色の瞳が細くなる。

「期待してもいいのかなと思って」

 リリアは目を逸らした。

「……少しくらいなら」

「本当に?」

「少しね」

「どのくらい?」

「知らない」

「測れない?」

 リリアは思わず彼を見る。

 ルシアンも。

 言ってから気づいたようだった。

 二人の間に。

 一瞬。

 静かなものが落ちる。

 昔なら。

 同期率があった。

 数字があった。

 世界が二人の関係を勝手に測った。

 でも今は。

「うん」

 リリアは笑った。

「測れない」

 ルシアンも笑う。

「それがいいね」

「うん」

 廊下を並んで歩く。

 少しして。

 リリアの手の甲に何かが触れた。

 ルシアンの指。

 偶然かと思った。

 また触れる。

「……先輩」

「何?」

「手」

「うん」

「繋ぎたいの?」

「……」

「何で黙るの」

「君が嫌ならやめようと思って」

 リリアは少し笑った。

 そして。

 自分から小指を絡める。

「全部繋ぐと目立つから」

「ああ」

「これなら」

「うん」

 小指だけ。

 それで歩く。

 たったそれだけなのに。

 昨日のキスより。

 なぜか恥ずかしい。

「先輩」

「何?」

「これ、結構恥ずかしいね」

「僕も今思ってた」

「やめる?」

「嫌だ」

「私も」

 そのまま。

 生徒会室まで歩いた。

     *

 昼休み。

 ノアが二人を交互に見ていた。

「何?」

 リリアが聞く。

「いや」

「言いたいことあるなら言って」

「お前らさ」

 ノアがルシアンを見る。

 次にリリアを見る。

「付き合ってんの?」

 リリアは固まった。

 ルシアンも黙る。

「……え?」

「いや、何その反応」

「待って」

 リリアはルシアンを見る。

「私たち今付き合ってる?」

「僕に聞く?」

「だって」

「僕は君に決めてもらうつもりだったから」

「何を?」

「今の関係を」

 ノアが眉を寄せる。

「何の話?」

「ちょっと黙ってて」

「俺が聞いたんだけど」

「大事なところだから!」

「はいはい」

 リリアはルシアンを見る。

「前は付き合ってた」

「ああ」

「私が忘れた」

「うん」

「昨日キスした」

「おい」

「ノア黙って!」

「はい」

「で」

 リリアは少し困った。

「今は?」

「僕は」

 ルシアンが静かに言う。

「恋人に戻れたら嬉しい」

「……うん」

「でも、以前そうだったからという理由だけで戻るのは違うと思ってる」

「うん」

「だから君が決めて」

 また。

 それ。

 今のルシアンは。

 何でもリリアに決めさせる。

 昔の彼を知っているからこそ。

 その変化が分かる。

 怖いくせに。

 自分を選んでほしいくせに。

 それでも。

 待っている。

「……じゃあ」

 リリアは少し考えた。

「今は付き合ってない」

 ルシアンの目が。

 ほんの少しだけ揺れた。

「分かった」

 笑った。

 普通に。

 でも。

 リリアには分かった。

 傷ついた。

「ただし」

 ルシアンが顔を上げる。

「私、先輩のこと気になってる」

「……」

「かなり」

 ノアが隣で「あー」と何か言いかけたが、リリアは無視した。

「だから」

 少し恥ずかしい。

「もう一回、口説いて」

 ルシアンが目を瞬く。

「……僕が?」

「うん」

「君を?」

「他に誰がいるの」

「いや」

 珍しく。

 本当に困っている。

「そういう経験があまり」

「十二回も恋してるのに?」

「全部思い通りになっていたと思う?」

「あ」

「半分以上振られてるよ」

「そうだった」

 ノアが完全に置いていかれている。

「何の話?」

「長い話」

「十二回振られてんの?」

「半分以上とは言ったけど十二回とは言ってない」

「そこ訂正するんだ」

 リリアは笑った。

「じゃあ頑張って、先輩」

「……分かった」

 ルシアンが眼鏡を直す。

「努力する」

「楽しみにしてる」

「ちなみに」

「何?」

「期限は?」

「期限?」

「いつまでに君を好きにさせればいい?」

「そういうゲームじゃないから!」

「目標があった方が」

「生徒会の仕事みたいにしないで!」

 ノアが吹き出した。

「ルシアン、恋愛向いてねえな」

「君に言われたくない」

「俺は少なくとも期限聞かねえよ」

「では君ならどうする?」

「俺を巻き込むな」

 普通の会話。

 普通の昼休み。

 世界の命運なんて。

 誰も背負っていない。

 リリアは。

 その時間が。

 すごく好きだった。

     *

 その日の放課後。

「リリア」

「ん?」

「少し時間ある?」

「あるよ」

「では」

 ルシアンが小さな紙袋を差し出した。

「これ」

「何?」

「口説く第一回」

「言い方!」

 笑いながら受け取る。

 中を見る。

「……クッキー?」

「ああ」

「買ったの?」

「作った」

「え?」

 リリアはルシアンを見る。

「先輩が?」

「そんなに驚く?」

「料理できるの?」

「一応」

 その瞬間。

 記憶。

 黒い何か。

『食べられる?』

『食べられるよ』

『炭だよ』

「……ふっ」

「何?」

「いや」

 笑いが止まらない。

「先輩」

「何?」

「昔、料理焦がしたことある?」

 ルシアンが固まる。

「……どうして知ってる?」

「思い出した」

「よりによってそこ?」

「炭みたいだった」

「第零循環の話だね」

「覚えてるの?」

「少しずつ」

「僕も」

「じゃあ今は上手?」

「何千年経ったと思ってる?」

「クッキー一枚に何千年の修行積んでるの」

「言い方がおかしい」

 袋から一枚取る。

 食べる。

「……美味しい」

「本当?」

「うん」

「よかった」

 ルシアンが。

 本当に安心した顔をする。

「先輩」

「何?」

「これで口説いてるつもり?」

「……駄目?」

「いや」

 リリアはもう一枚食べる。

「結構いい」

「本当に?」

「うん」

「ならよかった」

「でも」

「何?」

「私甘いもの好きだから、物で釣られやすいよ」

「では毎日作ろうか」

「太らせる気?」

「困ったな」

「そこは調整して」

「難しい」

「頑張って」

 ルシアンが笑う。

 リリアも笑った。

 そのまま帰ろうとして。

 ふと。

 袖を掴んだ。

「先輩」

「何?」

「今日」

 少し迷う。

「一緒に帰らない?」

「もちろん」

 学院を出る。

 夕方の道。

 並んで歩く。

 今日は。

 最初から手を繋いでいない。

 少し。

 気になる。

 ルシアンも。

 何度かこちらの手を見ている。

 でも触れてこない。

 昨日リリアが「付き合ってない」と言ったからだろう。

「……真面目」

「何が?」

「何でもない」

 しばらく歩く。

 夕日が長い影を作る。

「先輩」

「何?」

「口説く第二回は?」

「もう?」

「クッキーだけ?」

「今日一日で何回必要なの?」

「知らない」

「では」

 ルシアンが考える。

「明日も一緒に帰らない?」

「それ口説いてる?」

「僕なりに」

「弱い」

「難しいな」

「もっとキュンとするやつ」

「急に要求が上がったね」

「頑張って」

「そう言われても」

 ルシアンが困ったように笑う。

 そして。

 少し歩いてから。

「……君といると」

「うん」

「明日の予定を考えるようになった」

 リリアの足が。

 少しだけ遅くなる。

「前は?」

「考えなかった」

「何で?」

「どうせまた世界が終わると思っていたから」

 静かな声。

「一年後も、十年後も。考える意味がないと思っていた」

「……うん」

「でも今は」

 ルシアンが前を見る。

「明日は君と帰りたいと思うし」

 一歩。

「週末はどこかへ行けたらと思う」

 また一歩。

「来年も」

 紫色の目が。

 リリアを見る。

「君の隣にいたいと思ってる」

 胸が。

 跳ねた。

「……」

「どう?」

「何が?」

「第二回」

「……ずるい」

「駄目?」

「急に強いの出してきた」

「君がキュンとするものと言ったから」

「加減して」

「難しいな」

 リリアは顔を逸らした。

 熱い。

 これは。

 かなり。

 効いた。

「……八十点」

「採点されるの?」

「されます」

「百点は?」

「まだ」

「厳しい」

「頑張って」

「分かった」

 少しして。

 ルシアンの手が。

 またリリアの手の近くへ来た。

 触れない。

 待っている。

 リリアは。

 その手を見た。

 そして。

 自分から握った。

「これは?」

 ルシアンが聞く。

「何?」

「付き合っていないけど、いいの?」

「手くらい」

「昨日キスもしたけど」

「それは」

「うん」

「……特別」

「何が?」

「先輩だから」

 ルシアンが止まった。

 リリアも止まる。

「今の」

「何?」

「もう一度言って」

「嫌」

「どうして?」

「恥ずかしい」

「僕にはかなり」

「言わない」

「リリア」

「行くよ!」

 手を繋いだまま歩き出す。

 ルシアンも追いつく。

「先輩だから、何?」

「うるさい!」

「聞こえなかった」

「絶対聞こえてた!」

「もう一度」

「嫌!」

 笑いながら。

 歩く。

 それから三日。

 ルシアンは本当に。

 リリアを口説き続けた。

 朝。

「おはよう」

 それだけ言って、温かい飲み物を渡された。

「何これ」

「君、朝寒いって言ってただろう」

「……覚えてたの?」

「昨日言ってたから」

 二十点。

 いや。

 四十点。

 昼。

 大量の資料を抱えていたら。

「半分」

「大丈夫」

「知ってる」

 勝手に半分持っていく。

「大丈夫なら持たないの?」

「違う」

「何?」

「君が一人で持てることと、僕が持ちたいことは別」

「……」

 八十五点。

 放課後。

 リリアが机で眠ってしまった。

 目を覚ますと。

 肩に上着が掛かっていた。

 ルシアンは向かいで仕事をしている。

「先輩」

「起きた?」

「これ」

「寒そうだったから」

「起こせばよかったのに」

「よく寝てたから」

「どれくらい?」

「四十分」

「見てた?」

「仕事してた」

「本当に?」

「時々」

「……」

 九十点。

 そして。

 四日目。

 リリアは気づいた。

「……あれ」

 朝。

 学院へ向かう途中。

 ルシアンを探している。

 いない。

 いつもなら門の近くで会う。

 今日は。

 いない。

「……別に」

 待ち合わせしているわけではない。

 約束もしていない。

 そのまま学院へ入る。

 廊下。

 いない。

 生徒会室。

 いない。

「……」

「誰探してんの?」

 ノア。

「別に」

「ルシアン?」

「違う」

「今日休み」

「え?」

 反射的に振り返った。

 ノアが笑う。

「やっぱルシアンじゃん」

「何で休み?」

「知らね。体調悪いんじゃね?」

「体調?」

 胸がざわつく。

 嫌な感じ。

 頭では。

 ただの欠席だと分かっている。

 世界はもう壊れない。

 管理者でもない。

 でも。

 ルシアンがいない。

 それだけで。

 十二回分の何かが。

 身体の奥で。

 怖がっている。

「……家どこ」

「は?」

「先輩の家」

「知らねえよ」

「生徒会の名簿!」

「個人情報を何だと思ってんだ」

「緊急!」

「何が?」

「……分かんない」

 自分でも。

 説明できない。

 ただ。

 会いたい。

 顔を見たい。

 無事だと知りたい。

 その時。

 扉が開いた。

「ごめん、遅れた」

 リリアが振り返る。

 ルシアン。

「……」

「リリア?」

 走った。

 考えるより先に。

 胸へ飛び込んだ。

「うわ」

 ルシアンが慌てて受け止める。

「どうしたの?」

「休みって!」

「誰が?」

「ノア!」

 ルシアンがノアを見る。

「おい」

「いや、こいつが探してたから」

「休みとは言ってない」

「ちょっとからかっただけ」

「殺す」

「元管理者怖っ」

 リリアはルシアンの服を掴んだまま離れない。

「リリア」

「……」

「ごめん」

「何で遅れたの」

「教師に呼ばれてた」

「体調は?」

「元気だよ」

「本当に?」

「ああ」

「どこも痛くない?」

「ない」

「消えない?」

 言ってから。

 自分で。

 止まった。

 ルシアンも。

 ノアも。

 黙った。

「……ごめん」

 離れようとした。

 でも。

 ルシアンの腕が背中へ回った。

「消えないよ」

「……うん」

「僕はここにいる」

「うん」

「大丈夫」

 頭を。

 ゆっくり撫でられる。

 その感触で。

 胸のざわつきが。

 少しずつ消えていく。

「……怖かった」

「うん」

「何でか分かんないけど」

「分かるよ」

「先輩がいないだけで」

「うん」

「すごく嫌だった」

 ルシアンは。

 何も言わなかった。

 ただ抱きしめていた。

 そして。

 少し落ち着いてから。

 リリアは気づいた。

 ノアがいる。

「……」

 離れる。

 ノアと目が合う。

「何」

「いや」

「何」

「付き合ってないんだよな?」

「……」

「へえ」

「何その顔!」

「別に」

「うるさい!」

 ノアは笑いながら出ていった。

 扉が閉まる。

 二人きり。

 急に。

 恥ずかしくなる。

「……先輩」

「何?」

「今の忘れて」

「嫌だ」

「また!?」

「今度は忘れないって言っただろう」

「都合よく使わないで!」

 ルシアンが笑う。

「でも」

 リリアを見る。

「嬉しかった」

「……何が?」

「僕がいなくて寂しかった?」

「寂しいというか」

「うん」

「心配した」

「うん」

「怖かった」

「うん」

「会いたかった」

 そこまで言って。

 止まる。

 ルシアンの目が。

 優しくなる。

「……何」

「いや」

「言いたいことあるなら言って」

「口説く必要」

「うん」

「もうあまりないのかなと思って」

「調子乗らないで」

「すみません」

 でも。

 否定できなかった。

 リリアは。

 気づき始めている。

 いや。

 もう。

 多分。

 分かっている。

 記憶が戻ったからではない。

 昔恋人だったからでもない。

 ルシアンが自分を好きだからでもない。

 朝。

 会いたい。

 昼。

 話したい。

 帰り。

 一緒にいたい。

 いないと。

 探してしまう。

 触れられると。

 嬉しい。

 他の誰でもなく。

 今。

 目の前にいる。

 この人に。

「……先輩」

「何?」

「今日、帰り」

「うん」

「屋上来て」

 ルシアンが少し驚く。

「屋上?」

「うん」

「何かある?」

「ある」

「何?」

「今言ったら屋上行く意味ないじゃん」

「それはそうだけど」

「放課後」

「分かった」

「絶対ね」

「ああ」

 リリアは。

 生徒会室を出る。

 廊下を歩く。

 心臓が。

 うるさい。

「……無理」

 顔が熱い。

 でも。

 言う。

 今度は。

 昔の続きをするためではない。

 今の自分が。

 今のルシアンを。

 選ぶために。

     *

 放課後。

 屋上。

 夕焼け。

 風。

 先に来たリリアは。

 もう十分くらい。

 同じ場所を歩き回っていた。

「何て言うの」

 好き。

 普通に。

 それだけでいい。

「いや無理」

 何が無理なのか。

 十三回世界を越えたくせに。

 告白一つが。

 怖い。

 扉が開く。

「リリア?」

「来た!」

「呼んだのは君だよ」

「そうだけど」

 ルシアンが近づく。

「どうしたの?」

「そこ」

「ここ?」

「うん」

「分かった」

 立つ。

 リリアの前。

「……」

「……」

「先輩」

「うん」

「私」

「うん」

「……」

 言えない。

 ルシアンは。

 急かさない。

 ただ待っている。

 それが。

 余計に。

 好きだと思った。

「私さ」

「うん」

「前のこと」

「ああ」

「まだ全部思い出してない」

「うん」

「多分、戻らないのもある」

「そうだね」

「それで」

 一度。

 息を吸う。

「前の私が先輩をどれくらい好きだったかも」

「うん」

「全部は分かんない」

「大丈夫」

「でも」

 ルシアンを見る。

 紫色の目。

 初めて見た時。

 綺麗だと思った。

 もう一度出会った時も。

 同じことを思った。

「今の私は」

 声が震える。

「先輩が好き」

 ルシアンの目が。

 ゆっくり見開かれる。

「……」

「何か言って」

「待って」

「何で」

「今」

 ルシアンが顔を逸らす。

「少し無理」

「何が!?」

「嬉しすぎて」

「……」

「ごめん」

 眼鏡を外す。

 目元を押さえる。

「先輩」

「うん」

「泣いてる?」

「泣いてない」

「それ私のやつ」

「借りた」

 リリアは。

 少し笑った。

 ルシアンも。

 顔を戻す。

 目が赤い。

「もう一度」

「何?」

「言って」

「嫌」

「どうして」

「恥ずかしい」

「お願い」

「先輩」

「うん」

「好き」

 今度は。

 ちゃんと言えた。

「前の私がどうとかじゃなくて」

「うん」

「エリシアでもなくて」

「ああ」

「今の」

 胸に手を当てる。

「リリア・アスターが」

 ルシアンを見る。

「ルシアン先輩を好き」

 静かな。

 夕方。

 世界は。

 何も起こさない。

 祝福の光も。

 魔法陣も。

 同期率の表示も。

 ない。

 だから。

 ルシアン自身が。

 答えた。

「僕も」

 一歩。

 近づく。

「君が好きだ」

 もう一歩。

「今の君が」

 手を取る。

「リリア・アスターが好きだよ」

 リリアは笑った。

「じゃあ」

「うん」

「付き合う?」

 ルシアンが笑う。

「そこは僕から言わせてもらえない?」

「あ」

「口説けと言っただろう」

「そうだった」

「リリア」

「はい」

 手を握る。

 今までで。

 一番緊張しているように見えた。

「僕と」

 少し息を吸って。

「もう一度、恋人になってください」

 リリアは。

 少し考えるふりをした。

「……どうしよっかな」

「リリア」

「冗談」

「心臓に悪い」

「先輩も緊張するんだ」

「するよ」

「じゃあ」

 握られた手を。

 握り返す。

「よろしくお願いします」

 ルシアンの顔が。

 ゆっくり。

 ほどける。

「……よかった」

「そんなに?」

「かなり」

「じゃあ」

 リリアは。

 少しだけ近づいた。

「百点」

「何が?」

「口説くやつ」

「合格?」

「合格」

「ご褒美は?」

「調子乗った」

「君が採点制度を作ったんだろう?」

「ご褒美欲しいの?」

「できれば」

「何?」

「……」

 ルシアンが。

 リリアの唇を一瞬見る。

 分かりやすい。

「先輩」

「何?」

「顔」

「何」

「分かりやすすぎ」

「……」

「キス?」

「できれば」

 リリアは笑った。

「いいよ」

 ルシアンの手が。

 頬へ触れる。

 でも。

 そこで止まる。

「何?」

「一つだけ」

「うん」

「本当に」

 紫色の瞳が。

 近くでリリアを見る。

「僕でいい?」

 リリアは。

 一瞬。

 呆れた。

「先輩」

「何?」

「それ」

「うん」

「何回聞く気?」

「……」

「十二回?」

「さすがに」

「十三回?」

「リリア」

「百回?」

「ごめん」

「もう」

 リリアは。

 ルシアンの服を掴んだ。

 少し引き寄せる。

「私が選んだって言ってるでしょ」

「……うん」

「だから」

 今度は。

 自分から。

 唇を重ねた。

 ほんの一瞬。

 離れる。

「これで分かった?」

 ルシアンは。

 少し黙って。

「……もう一回なら」

「欲張り」

「恋人になったばかりだから」

「前から恋人だったけどね」

「今の僕たちは今日からだろう?」

 その言葉が。

 すごく。

 好きだった。

「……うん」

 リリアは笑う。

「今日から」

 今度は。

 ルシアンから。

 ゆっくり近づく。

 二度目のキス。

 いや。

 何度目でもない。

 数える必要なんて。

 もうなかった。

 唇が離れる。

 額が触れる。

「リリア」

「何?」

「明日も好きだと思う」

「多分?」

「絶対」

「来週は?」

「好き」

「来年」

「好きだよ」

「十年後」

「君が嫌がっても」

「それはちょっと重い」

「……」

「冗談」

 ルシアンが笑う。

 リリアも笑った。

「じゃあ先輩」

「何?」

「明日も会おうね」

 それは。

 何千年先でも。

 来世でも。

 十四回目でもない。

 たった一日先の約束。

 ルシアンは。

 今までで一番嬉しそうに。

「うん」

 そう答えた。

「明日も会おう」