魔法より、君に恋をする。

「右」

「左だよ」

「右だと思う」

「地図は左って言ってる」

「地図がおかしい可能性は?」

「ないよ」

「なんで断言できるの?」

「この前も地図のせいにしてたよね?」

 開始から十分も経たないうちに、リリアはノアへ地図を没収された。

「ほら。ここに噴水があるでしょ?」

「ある」

「僕たちがさっき通ったのはこっちの噴水。リリアが見てるのは別のやつ」

「……噴水二つもいらなくない?」

「学院の設計者に言って」

「紛らわしい」

「本当に自分の方向感覚を疑わないね」

「方向感覚には自信あるよ」

「その自信だけはどこから湧いてくるの?」

 ノアは笑いながら地図を畳んだ。

「こっち」

 木立の中へ続く道を歩き始める。

 リリアもその隣へ並んだ。

 普段使う校舎から離れるにつれて、生徒の姿は少なくなっていく。木漏れ日が石畳へ落ち、風が吹くたびに枝葉が擦れる音がした。

「リリア」

「何?」

「楽しい?」

「実習が?」

「僕といるのが」

 唐突な質問だった。

 リリアは少し考えてから頷く。

「楽しいよ」

 ノアの足がわずかに止まりかけた。

「……即答するんだ」

「聞いたから答えた」

「そうだけど」

「ノアは楽しくない?」

「楽しいに決まってる」

 今度はノアが即答した。

「じゃあ同じだね」

「そういうところなんだよなあ」

「何が?」

「何でもない」

「またそれ」

 リリアが不満そうにすると、ノアは楽しそうに笑った。

 そのまま少し歩いてから、彼は前を向いたまま口を開く。

「僕はね、こういうことがしたかったんだ」

「探索魔法?」

「違うよ」

「じゃあ何?」

「普通のこと」

 ノアは何でもないことのように言った。

「同じ教室で授業を受けて、昼ご飯を食べて、くだらない話をして、一緒に課題やって。そういうの」

「今してるじゃん」

「うん」

 ノアは笑った。

「だから嬉しい」

 その横顔が、なぜか少し寂しそうに見えた。

 リリアには理由が分からない。

「じゃあ、これからもすればいいでしょ」

 そう言うと、ノアがこちらを向いた。

「これからも?」

「卒業まで三年近くあるし」

「……三年」

「短い?」

「いや」

 ノアは少しだけ目を伏せた。

「僕には、すごく長く感じる」

「まだ入学したばっかりだからね」

「そういう意味じゃないんだけどな」

「?」

「何でもない」

 ノアはすぐに笑顔へ戻った。

「ほら、行こう。首席様が一位を逃したら大変だ」

「ノアのせいにする」

「責任重大だなあ」