魔法より、君に恋をする。



 翌朝。

 リリアは一年生棟へ向かう途中で、見慣れた黒紫の髪を見つけた。

「ルシアン先輩」

 呼ぶ。

 ルシアンが振り返る。

「おはよう、リリア」

「おはよう」

 昨日と同じ場所。

 昨日と同じように、彼が会いに来てくれた。

 でも一つだけ違う。

 右手。

 手袋をしていた。

「それ」

「ああ」

 ルシアンは右手を見る。

「今朝も消えていなかった」

「管理権限?」

「ああ」

 昨日浮かんだ古い魔法陣。

 最初のリリアを管理するため、かつてルシアンへ与えられていた権限。

 それが今、独立したはずのエリシアへ接続しようとしている。

「痛い?」

「ないよ」

「変な感じは?」

「少し。右手だけ魔力の流れが違う」

「見ていい?」

「ああ」

 ルシアンが手袋を外す。

 手の甲には昨日と同じ紫黒色の線。

 ただ。

「……増えてない?」

「気づいた?」

「昨日より広い」

「そうだね」

 昨日は手の甲だけだった。

 今日は細い線が手首まで伸びている。

「同期率は?」

「今朝確認した時点で三パーセント」

「昨日一パーセントだったよね」

「ああ」

「寝てるだけで二増えた?」

「そうなる」

「嫌だな」

「僕もだよ」

 リリアは手を伸ばしかけた。

 昨日と同じように触れようとして。

 止まる。

「……触っていい?」

 ルシアンも一瞬迷った。

「分からない」

「危ないかも?」

「接触が同期へ影響する可能性はある」

「じゃあやめる」

 手を引く。

 その瞬間。

 思ったより寂しかった。

「……」

「リリア?」

「何でもない」

「顔に出ているよ」

「手繋ぎたかっただけ」

 ルシアンが黙った。

「先輩は?」

「繋ぎたいよ」

「そっか」

「かなり」

「……そっか」

 二人とも手を見る。

 昨日までは、繋ぎたければ繋いでいた。

 今はたった数センチが遠い。

「今日調べよう」

 リリアが言った。

「何が同期率を上げるのか」

「ああ」

「手繋ぐのが関係ないって分かったら?」

「繋ごう」

「すぐ?」

「すぐ」

「約束」

「約束する」

 それだけで少し機嫌が直った。

「じゃあ授業行ってきます」

「ああ」

「放課後ね」

「待っている」

 リリアが歩き出す。

 三歩。

 振り返った。

 ルシアンはまだいた。

「先輩」

「何?」

「今日も好き?」

 ルシアンが笑う。

「好きだよ」

「よし」

「君は?」

「好き」

「よし」

「真似した」

「昨日から気に入っているんだ」

 リリアも笑った。

 今度こそ教室へ向かう。

 触れられない。

 でも。

 好きだと言うくらいなら、世界に止められる理由はない。

 そう思った。

 放課後。

 生徒会室へ入ると、ルシアンはすでにソファの前へ小さな術式を組んでいた。

「何これ?」

「接続監視用」

「同期率見れる?」

「ああ」

 空中に数字が浮かぶ。

《同期率――三パーセント》

「本当に三」

「今のところ変化なし」

「授業中は?」

「僕の側では変化しなかった」

「じゃあ寝てる間に上がったのかな」

「可能性はある。ただ」

 ルシアンが別の記録を開く。

「昨日の推移を復元できた」

「いつ上がったか分かる?」

「ああ」

 空中へ細い線が現れる。

 最初はゼロ。

 昨日、古い記録が起動した瞬間。

 一パーセント。

「ここは分かる」

「問題はそのあとだ」

 線はしばらく横ばい。

 そして。

 少し上がる。

「一・四」

「昨日、君が僕の左手を取った時」

「手繋いだから?」

「まだ分からない」

 さらに少し上がる。

「一・八」

「これは?」

「女子寮まで送った時」

「その時触ってた?」

「いや」

「じゃあ何した?」

「……」

「何?」

「君が『明日も会おう』と言った」

 リリアは瞬きをした。

「それで?」

「その直後だ」

「言葉?」

「あるいは感情」

 さらに。

 二・一。

 二・六。

 三。

「最後の三つは?」

「夜だ」

「私寝てた」

「僕も部屋にいた」

「じゃあ何?」

「僕が君のことを考えていた時間と、一部重なっている」

「……何考えてたの?」

 ルシアンがこちらを見る。

「そこが気になる?」

「気になる」

「昨日のこと」

「どれ?」

「手を繋いだこと」

「うん」

「君が怖いと言ったこと」

「うん」

「抱きしめたこと」

「……うん」

「キスしたこと」

 最後だけ少し声が小さくなった。

「キス思い出してた?」

「ああ」

「どれくらい?」

「調査に必要かな?」

「私には必要」

「……何度か」

「私も」

「そう」

 二人とも少し黙った。

 今、キスという言葉を出したせいで。

 昨日のことを思い出した。

 リリアはルシアンの唇を見てしまう。

 ルシアンも気づいた。

「リリア」

「何?」

「今、キスのこと考えている?」

「……うん」

「僕もだ」

 その瞬間。

 術式が光った。

《同期率――三・七パーセント》

 二人とも数字を見る。

「上がった」

「ああ」

「触ってない」

「触っていないね」

「じゃあ」

 ルシアンがすぐに別の術式を開く。

「もう一度」

「何する?」

「別の感情を試す」

「どうやって?」

「僕が君を怒らせる」

「嫌なんだけど」

「例えば」

 ルシアンは少し考える。

「今日から僕の許可なく古書店へ行ってはいけない」

「は?」

 即座に腹が立った。

「何で先輩が決めるの?」

「実験だよ」

「分かってても腹立つ」

「いい反応だ」

「殴るよ」

「それは困る」

 術式を見る。

 三・七。

 変わらない。

「怒りではない?」

「少なくとも今の程度では反応しない」

「じゃあ怖いとか?」

「試したくはないな」

「私も」

「次」

 ルシアンが少し考える。

「僕が卒業したら、もう君には会わない」

「……嫌」

 さっきより先に胸が痛んだ。

「それ嫌」

「僕も言っていて嫌だよ」

「絶対やだ」

「嘘だから安心して」

 術式。

 三・七。

「変わらない」

「じゃあ寂しいでもない?」

「単純な感情の強さではなさそうだ」

 リリアは少し考える。

「好きって言ってみる?」

 ルシアンがこちらを見る。

「実験として?」

「半分」

「残り半分は?」

「言いたい」

 ルシアンの表情が柔らかくなる。

「……好きだよ、リリア」

「私も好き」

 術式が淡く光る。

《同期率――四・一パーセント》

「上がった!」

「……なるほど」

「好きが駄目なの?」

「そう決めるのは早い」

「もう一回」

「リリア」

「確認」

「君、楽しんでない?」

「ちょっと」

「世界規模の異常を利用して恋人に好きと言わせるのはどうなんだろうね」

「先輩も言いたいでしょ?」

「かなり」

「じゃあいいじゃん」

 ルシアンは困ったように笑う。

「好きだよ」

「私も」

 三秒待つ。

 変化なし。

「上がらない」

「同じ言葉でも毎回ではない」

「じゃあ何が違った?」

「さっきは」

 ルシアンが考える。

「君が僕を好きだと言う前に、僕が嬉しいと思った」

「今も嬉しかった?」

「もちろん」

「じゃあ違う」

「……感情そのものではなく」

 ルシアンが止まる。

「関係の認識かもしれない」

「何それ」

「僕たちが互いを特別な存在だと認識する瞬間」

「……恋人だから?」

「可能性がある」

 リリアは嫌な顔をした。

「それ最悪」

「同感だよ」

「じゃあ好きになったら世界に繋がれるの?」

「まだそうとは限らない」

「でも」

「リリア」

 ルシアンの声が少し強くなる。

「一つだけ間違えないで」

「何?」

「僕たちの感情が、これを作ったわけではない」

 紫の瞳がまっすぐこちらを見る。

「古い仕組みが、僕たちの感情を利用しているだけだ」

「……うん」

「好きになることが間違いなんじゃない」

「うん」

「そこは絶対に混同しない」

 リリアは頷いた。

「分かった」

「よし」

「じゃあ次」

「まだやるの?」

「手」

 ルシアンの右手を見る。

「繋いでみよう」

「危険かもしれない」

「今四・一でしょ?」

「ああ」

「上がったらすぐ離す」

 ルシアンは少し迷う。

 でも一人で決めなかった。

「……分かった」

 右手は避ける。

 ルシアンが左手を差し出した。

 リリアが重ねる。

 指を絡める。

 二人とも術式を見る。

 四・一。

 十秒。

 四・一。

 三十秒。

 四・一。

「上がらない」

「接触そのものではないらしい」

「よかった」

 リリアはすぐ笑った。

「何が?」

「手繋げる」

「……そこ?」

「大事」

「まあ」

 ルシアンも少し笑う。

「僕にとってもかなり大事だけどね」

 離さない。

 もう実験は終わっているのに。

 そのまま繋いでいる。

「じゃあキスも接触だけなら大丈夫かな」

 ルシアンの指が止まった。

「リリア」

「実験」

「顔が実験をする人の顔じゃない」

「どんな顔?」

「したい人の顔」

「したいよ」

「……そう」

「先輩は?」

「したい」

 少し沈黙。

「やる?」

「実験として?」

「半分」

「残り半分は聞かなくても分かるね」

 ルシアンは眼鏡を外した。

 それを見ただけで少し嬉しくなる。

「いい?」

「うん」

 頬に手が触れる。

 一度だけ。

 短く唇が重なる。

 離れる。

 二人同時に術式を見る。

 四・一。

「無罪」

「その表現はどうなのかな」

「キスは悪くない」

「最初から悪くないよ」

「じゃあもう一回」

「それは実験?」

「違う」

 即答した。

 ルシアンが笑った。

「正直だね」

「先輩は?」

「僕もしたい」

 もう一度。

 今度は実験ではない。

 ただしたいから。

 触れるだけの短いキス。

 離れたあと。

 ルシアンが少し近いまま言った。

「……これ以上は調査が進まなくなるね」

「もう一回くらい」

「リリア」

「駄目?」

「その聞き方はずるいな」

 頬に触れた親指が少し動く。

 でもルシアンは近づかなかった。

「今日はここまで」

「真面目」

「かなり我慢している」

「そうなの?」

「君には見えない?」

「ちょっと見える」

「なら勘弁してくれるかな」

 リリアは笑って頷いた。

「はい」

 ルシアンが眼鏡を戻す。

「では続き」

「急に生徒会長に戻った」

「戻らないと何も進まないからね」

 再び記録を見る。

 同期率。

 管理権限。

 黒い月。

 調べていくうちに、一つの傾向が見えてきた。

「……これ」

 リリアが昨日の記録を指す。

「何?」

「上がってる時、全部先輩と私のことじゃない?」

「そうだね」

「他の人じゃ駄目なのかな」

「試す価値はある」

「例えばノアに好きって言う?」

「……」

 ルシアンが黙った。

「実験」

「嫌だな」

「嫉妬?」

「かなり」

「でも実験」

「分かっている」

「ノアと手繋ぐ?」

「もっと嫌だ」

「顔怖い」

「管理権限より先に僕の普通の嫉妬が暴れそうだ」

 リリアは笑った。

「冗談」

「……本当に?」

「うん」

「よかった」

「そんな嫌?」

「嫌だよ」

 即答だった。

「君が他の誰かと手を繋ぐのを想像して、楽しい恋人がいる?」

「ちょっと嬉しい」

「なぜ?」

「嫉妬してくれるから」

「君は本当に」

 ルシアンは呆れながらも、少し笑っていた。

「でも必要なら、他の人との魔力接続は試した方がいい」

「手繋ぐ必要は?」

「ない方法を探す」

「嫉妬?」

「研究上の合理性だよ」

「絶対嘘」

「半分はね」

 調査を続ける。

 そして。

 夕方近く。

 ルシアンが古い記録の一部を見つけた。

「……あった」

「何?」

「管理者と中心個体の接続条件」

 リリアが隣から覗く。

「読めない」

「古代術式語だからね」

「何て書いてる?」

 ルシアンが訳す。

「管理権限は、中心個体との魂魄同調によって強化される」

「魂魄同調?」

「魂そのものが同じになるわけではない。魔力や感情の波長が、互いを認識することで近づく現象だ」

「恋人だと起きやすい?」

「可能性はある」

「昔のリリアとは?」

 ルシアンが少し黙る。

「最初から高かった」

「先輩の魂の半分だったから?」

「ああ」

「どれくらい?」

「ほぼ百パーセント」

「最初から!?」

「だから僕は、彼女に対して非常に強い管理権限を持っていた」

 リリアは顔をしかめる。

「嫌だな」

「僕も嫌だった」

「使った?」

「必要最低限は」

「例えば?」

「暴走した魔力を止めるために、術式を強制停止したことがある」

「命令したことは?」

「……一度」

「何て?」

 ルシアンの表情が変わる。

「『動くな』」

「何で?」

「彼女が崩壊領域へ入ろうとした」

「危なかった?」

「入れば死ぬ可能性が高かった」

「それで止めた」

「ああ」

「彼女怒った?」

「かなり」

「私も怒る」

「だろうね」

「今それできる?」

「同期率が低いうちは、おそらく無理だ」

「高くなったら?」

「できるようになる可能性がある」

 リリアは繋いでいた手を見る。

「……嫌だ」

「ああ」

「先輩が嫌とかじゃなくて」

「分かっている」

「好きな人に命令されたくない」

「僕もしたくない」

「じゃあ消そう」

「そのつもりだ」

「どうやって?」

「同期率が低いうちに、管理権限そのものを切り離す」

「できそう?」

「方法を探す」

「一緒に?」

「ああ」

「よし」

 その瞬間。

 空中の術式が光った。

《同期率――六・八パーセント》

「え?」

 リリアが固まる。

「今何した?」

「何も」

「手繋いでた」

「ずっと繋いでいた」

「好きって言った?」

「言っていない」

「キス?」

「さっきから時間が経っている」

 六・八。

 さっきまで四・一だった。

 一気に二・七上昇した。

「何で?」

 ルシアンが急いで術式を展開する。

「待って」

 数字がまた変わる。

《七・三パーセント》

「上がってる」

「手を離そう」

 二人同時に離す。

《七・九パーセント》

「止まらない」

「リリア、魔力を抑えて」

「やってる」

《八・六パーセント》

「先輩」

「大丈夫」

「でも」

「まだ低い。落ち着いて」

 ルシアン自身の声も、少し硬い。

《九・四パーセント》

 右手の魔法陣が光る。

 紫黒色の線が、手首から腕へ伸びた。

「ルシアン先輩!」

「触らないで」

 リリアが止まる。

 九・八。

 十・一。

 そして。

《同期率――十二・六パーセント》

 急に跳ねた。

「何で!?」

「……待って」

 ルシアンが何かに気づく。

 リリアを見る。

「今、何を考えていた?」

「何って」

「数字が上がり始める直前」

「管理権限を消すって」

「その時、どう思った?」

「どうって……」

 思い出す。

 好きな人に命令されたくない。

 ルシアンにも命令させたくない。

 一緒に消したい。

 この人と。

 これからも普通に恋人でいたい。

「……先輩と一緒にいたいって」

 数字が動く。

《十三・四パーセント》

「言わないで」

「え」

「今は、その感情を強くしないで」

「無理だよ」

「分かってる。でも」

《十五・二パーセント》

「上がってる」

 ルシアンが立ち上がる。

 リリアから距離を取る。

「先輩?」

「僕を見ないで」

「何で?」

「僕のことを考えるほど上がっている可能性がある」

「そんなの」

「リリア」

 声が強くなった。

「今だけ」

 リリアは顔を逸らす。

 胸が苦しい。

 離れたくない。

 その気持ちが強くなる。

《十七・八パーセント》

「……逆効果だ」

 ルシアンが呟く。

「離れろって言われたら余計考える」

「そうだね」

「どうするの」

「落ち着いて。別のことを考えよう」

「何?」

「今日の夕食」

「分かんない」

「授業」

「嫌」

「セシル」

「今先輩のこと考えちゃう」

《十九・六パーセント》

「ルシアン先輩」

「大丈夫」

「二十行く」

「大丈夫だ」

 ルシアンはそう言いながら、自分の右手を押さえていた。

 魔法陣が腕を登っていく。

《二十一・三パーセント》

 そこで。

 リリアの胸元にも光が浮かんだ。

「……え」

 銀白色。

 細い術式線。

 ルシアンの紫黒色の線と呼応するように。

《独立個体ELICIA――管理対象認識》

「嫌」

 リリアが反射的に言った。

「私は管理対象じゃない」

 光が強くなる。

《二十三・九パーセント》

「リリア」

 ルシアンが一歩近づこうとして。

 止まった。

 近づけば上がるかもしれない。

 離れれば、リリアの不安が強くなる。

「……くそ」

 初めて聞いた。

 ルシアンがそんな言葉を使うのを。

「先輩」

「ごめん」

「何で謝るの」

「僕の権限が君を」

「先輩がやってるんじゃないでしょ」

「でも」

「ルシアン先輩」

 リリアは彼を見る。

「こっち来て」

「今は」

「来て」

「同期率が」

「離れたら上がった」

「それでも」

「私、今一人にされる方が怖い」

 ルシアンが黙る。

「一緒に決めるんでしょ」

 その言葉で。

 ルシアンの表情が変わった。

「ああ」

 彼は戻ってきた。

 リリアの前に座る。

 でも触れない。

「ここにいる」

「うん」

「触らない方がいい?」

「今は」

「分かった」

 二人で向かい合う。

 近い。

 でも触れない。

「リリア」

「何?」

「僕を見て」

「さっき見るなって」

「撤回する」

「勝手」

「ごめん」

 紫の瞳を見る。

「僕は君に命令しない」

「うん」

「君を管理対象にもしない」

「うん」

「世界が何と書こうと、君は君だ」

「……うん」

「僕の半分でもない」

「うん」

「僕の所有物でもない」

「当たり前」

「そうだね」

 少しだけ笑う。

「君は、僕の恋人ではあるけれど」

「それはいい」

「よかった」

 リリアも少し笑った。

 呼吸が落ち着く。

《二十四・一パーセント》

 止まった。

「……止まった」

「ああ」

 二十四・一。

 動かない。

「何だったの?」

「おそらく」

 ルシアンは記録を見る。

「僕たちが互いを選んだことを、古い機構が『魂魄同調』として誤認した」

「選んだ?」

「ああ」

「管理権限を一緒に消そうって決めたから?」

「それだけではないかもしれない」

 ルシアンが少し苦しそうに笑う。

「君が僕とこれからも一緒にいたいと思った」

「うん」

「僕も同じことを思った」

「……うん」

「その相互認識を、昔の構造が拾ったんだ」

「最悪」

「同感だよ」

「好き同士なの利用しないでほしい」

「本当にね」

 リリアは手を伸ばしかける。

 止める。

「……触りたい」

 正直に言った。

「僕も」

「でも今日はやめた方がいい?」

「今は、そう思う」

「先輩が決めた?」

「僕の希望として言っている」

「そっか」

「君は?」

 リリアは少し考える。

「私も今日は我慢する」

「ありがとう」

「でも」

「うん」

「帰るまで隣にいて」

「もちろん」

「寮まで送って」

「ああ」

「明日の朝も来て」

「ああ」

「会わない方が安全とか言わないで」

 ルシアンが黙った。

「……実は」

「思った?」

「一瞬」

「駄目」

「分かっている」

「一人で決めたら怒る」

「ああ」

「私も危ないって分かったらちゃんと考える。でも今は、会うだけで上がってるわけじゃない」

「そうだね」

「だから明日も会う」

「僕も会いたい」

「じゃあ決まり」

 ルシアンが少し笑った。

「君は強いね」

「怖いよ」

「うん」

「でも怖いのと、先輩に会いたいのは別」

「……そう」

「先輩は?」

「怖いよ」

「うん」

「でも君に会いたい」

「じゃあ同じ」

「ああ」

 その日は、それ以上触れなかった。

 帰り道も。

 隣を歩くだけ。

 手と手の間には、十センチほどの距離。

 それが妙に気になる。

「先輩」

「何?」

「手繋げないと、余計手ばっかり見る」

「僕もだよ」

「逆効果じゃない?」

「恋愛的にはね」

「キスも?」

「……リリア」

「何?」

「今それを考えさせないで」

「考えた?」

「考えた」

「私も」

「同期率が上がるよ」

 二人同時に黙る。

 少しして。

「上がってない?」

「今は確認したくないな」

「逃げた」

「今日は許してくれる?」

「許す」

 女子寮の前。

 いつもなら手を離す場所。

 今日は最初から繋いでいない。

 なのに、いつもより別れにくかった。

「……じゃあ」

 リリアが言う。

「ああ」

「また明日」

「また明日」

 二人とも動かない。

「先輩」

「何?」

「近づいていい?」

 ルシアンは少し迷った。

「触れないなら」

「うん」

 リリアが一歩近づく。

 ルシアンも動かない。

 近い。

 キスできるくらい。

 でもしない。

「……これ何」

 リリアが笑う。

「僕にも分からない」

「したくなる」

「僕もだよ」

「でも今日はしない」

「ああ」

「明日は?」

「明日考える」

 リリアは笑った。

「それ好き」

「僕も好きになってきた」

「じゃあ」

 触れないまま。

 リリアは少しだけ顔を上げる。

「おやすみ、ルシアン先輩」

「おやすみ、リリア」

「好き」

 ルシアンの眉が僅かに動く。

「……今それを言う?」

「言いたかった」

「同期率が」

「上がった?」

「分からない」

「じゃあ先輩も」

「仕返し?」

「うん」

 ルシアンは困ったように笑った。

「好きだよ」

 胸が温かくなる。

「じゃあまた明日」

「ああ」

 今度こそ離れた。

 その夜。

 ルシアンは一人で生徒会室に戻った。

 調査はしない。

 リリアと約束したから。

 一人で答えを出さない。

 ただ。

 最後に同期率だけを確認する。

《同期率――二十四・一パーセント》

「……変わっていない」

 安堵する。

 その下。

 見覚えのない項目が一つ増えていた。

《旧管理者権限――復元率》

「……何?」

 数字が表示される。

《十二パーセント》

 ルシアンの表情が変わる。

 同期率とは別。

 自分自身の権限が戻り始めている。

 さらに。

《第一権限――魔力制限》

《復元完了》

「……」

 ルシアンは右手を見る。

 紫黒色の魔法陣。

 試すつもりはない。

 絶対に。

 けれど。

 頭の中に、知識が戻ってくる。

 どうすれば彼女の魔力を止められるのか。

 どんな言葉で術式が起動するのか。

 何千年も前に使った方法が。

 思い出そうとしていないのに、分かる。

 そして最後に。

 新しい文字が浮かんだ。

《管理対象ELICIA――魔力変動を検知》

「……リリア?」

 次の瞬間。

 遠く。

 一年生女子寮の方向から。

 銀白色の光が夜空へ突き上がった。

 ルシアンは椅子を蹴るように立ち上がった。