魔法より、君に恋をする。

 普段は一年生だけで使っている広い演習場に、今日は二年生を示す蒼の徽章が混ざっている。授業内容が合同魔力制御訓練だと聞いていたせいか、開始前から一年生たちは落ち着かない様子だった。

 リリアはそんな周囲を眺めながら、隣に立つセシルへ小声で尋ねた。

「私たち同士じゃ駄目なの?」

「一年と二年で組む授業なんだから駄目だろ」

「知らない先輩と組むの面倒」

「お前、本当にそこだけは一貫してるな」

「セシルなら楽なのに」

「……そういうことを何でもない顔で言うの、やめた方がいいぞ」

「なんで?」

「なんでもない」

 最近、周囲の人間がこの言葉を使う頻度が高い気がする。

 リリアが不思議に思っていると、教師が演習場の中央へ進み出た。

「今日の課題は《魔力同調》だ。二人一組になり、一年生が放出した魔力を二年生が受け取って安定させる。魔力には術者ごとの癖があるから、他人の魔力に合わせる感覚を覚えろ」

 説明が終わると、教師は手元の名簿を開いた。

 一組ずつ名前が読み上げられていく。

 セシルが二年生の男子生徒と組み、ノアも別の先輩と組む。残っている一年生が少なくなった頃、ようやくリリアの名前が呼ばれた。

「リリア・アステル」

「はい」

「相手は――レオンハルト・エル・グランツ」

 その瞬間、演習場がわずかにざわめいた。

 リリアは瞬きをして、二年生の集団を見る。

 その中から金色の髪の青年が歩いてきた。

 学院に入学してから何度か顔を合わせた第二王子、レオンハルト・エル・グランツ。

 二年生を示す蒼色の徽章を胸元につけた彼は、今日も隙のない笑みを浮かべている。

「よろしく、リリア」

「……よろしくお願いします。レオンハルト先輩」

 名前を呼ぶと、レオンハルトが一瞬だけ目を細めた。

「ちゃんと覚えていてくれたんだね」

「王子様の名前を忘れたらまずいと思うので」

「王子じゃなかったら忘れてた?」

「……たぶん覚えてます」

「その間は何?」

「一応考えました」

 レオンハルトが吹き出す。

 近くにいた女子生徒たちが驚いたようにこちらを見た。

「リリアは僕に遠慮がないね」

「敬語は使ってます」

「そこじゃないんだけどな」

 以前ルシアンにも似たようなことを言われた気がする。

 どうやら敬語を使っているだけでは、先輩への遠慮とは認定されないらしい。

「始めるぞ」

 教師の声が響き、二人も指定された位置へ移動した。

 向かい合ったレオンハルトが右手を差し出す。

「手を」

 魔力同調は、掌を直接触れ合わせて行う。

 リリアは差し出された手を見て、少しだけ躊躇した。

「どうしたの?」

「男の人と手を繋ぐの、あまり慣れてなくて」

 レオンハルトの動きが止まった。

「……嫌なら、先生に言って方法を変えてもらおうか」

「嫌じゃないです」

 そう答えて、リリアは彼の手を取った。

 触れた瞬間、レオンハルトの指がわずかに強張った。

「レオンハルト先輩?」

「……いや。何でもないよ」

「最近みんな、それ言う」

「そうなの?」

「はい。何でもないって言えば誤魔化せると思ってる」

「手厳しいな」

 レオンハルトは苦笑したが、その視線はしばらく二人の手へ落ちたままだった。

 リリアの手は、彼よりずっと小さい。

 当然だ。身長も体格も違う。

 それなのに、その小さな手が自分の掌に収まっている光景を見た瞬間、胸の奥に妙な感覚が走った。

 初めてではないような気がした。

「先輩?」

 呼ばれて、レオンハルトは我に返った。

「ごめん。始めようか」

「はい」

 リリアが魔力を流す。

 次の瞬間、レオンハルトの身体が大きく揺れた。

「……っ」

「え」

 リリアはすぐに魔力を止めた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫」

「全然大丈夫そうじゃなかったです」

「想像していたより多かっただけだよ」

「かなり抑えましたけど」

「……これで?」

「はい」

 レオンハルトはしばらく黙った。

「君、本当に規格外なんだね」

「最近よく言われます」

「自覚は?」

「少しだけ」

「それは成長だ」

「なんで先輩が嬉しそうなんですか?」

「さあ。どうしてだろうね」

 また、少し変な言い方をする。

 リリアは気になったが、授業中なので追及するのはやめた。

「もっと弱くします」

「お願い」

 今度はほんの少しだけ魔力を流す。

 レオンハルトの魔力がそれを受け止めた。

 柔らかい。

 魔力そのものに触感があるわけではない。それでも、彼の魔力は不思議とそう感じた。

 押さえつけるのではなく、流れ込んできたものを包み込んで形を整えていく。

「上手ですね」

「これでも二年生だからね」

「もっと流していいですか?」

「待って。君の『もっと』は少し怖い」

「失礼」

「魔晶石を壊した実績があるから」

「一個だけです」

「そこは譲らないんだね」

 レオンハルトが笑った。

 リリアも少し笑う。

 その時だった。

 触れ合った掌の間で、二人の魔力が強く揺れた。

「……!」

 今度はリリアにも分かった。

 魔力が弾けたわけではない。

 むしろ逆だった。

 一瞬だけ、境目がなくなった。

 自分の魔力とレオンハルトの魔力が、最初から一つだったかのように綺麗に重なった。

 リリアは驚いて彼を見る。

 レオンハルトも同じ顔をしていた。

「今の……」

「先輩も分かりました?」

「ああ」

「同調って、こうなるものですか?」

「いや」

 レオンハルトはすぐに否定した。

「少なくとも、僕は初めてだ」

「私もです」

 当たり前だ。リリアはこの授業自体が初めてなのだから。

 それでも妙だった。

 手を離したあとも、掌に何かが残っているような感覚がある。

 レオンハルトも自分の手を見つめていた。

「……懐かしい」

「え?」

 小さな呟きだった。

 リリアは聞き逃さなかった。

「今、懐かしいって言いました?」

 レオンハルトが顔を上げる。

「僕が?」

「はい」

「……そう?」

「言いました」

 本人は本当に気づいていなかったらしい。

 レオンハルトは困惑したように自分の掌を見る。

「変だな。初めてなのに」

 その表情を見て、リリアは何も言えなくなった。

 ルシアンやカイルとは違う。

 あの二人は明らかに何かを知っていて、それを隠している。

 アレンも、おそらく同じだ。

 けれどレオンハルトは、本当に分かっていないように見えた。

 だからこそ、余計に気になった。